第750条夫婦の氏過去問 9
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
この条文の過去問 9問
最高裁判所は、婚姻前に築いた個人の信用、評価、名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は、憲法上の権利として保障される人格権とまではいえないが、婚姻や家族に関する法制度を検討するに当たって考慮すべき人格的利益といえるとした。
解説
本肢は正しい。夫婦同氏を定める民法750条の憲法適合性が争われた最大判平成27年12月16日は、まず憲法13条との関係について、氏名が人格の象徴であって人格権の一内容を構成するとしても(最判昭和63年2月16日〔NHK日本語読み事件〕参照)、氏は名とは異なり個人の呼称としての意義のほか家族という社会的な単位を示す性質を有し、婚姻・離婚・縁組など身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは法制度上予定されているとして、婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえないと判示した。
もっとも同判決は、そこで検討を終えたわけではない。婚姻に伴う改氏によって生ずる、いわゆるアイデンティティの喪失感や、「婚姻前に築いた個人の信用、評価、名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は、憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえない」としつつ、これらは「氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益」であり、憲法24条の認める立法裁量の範囲を超えるものであるか否かの検討に当たって考慮すべき事項であるとした。本肢はこの判示をそのまま述べたものであり、正しい。
この構成は、13条の人格権としては保障が及ばないとしても、婚姻及び家族に関する事項について「個人の尊厳と両性の本質的平等」に立脚した立法を要求する憲法24条2項の枠組みの中で、当該利益を立法裁量の審査における考慮要素として汲み上げる点に特徴がある。もっとも同判決は、夫婦同氏制には家族の呼称を一つに定めることの合理性があり、通称使用の広がりによって不利益が一定程度緩和され得ることなどを指摘し、結論としては、本件規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠くとはいえず、憲法24条に違反しないとした。同様の判断は最大決令和3年6月23日でも維持されている。
婚姻により氏を改める者は、氏を改めることにより、いわゆるアイデンティティの喪失感を抱くなど、様々な不利益を受けることがありますが、通称使用が近時社会的に広まっていることは、今述べた不利益を一定程度緩和することにつながります。したがって、教授がおっしゃった見解は、通称使用が拡大していることを論拠とすることができます。
解説
本肢は正しい。夫婦同氏を定める民法750条の憲法適合性が争われた事件(最大判平成27年12月16日民集69巻8号2586頁)において、最高裁は、夫婦同氏制の下では夫婦となろうとする者の一方が必ず氏を改めることになり、氏を改める者にとっては、いわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり、婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用、評価、名誉感情等を維持することが困難になるなどの不利益を受ける場合があることは否定できない、と述べ、本肢前段が指摘する不利益の存在自体は正面から認めている。
その上で同判決は、夫婦同氏制は婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないものではなく、近時、婚姻前の氏の通称使用が社会的に広まっているところ、上記の不利益はこのような通称使用の広まりによって一定程度は緩和され得るものである、と判示した。そして、この点をも考慮して、民法750条は憲法24条に違反しないと結論付けている。
したがって、通称使用の社会的拡大は、夫婦同氏制が個人に課す不利益の程度を減殺する事情として、民法750条が憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した合理的な制度であるとの評価を支える方向に働く。教授が問うた「民法750条は憲法24条に違反しない」という見解にとって、通称使用の拡大は不利益緩和という論拠となり得るのであり、本肢の結論は正当である。
もっとも、この論法に対しては、通称使用が法的裏付けを欠き場面ごとに使い分けを強いられる負担を生むこと、通称使用の必要性が高いこと自体が同氏強制の不合理性を示すこと等の批判があり、同判決には反対意見・意見が付されている。しかし本肢が問うているのは、当該見解の論拠として援用可能かという点であるから、正しいと判断される。
今,先生のおっしゃった文言を重視すれば,同性婚の権利を同条項が保障しているとするのは難しいと思います。他方,同条項は,家制度の下での婚姻に関する戸主権を否定することを主たる趣旨とするので,この文言を過度に重視すべきではないという見解もあります。
解説
