老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
この条文の過去問 11問
誤り。違うのは「生命・身体に対する具体的な危険の発生を必要とする」の部分である。遺棄罪は遺棄することによって直ちに成立し、現実に危険が発生したかどうかを問わない(大判大4.5.21)。
判例は、遺棄罪は、扶助を必要とする者を遺棄することによって直ちに成立し、遺棄の結果として現実に生命・身体に対する危険が発生したかどうかを問わないとしている(大判大4.5.21)。217条は「扶助を必要とする者を遺棄した者」を処罰すると定めるだけで、危険の発生を要件として書いていない。扶助を必要とする者を保護のない状態に置く行為は、それ自体が生命・身体を危うくする性質を持つので、法は、個々の事案で危険が現実に生じたことの証明を求めず、遺棄という行為があれば処罰することにしたのである。このように、遺棄罪は抽象的危険犯にあたる。具体的な危険の発生を必要とする本肢は、条文にない要件を加えている。なお、遺棄罪が保護する利益については、生命・身体に対する危険犯とする見解と、生命に対する危険犯とする見解があるが、この対立は保護の対象の範囲に関するものであり、判例が危険の現実の発生を求めていないことに変わりはない。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
誤り。違うのは「刑法第217条で処罰することが可能である」の部分である。この【見解】は217条の「遺棄」を移置に限るので、保護責任を有しない者の置き去りは217条の遺棄に当たらず、処罰できない。
この【見解】は、遺棄を、場所的離隔を生じさせることにより要扶助者を保護のない状態に置くことと捉えたうえで、217条の「遺棄」は要扶助者を移動させる行為、すなわち移置に限られるとする。置き去りは、要扶助者を動かさず、行為者の側が立ち去ることによって場所的離隔を生じさせる行為であり、その実質は、要扶助者を保護しないという不作為である。不作為を作為と同じく処罰するには、作為との同価値性を基礎づける作為義務が必要であり、この【見解】は、その作為義務を218条の「保護する責任」と一致するものとみる。そのため、この【見解】では、置き去りは保護責任のある者だけが218条で処罰され、保護責任を有しない者の置き去りは、217条の「遺棄」の構成要件に該当しないことになる。保護責任のない者の置き去りを処罰できないという帰結は、この【見解】がそのように割り切った結果であり、217条で処罰することが可能であるという記述はこの【見解】の帰結と逆である。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
| 見解 | 保護責任のない者の置き去り | 批判 |
|---|---|---|
| 217条は移置に限り、218条は置き去りを含む(この【見解】) | 217条で処罰できない | 同一の文言の解釈が条文によって異なる。作為義務と加重処罰の要件である保護責任を同視する |
| 両条とも移置と置き去りを含む | 作為義務があれば217条で処罰できる | |
| 両条とも移置に限る | 置き去りは218条の不保護として扱う |
正しい。この【見解】は217条の「遺棄」を移置に限る一方で218条の「遺棄」に置き去りを含めており、隣接する条文の同一の文言を別の意味に解する点に批判が向けられる。
この【見解】は、217条の「遺棄」を移置に限定する一方、218条の「遺棄」には移置のほか置き去りをも含めるというように、同じ法律の隣り合った条文で用いられている「遺棄」という同一の文言を、条文ごとに異なる意味に解している。法律の解釈では、同一の法典の中の同一の文言は、原則として同一の意味に解すべきであり、条文ごとに意味を使い分けることは、文言から処罰の範囲を読み取ることを難しくし、予測可能性を害するおそれがある。この【見解】がこのような解釈をとるのは、置き去りという不作為的な行為を処罰するには作為義務が必要であり、それを有しない者を217条で処罰すべきでないという実質的な考慮によるものであるが、その結論を文言の解釈の違いという形で実現している点に無理があるという批判は、そのとおり向けられる。この批判を避けるために、両条の「遺棄」をいずれも移置と置き去りの双方を含むと解する見解や、いずれも移置に限り、置き去りは218条の不保護として扱う見解がある。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
