1神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
2説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
1神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
2説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
墳墓を発掘した者は、二年以下の拘禁刑に処する。
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
誤り。違うのは「甲がAを殺した犯人である以上、甲に不作為による死体遺棄罪が成立する」の部分である。死体を放置する不作為が遺棄に当たるのは、葬祭をする義務のある者に限られ、殺人の犯人であるというだけではその義務は生じない(大判大6.11.24)。
190条の「遺棄」は、習俗上の埋葬と認められない方法で死体を放棄することをいい、死体を運んで捨てる、埋めるといった作為によるものが典型である。不作為による遺棄も認められるが、死体を動かさずにその場に放置する不作為が遺棄に当たるのは、その死体を葬る法律上の義務がある者が放置した場合に限られる(大判大6.11.24)。不作為が作為と同じに扱われるためには作為義務が必要であり、死体遺棄罪におけるその義務が葬祭をする義務だからである。この義務は、死者の親族であることなどから生じるものであり、人を殺した犯人であるということからは生じない。甲は保険会社の従業員としてAを顧客としていたにすぎず、本肢も甲に葬祭義務がないことを前提としている。甲は、殺害した場所である山奥にAの死体をそのまま残して立ち去っただけで、死体を運び出して捨てる、埋めるといった作為をしていないから、甲に死体遺棄罪は成立しない。

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
誤り。違うのは「甲がAを殺した犯人である以上、甲に不作為による死体遺棄罪が成立する」の部分である。死体を放置する不作為が遺棄に当たるのは、葬祭をする義務のある者に限られ、殺人の犯人であるというだけではその義務は生じない(大判大6.11.24)。
190条の「遺棄」は、習俗上の埋葬と認められない方法で死体を放棄することをいい、死体を運んで捨てる、埋めるといった作為によるものが典型である。不作為による遺棄も認められるが、死体を動かさずにその場に放置する不作為が遺棄に当たるのは、その死体を葬る法律上の義務がある者が放置した場合に限られる(大判大6.11.24)。不作為が作為と同じに扱われるためには作為義務が必要であり、死体遺棄罪におけるその義務が葬祭をする義務だからである。この義務は、死者の親族であることなどから生じるものであり、人を殺した犯人であるということからは生じない。甲は保険会社の従業員としてAを顧客としていたにすぎず、本肢も甲に葬祭義務がないことを前提としている。甲は、殺害した場所である山奥にAの死体をそのまま残して立ち去っただけで、死体を運び出して捨てる、埋めるといった作為をしていないから、甲に死体遺棄罪は成立しない。

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
正しい。葬祭をすべき義務のある者が死体をそのまま放置する不作為も、死体遺棄罪の「遺棄」に当たる(大判大6.11.24)。
死体遺棄罪(190条)にいう「遺棄」とは、習俗上の埋葬と認められる方法によらずに死体を放棄することをいう。典型は死体を運んで山中に埋めたり隠したりする作為であるが、判例は、葬祭を行うべき義務を負う者が死体をそのまま放置する不作為も「遺棄」に含まれるとし、不作為による死体遺棄罪の成立を認めている(大判大6.11.24)。死体を葬るべき者が葬らずに放置すれば、死者に対する社会の宗教的感情は、運んで捨てた場合と同じように害されるからである。逆に、葬祭義務を負わない者が単に死体を現場に放置して立ち去っただけでは「遺棄」に当たらず、ここでも作為義務が処罰範囲を限定する働きをしている点は、他の不真正不作為犯と変わらない。したがって、死体遺棄罪についても不作為犯が成立する余地がある。なお、死体遺棄罪は死者に対する社会一般の宗教的感情を保護法益とする罪であり、生存する要扶助者を客体とする保護責任者遺棄罪(218条)とは客体も保護法益も異なる。

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
正しい。葬祭をすべき義務のある者が死体をそのまま放置する不作為も、死体遺棄罪の「遺棄」に当たる(大判大6.11.24)。
死体遺棄罪(190条)にいう「遺棄」とは、習俗上の埋葬と認められる方法によらずに死体を放棄することをいう。典型は死体を運んで山中に埋めたり隠したりする作為であるが、判例は、葬祭を行うべき義務を負う者が死体をそのまま放置する不作為も「遺棄」に含まれるとし、不作為による死体遺棄罪の成立を認めている(大判大6.11.24)。死体を葬るべき者が葬らずに放置すれば、死者に対する社会の宗教的感情は、運んで捨てた場合と同じように害されるからである。逆に、葬祭義務を負わない者が単に死体を現場に放置して立ち去っただけでは「遺棄」に当たらず、ここでも作為義務が処罰範囲を限定する働きをしている点は、他の不真正不作為犯と変わらない。したがって、死体遺棄罪についても不作為犯が成立する余地がある。なお、死体遺棄罪は死者に対する社会一般の宗教的感情を保護法益とする罪であり、生存する要扶助者を客体とする保護責任者遺棄罪(218条)とは客体も保護法益も異なる。

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。
正しい。死体遺棄罪と遺棄罪は保護法益と客体を異にして構成要件が重なり合わないので、死体と誤信して生存者を遺棄しても死体遺棄罪は成立しない。
甲は死体を遺棄する認識で行為に出たが、客体は生存者であったから、認識した事実は死体遺棄罪(190条)、発生した事実は遺棄罪(217条)に当たり、異なる構成要件にまたがる抽象的事実の錯誤である。この場合、38条2項の趣旨から、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い罪の故意犯が成立するにとどまる。まず、客観的に発生したのは生存者の遺棄であって死体の遺棄ではないので、死体遺棄罪の客観的構成要件を欠き、同罪の既遂は成立しない。次に、死体遺棄罪の保護法益は死者に対する国民の宗教的感情であるのに対し、遺棄罪の保護法益は要扶助者の生命・身体の安全であり、客体も死体と生存者で異なる。遺棄という行為態様が共通していても、保護法益と客体を異にする以上、構成要件の実質的な重なり合いは認められず、重なり合いを理由に死体遺棄罪の成立を認めることもできない。客観的に実現した遺棄罪についても、甲には客体が要扶助者であるという認識がないので故意を欠き、成立しない。したがって、甲に死体遺棄罪は成立せず、本肢は正しい。

重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
誤り。違うのは「これによる緊急逮捕は許されない」の部分である。210条1項の罪に当たるかは正犯の法定刑で判断し、従犯の減軽後の刑によるのではないから、法定刑が3年以下の懲役である死体遺棄罪の幇助でも緊急逮捕は許される。
210条1項は、緊急逮捕の対象を、死刑又は無期若しくは長期3年以上の拘禁刑(出題当時は懲役若しくは禁錮)に当たる罪に限る。この要件は、罪の重さを法律が定めた刑、すなわち法定刑で測るものである。従犯の刑は正犯の刑を減軽するが(刑法63条)、これは処断刑を定める段階で減軽するという意味であり、幇助犯が犯した罪の法定刑そのものは正犯の法定刑である。逮捕の段階では科すべき刑の範囲がまだ決まっておらず、捜査機関が現場で減軽の有無まで判断して要件を当てはめることは予定されていないから、法定刑を基準とするのが合理的である。前提のとおり死体遺棄罪(刑法190条)の法定刑は3年以下の懲役であり、長期が3年であるから「長期3年以上」に当たる。したがって、死体遺棄罪の幇助も緊急逮捕の対象となり、本肢は誤っている。

検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したこと(中略)十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第百八十九条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
検視を経ないで変死者を葬った者は、十万円以下の罰金又は科料に処する。