本肢は正しい。憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と規定するところ、「両性」「夫婦が同等の権利を有する」との文言は男女両性を指すものと読むのが文理上素直であり、この文言を重視する立場からは、同項が同性間で婚姻をする権利まで保障していると解するのは困難である。本問出題後のものではあるが、同性婚訴訟に関する札幌地判令和3年3月17日も、憲法24条は異性間の婚姻を想定した規定であり同性婚を定めたものではないとの理解を前提としており、この立場の裏付けとなる。この点は本肢前段の指摘するとおりである。他方、同項の制定趣旨は、明治民法下の家制度において家族が婚姻をするには戸主の同意を要するとされていたこと(明治民法750条)に象徴されるように、当事者以外の者の意思が婚姻の成否を左右していた仕組みを否定し、婚姻が当事者双方の自由かつ平等な意思決定のみに基づいて成立することを宣言する点にあったと解される。この趣旨を重視すれば、「両性」等の文言は制定当時に異性婚のみが想定されていたという立法事実の反映にすぎず、同性婚を積極的に禁止し又はその保障を排除する趣旨まで含むものではないから、文言を過度に重視すべきではないとの見解も成り立ち得る。本肢は、文言重視の立場と制定趣旨重視の立場という解釈上の対立を、いずれも学説上主張されている内容に即して正確に述べたものである。よって本肢は正しい。
今,先生のおっしゃった文言を重視すれば,同性婚の権利を同条項が保障しているとするのは難しいと思います。他方,同条項は,家制度の下での婚姻に関する戸主権を否定することを主たる趣旨とするので,この文言を過度に重視すべきではないという見解もあります。
解説
本肢は正しい。憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と規定するところ、「両性」「夫婦が同等の権利を有する」との文言は男女両性を指すものと読むのが文理上素直であり、この文言を重視する立場からは、同項が同性間で婚姻をする権利まで保障していると解するのは困難である。本問出題後のものではあるが、同性婚訴訟に関する札幌地判令和3年3月17日も、憲法24条は異性間の婚姻を想定した規定であり同性婚を定めたものではないとの理解を前提としており、この立場の裏付けとなる。この点は本肢前段の指摘するとおりである。他方、同項の制定趣旨は、明治民法下の家制度において家族が婚姻をするには戸主の同意を要するとされていたこと(明治民法750条)に象徴されるように、当事者以外の者の意思が婚姻の成否を左右していた仕組みを否定し、婚姻が当事者双方の自由かつ平等な意思決定のみに基づいて成立することを宣言する点にあったと解される。この趣旨を重視すれば、「両性」等の文言は制定当時に異性婚のみが想定されていたという立法事実の反映にすぎず、同性婚を積極的に禁止し又はその保障を排除する趣旨まで含むものではないから、文言を過度に重視すべきではないとの見解も成り立ち得る。本肢は、文言重視の立場と制定趣旨重視の立場という解釈上の対立を、いずれも学説上主張されている内容に即して正確に述べたものである。よって本肢は正しい。
憲法第24条第1項は,婚姻については当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるとの趣旨を明らかにしたものであるから,婚姻に関する法制度の内容が意に沿わないことを理由として婚姻しない者が生じるのであれば,その法制度を定めた法律は,憲法第24条第1項の趣旨に沿わない制約を課しているものとの評価を免れないことになる。
解説
本肢は誤り。前段は判例の説示どおりである。最大判平成27年12月16日(夫婦同氏制訴訟。民法750条の合憲性が争われた事案)は、憲法24条1項が「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と定める趣旨について、婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかは当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるとの趣旨を明らかにしたものと解しており、婚姻をするについての自由は同項の趣旨に照らし十分尊重に値するとしている。
誤りは後段である。同判決は、民法750条が夫婦同氏を定めるのは婚姻の効力の一つとして婚姻の当事者が夫又は妻の氏を称することを定めたものにすぎず、婚姻をすること自体に直接の制約を課したものではないと位置付けた。その上で、婚姻及び家族に関する法制度の内容に意に沿わないところがあることを理由として婚姻をしないことを選択した者がいるとしても、これをもって「直ちに上記法制度を定めた法律が婚姻をすることについて憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできない」と判示した。法制度の内容が一部の者の意向に沿わないために事実上婚姻を控える者が生じるという事実上の効果と、婚姻の自由に対する法的な制約とは区別されるべきだからである。
したがって、本肢のように、意に沿わないことを理由に婚姻しない者が生じれば当然に24条1項の趣旨に反する制約があると評価されるとするのは、判例の趣旨に反する。なお同判決は、氏の変更を強制されない自由が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえないとして13条違反も否定しており、夫婦同氏制の当否は主として24条2項の立法裁量の枠組みで審査されている。
前記判決は,現行の法制度の下における氏の性質等に鑑み,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるといえるとしつつも,結論として,民法第750条の規定が憲法第13条に違反するとまではいえないとした。
解説