誤り。違うのは「生命に対する危険の発生が必要である」の部分である。遺棄罪は抽象的危険犯であり、遺棄の結果として現実に生命・身体に対する危険が発生したかどうかを問わない(大判大4.5.21)。
判例は、遺棄罪(217条)は、扶助を必要とする者を遺棄することによって直ちに成立するものであって、遺棄の結果として現実に生命・身体に対する危険が発生したことを要しないとしている(大判大4.5.21)。遺棄の罪は、老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を、保護のない状態に置くことによって、その生命・身体に危険を生じさせることを処罰するものである。扶助を必要とする者を遺棄する行為には、それ自体に生命・身体に対する危険が類型的に備わっているから、条文は危険の発生を要件として書いておらず、遺棄の行為があれば足りる抽象的危険犯とされている。したがって、本肢は二つの点で誤っている。遺棄罪が保護する法益は生命だけでなく身体の安全も含むから、危険の内容を生命に対するものに限る点で誤りであり、また、現実に危険が発生したことを要件とする点でも誤りである。これに対し、建造物等以外放火罪のように、条文が「公共の危険を生じさせた」ことを要件として書いている罪は、具体的危険犯として、現実の危険の発生が必要となる。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
- 単純遺棄罪(217条):主体に限定なし。遺棄。一年以下の拘禁刑
- 保護責任者遺棄等罪(218条):保護する責任のある者。遺棄又は不保護。三月以上五年以下の拘禁刑
- 遺棄等致死傷罪(219条):217条・218条の罪を犯し、よって人を死傷させた。傷害の罪と比較して、重い刑により処断する
誤り。違うのは「例示列挙であり,同罪の客体はそれらの者に限られず,扶助を必要とする者であれば足りる」の部分である。218条の客体は限定列挙であり、老年者、幼年者、身体障害者又は病者に限られる。
218条の「老年者、幼年者、身体障害者又は病者」は、217条の「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者」と同じ意味であり、扶助を必要とする原因が、老年、幼年、身体障害、疾病のいずれかであることを求めている。この列挙は、同罪の客体を画する限定列挙と解されており、扶助を必要とする状態にあるというだけでは足りない。そのため、道に迷った者や、手足を縛られて動けなくされた者は、他人の扶助を必要とする状態にあっても、その原因が条文に挙げられたものに当たらないから、同罪の客体にならない。遺棄の罪は、身体の状態のために自ら身を守ることができない者を保護のない状態に置く行為を処罰するものであり、条文が原因を限って列挙している以上、これを例示にすぎないとして客体を広げることは、罪刑法定主義の観点からも許されない。本肢は、列挙を例示と捉えて、扶助を必要とする者一般を客体としている点で誤っている。なお、「病者」には、高度の酩酊者や薬物中毒者のように、身体の機能が害されて扶助を必要とする状態にある者も含まれる。

老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
- 単純遺棄罪(217条):主体に限定なし。遺棄。一年以下の拘禁刑
- 保護責任者遺棄等罪(218条):保護する責任のある者。遺棄又は不保護。三月以上五年以下の拘禁刑
- 遺棄等致死傷罪(219条):217条・218条の罪を犯し、よって人を死傷させた。傷害の罪と比較して、重い刑により処断する
正しい。死体遺棄罪と遺棄罪は保護法益と客体を異にして構成要件が重なり合わないので、死体と誤信して生存者を遺棄しても死体遺棄罪は成立しない。
甲は死体を遺棄する認識で行為に出たが、客体は生存者であったから、認識した事実は死体遺棄罪(190条)、発生した事実は遺棄罪(217条)に当たり、異なる構成要件にまたがる抽象的事実の錯誤である。この場合、38条2項の趣旨から、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い罪の故意犯が成立するにとどまる。まず、客観的に発生したのは生存者の遺棄であって死体の遺棄ではないので、死体遺棄罪の客観的構成要件を欠き、同罪の既遂は成立しない。次に、死体遺棄罪の保護法益は死者に対する国民の宗教的感情であるのに対し、遺棄罪の保護法益は要扶助者の生命・身体の安全であり、客体も死体と生存者で異なる。遺棄という行為態様が共通していても、保護法益と客体を異にする以上、構成要件の実質的な重なり合いは認められず、重なり合いを理由に死体遺棄罪の成立を認めることもできない。客観的に実現した遺棄罪についても、甲には客体が要扶助者であるという認識がないので故意を欠き、成立しない。したがって、甲に死体遺棄罪は成立せず、本肢は正しい。

重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
- 軽い罪を犯す意思で、重い罪の事実を実現した場合:重い罪は成立せず、重なり合う限度で軽い罪が成立する
- 重い罪を犯す意思で、軽い罪の事実を実現した場合:重なり合う限度で、実現した軽い罪が成立する
- 法定刑が同じ罪の間で錯誤があった場合:構成要件が実質的に全く重なり合うときは、実際に実現した罪が成立する
- 構成要件が重なり合わない場合:発生した事実について故意犯は成立しない
誤り。違うのは「科刑は単純遺棄罪の刑となる」の部分である。不保護は217条にはなく218条だけが処罰する行為であり、保護責任者不保護罪は真正身分犯であるから、Ⅰの見解では甲に65条1項により同罪の教唆犯が成立し、科刑も同罪の刑になる。
Ⅰの見解は、65条1項を真正身分犯、2項を不真正身分犯の規定と解するから、問題になっている罪が真正身分犯か不真正身分犯かによって結論が決まる。218条は、保護責任者がその客体を遺棄した場合と、生存に必要な保護をしなかった場合を処罰しており、このうち遺棄については、保護責任のない者による遺棄を処罰する217条があるので、保護責任者遺棄罪は身分によって刑が加重される不真正身分犯である。これに対し不保護については、217条に対応する規定がなく、保護責任者という身分がなければそもそも犯罪にならないから、保護責任者不保護罪は真正身分犯である。本肢の乙は、介護していた老母の生存に必要な保護をやめたのであるから、成立するのは保護責任者不保護罪であり、これを唆した甲には、Ⅰの見解からは65条1項により保護責任者不保護罪の教唆犯が成立し、科刑も同罪の刑となる。2項が適用される場面ではないから、単純遺棄罪の刑になるとする本肢は誤りである。

老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
誤り。違うのは「単純遺棄罪が成立する」の部分である。217条の遺棄は要扶助者を場所的に移転させる移置に限られ、見ず知らずのAをその場に置いて立ち去った甲の行為は遺棄に当たらない。
遺棄とは、場所的離隔を生じさせることにより、扶助を必要とする者を保護のない状態に置くことをいい、要扶助者を別の場所へ移す移置と、要扶助者をその場に残して行為者が離れる置き去りがある。保護責任者遺棄等罪(218条)は、保護する責任のある者が遺棄し又は生存に必要な保護をしなかった場合を処罰しており、置き去りや不保護も含まれる。これに対し単純遺棄罪(217条)は、主体を限定せず、だれであっても扶助を必要とする者を「遺棄した」場合を処罰する罪であり、保護責任のない者には要扶助者を保護する作為義務がないから、判例・通説は、217条の遺棄を、要扶助者を場所的に移転させる作為、すなわち移置に限ると解している。本肢の甲は、道端に倒れていた見ず知らずのAを発見しただけで、Aを保護する責任を負う関係になく、Aをどこかへ移動させてもいない。救護せずにその場を立ち去った行為は置き去りにすぎず、217条の遺棄には当たらない。したがって甲に単純遺棄罪は成立せず、本肢は誤りである。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
| 移置(要扶助者を移動させる) | 置き去り(行為者が離れる) | |
|---|---|---|
| 217条(保護責任なし) | 当たる | 当たらない |
| 218条(保護責任あり) | 当たる | 当たる(不保護としても処罰) |
誤り。違うのは「単純遺棄罪が成立する」の部分である。217条の遺棄は要扶助者を場所的に移転させる移置に限られ、見ず知らずのAをその場に置いて立ち去った甲の行為は遺棄に当たらない。