本肢は誤り。民法750条が憲法13条に違反するとまではいえないとした結論部分は判旨のとおりであるが、そこに至る理由づけが判決と食い違う。最大判平成27年12月16日は、氏に家族の呼称としての意義があり、身分関係の変動に伴って氏が改められ得ることが性質上予定されていることなどを踏まえ、「現行の法制度の下における氏の性質等に鑑みると、婚姻の際に『氏の変更を強制されない自由』が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない」と述べ、そのような自由が憲法上の権利として保障されること自体を否定した。そのうえで「本件規定は、憲法13条に違反するものではない」と結論づけている。すなわち、保護されるべき憲法上の権利が存在しないという入口の段階で主張を退けたのであって、本肢のように憲法上の権利としての保障を一旦認めたうえで制約の正当化を論じ違憲とまではいえないとした、という構成は採っていない。なお判決は、改氏に伴うアイデンティティの喪失感や社会的信用・評価の維持の困難といった不利益は、氏の通称使用が広まることで一定程度緩和され得るとし、これらの事情は憲法24条2項の下で立法裁量の逸脱を判断する際の総合考慮の中に位置づけている(結論として24条にも違反しないとした)。したがって本肢は誤りである。
同一の不動産について,その差押えと吸収分割による権利義務の承継との間の優劣は,不動産の差押えの登記の時と吸収分割承継会社が吸収分割の登記をした時の先後で決する。
解説
本肢は誤り。吸収分割承継会社は、効力発生日に、吸収分割契約の定めに従い吸収分割会社の権利義務を承継する(会社法759条1項)。もっとも、これは当事会社間における承継の効力の問題であり、承継した個々の財産について第三者に対抗できるかは別問題である。
吸収分割は登記事項であるが(923条)、その登記からは分割がされた事実が公示されるにとどまり、いかなる財産が承継の対象とされたのかは明らかにならない。吸収分割契約の対象財産は当事会社の定めによって選択されるものであるから、登記を見ただけでは第三者は権利変動の内容を知り得ないのである。そこで、承継会社が承継した権利を第三者に対抗するには、財産の種類に応じた対抗要件を別途具備しなければならない。不動産であれば所有権移転登記(民法177条)、指名債権であれば債務者への通知または承諾(民法467条)が必要となる。合併について解散の対抗要件を定めた会社法750条2項のような規律が、承継財産一般について置かれているわけではない。
したがって、同一不動産についての差押えと吸収分割による承継との優劣は、差押えの登記の時と、承継会社が所有権移転登記を経た時との先後によって決せられる。吸収分割の登記の時を基準とする本肢は誤りである。
吸収合併の場合には,消滅会社の債務は個々の債権者の同意なくして存続会社に承継されるが,事業譲渡の場合には,譲渡の相手方が譲渡会社の債務を免責的に引き受けるためには,個々の債権者の同意を得なければならない。
解説
本肢は正しい。吸収合併の効力発生日に、存続会社は消滅会社の権利義務を全部承継する(会社法750条1項)。これは包括承継であって、個々の権利義務ごとの移転行為を要しないから、消滅会社の債務も個々の債権者の同意を得ることなく当然に存続会社に移転し、消滅会社は法人格を失う。債権者の利益は、事前の債権者異議手続(789条、799条)によって手続的に保護される仕組みであり、個別同意を要求する構成は採られていない。
これに対し事業譲渡は取引法上の契約にすぎず、包括承継の効果はない。権利義務の移転には個別の移転行為(債権譲渡・債務引受・契約上の地位の移転等)が必要であり、債務については、譲受人が引き受けても譲渡会社が当然に債務を免れるものではない。譲受人が免責的債務引受をするには、債権者・債務者・引受人の三面契約によるか、債務者と引受人の契約について債権者が承諾するか、債権者と引受人の契約により債務者に通知するかのいずれかを要する(民法472条2項・3項)。いずれにせよ債権者の関与(同意ないし承諾)が不可欠であって、債権者の意思を無視して債務者を交替させることはできない。
よって、両者の債務承継の差異を述べる本肢は正しい。なお、出題当時は免責的債務引受に関する明文規定がなく、判例・学説上、債権者の承諾を要すると解されていたが、平成29年民法改正により472条として明文化された。
吸収合併の場合には,消滅会社の債務は個々の債権者の同意なくして存続会社に承継されるが,事業譲渡の場合には,譲渡の相手方が譲渡会社の債務を免責的に引き受けるためには,個々の債権者の同意を得なければならない。
解説
本肢は正しい。吸収合併は組織法上の行為であり、効力発生日に消滅会社の権利義務が包括的に存続会社へ移転する(会社法750条1項)。この承継は法律の規定に基づく包括承継であって、個々の債権者や契約相手方の同意を要しない。もっとも、債務者が交替することで債権者が害されるおそれがあるため、会社法は消滅会社・存続会社の双方について債権者異議手続を用意し(789条、799条)、異議を述べた債権者には弁済、相当の担保の提供または信託会社等への相当の財産の信託という保護を与えている(789条5項、799条5項)。すなわち、個別の同意ではなく手続的保護によって債権者の利益を図る仕組みである。
これに対し、事業譲渡は特定承継であるから、譲渡の対象となる債務が譲受人に移転するには、債務引受の合意を要する。しかも、譲渡会社を債務から離脱させる免責的債務引受をするには、債権者の関与が不可欠である。民法472条2項は、債務者と引受人との契約による免責的債務引受について「債権者が引受人となる者に対してその契約をした旨を通知した時に、その効力を生ずる」として債権者の承諾を実質的要件とし、同条3項は債権者と引受人との契約による場合につき債務者への通知を要求する。債務者の資力は債権の担保として決定的な意味を持つため、債権者の意思を無視して債務者を交替させることは許されないからである。
よって、本肢の記述は正当である。なお、免責的債務引受については、出題当時は明文規定を欠いていたが、判例・通説は債権者の承諾を必要としており、平成29年改正民法が472条以下でこれを明文化したものであって、結論に変わりはない。