遺棄とは、場所的離隔を生じさせることにより、扶助を必要とする者を保護のない状態に置くことをいい、要扶助者を別の場所へ移す移置と、要扶助者をその場に残して行為者が離れる置き去りがある。保護責任者遺棄等罪(218条)は、保護する責任のある者が遺棄し又は生存に必要な保護をしなかった場合を処罰しており、置き去りや不保護も含まれる。これに対し単純遺棄罪(217条)は、主体を限定せず、だれであっても扶助を必要とする者を「遺棄した」場合を処罰する罪であり、保護責任のない者には要扶助者を保護する作為義務がないから、判例・通説は、217条の遺棄を、要扶助者を場所的に移転させる作為、すなわち移置に限ると解している。本肢の甲は、道端に倒れていた見ず知らずのAを発見しただけで、Aを保護する責任を負う関係になく、Aをどこかへ移動させてもいない。救護せずにその場を立ち去った行為は置き去りにすぎず、217条の遺棄には当たらない。したがって甲に単純遺棄罪は成立せず、本肢は誤りである。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
| 移置(要扶助者を移動させる) | 置き去り(行為者が離れる) | |
|---|---|---|
| 217条(保護責任なし) | 当たる | 当たらない |
| 218条(保護責任あり) | 当たる | 当たる(不保護としても処罰) |
誤り。違うのは「遺棄罪の中止犯が成立し得る」の部分である。遺棄罪は幼児を山中に置き去りにした時点で既遂に達しており、既遂後に救助しても未遂を前提とする中止犯は成立しない。
中止犯(43条ただし書)は未遂犯の一種であり、犯罪が既遂に達した後には成立しない。遺棄罪(217条)の「遺棄」とは、扶助を必要とする者を安全な場所から危険な場所に移すなどして保護のない状態に置くことをいい、判例は遺棄罪を、被害者の生命・身体に対する現実の危険が発生しなくても成立する抽象的危険犯としている(大判大4.5.21)。扶助を必要とする幼児を山中に連れて行って置き去りにすれば、その時点で幼児は保護のない状態に置かれており、遺棄罪は既遂に達する。遺棄罪には未遂の処罰規定もない。行為者がその後に後悔して山中に戻り、衰弱した幼児を病院に運んで治療を受けさせ、幼児が快復したという事情は、既に成立した遺棄罪の後の事情にすぎず、結果の発生を防止したことにはならない。これは量刑上有利に考慮される余地があるにとどまり、中止犯による必要的減免の対象にはならない。したがって、遺棄罪の中止犯が成立し得るとする本肢は誤りである。

老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
- ["任意性", "自己の意思により中止したこと"]
- ["中止行為", "実行行為が終わっていなければ以後の実行の放棄。結果発生の危険が生じていれば結果防止のための真摯な努力"]
- ["結果の不発生", "既遂に達した場合は中止犯にならない"]
- ["効果", "刑を減軽し、又は免除する(必要的減免)。中止した本人にだけ生じる"]
正しい。2項を身分に応じて加重又は減軽された身分犯が成立する規定と解すると、保護責任者でない丙には単純遺棄罪が成立し、保護責任者である甲には、身分のない正犯に加功した場合でも2項により保護責任者遺棄罪の教唆犯が成立する。
保護責任者遺棄罪(218条)は、保護責任者という身分によって単純遺棄罪(217条)より刑が加重された不真正身分犯である。65条2項の「身分のない者には通常の刑を科する」の意義について、本肢の見解は、身分のない者には通常の罪が、身分のある者には加重又は減軽された身分犯がそれぞれ成立するという、罪の成立を個別化する規定と解する。身分による刑の軽重は各人の責任の重さに応じたものであるから、罪名も科刑も各人の身分に応じて決めるべきだという考え方である。この見解では、身分のある者が身分のない者の犯罪に加功した場合にも2項が適用され、身分のある加功者には身分犯が成立する。未成年者乙の保護責任者である実母の甲が、保護責任者でない内縁の夫丙を教唆して乙を山中に遺棄させた場合、正犯の丙には保護責任者という身分がないので単純遺棄罪が成立する。これに対し、教唆した甲は保護責任者という身分を有するので、2項により加重された身分犯である保護責任者遺棄罪の教唆犯が成立する。したがって、本肢はこの見解からの帰結として正しい。

身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。





