訴訟能力と被告人の特定(公判で氏名冒用・身代わりが判明した場合の処理)とは
そしょうのうりょくとひこくにんのとくてい
訴訟能力とは、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力です。訴訟能力を欠く被告人は心神喪失の状態にあるものとして公判手続を停止し(刑事訴訟法314条1項)、回復の見込みがなければ判決で公訴を棄却します。被告人の特定は、起訴状の表示を基本に検察官の意思と現実に被告人として行動した者を併せ考えて判定し、公判の途中で氏名冒用や身代わりが判明したときは、判明した時期に応じて訂正・排除・公訴棄却で処理します。
自分が何の裁判を受けているのかも分からない被告人に、そのまま判決を言い渡すことはできません。裁判は、被告人が自分の立場を理解して守れることを前提にしているからです。そこで、その能力を欠く間は手続を止め、回復の見込みがなければ打ち切ります。被告人が誰かが分からなくなる事件もあります。逮捕のときに友人の名前を名乗った者や、本人の代わりに法廷に出てきた者がいると、名前の人と目の前の人が食い違います。誰を被告人として扱うかは、起訴状の名前と検察官の意思と実際に法廷に立った者を併せて決め、分かった時期に応じて手続を直します。
訴訟能力を欠く被告人は心神喪失の状態にあるものとして公判手続を停止し、回復の見込みがなければ判決で公訴を棄却します
訴訟能力とは、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力をいいます(最決平成7年2月28日)。被告人が心神喪失の状態にあるときは、裁判所は検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければなりません(刑事訴訟法314条1項本文)。停止するには医師の意見を聴きます(同条4項)。ただし、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで直ちにその裁判をすることができます(同項ただし書)。停止したまま回復しないときの扱いについて、判例は、心神喪失を理由に公判手続を停止した後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断するに至った場合には、形式的に訴訟が係属しているにすぎない状態のまま停止を続けることは刑事訴訟法の予定するところではなく、裁判所は検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく訴訟手続を打ち切る裁判をすることができ、その形式は口頭弁論を経た判決によるのが相当であるとして、338条4号に準じて判決で公訴を棄却することができるとしました(最判平成28年12月19日)。停止は決定、打切りは判決という形式の違いと、停止が原則で打切りは回復不能が確定した場合に限ることを押さえます。
- 訴訟能力あり公判手続を進める
- 訴訟能力なし(心神喪失)決定で停止。医師の意見を聴く。無罪・免訴・刑の免除・公訴棄却が明らかなら直ちに裁判できる(314条1項)
- 回復の見込みなし口頭弁論を経た判決で公訴棄却(338条4号に準じる。最判平成28年12月19日)。検察官の公訴取消しを待たなくてよい
起訴状の表示を基本に検察官の意思と現実に被告人として行動した者を併せ考えると、勾留中の冒用者は被告人になり、身代わり出頭者は被告人になりません
誰が被告人かは、起訴状あるいは判決書の表示のみによってではなく、公訴を提起した検察官の意思や、現実に審理の過程において被告人として行動し取り扱われた者が誰であるかも併せ考えて判定するのが裁判実務の立場です(最決昭和60年11月29日が是認した原審の基準)。この基準で「甲を被告人として扱うことが可能か」を見ます。真犯人の甲が現行犯逮捕の際に乙と名乗り、「乙」名義の勾留状で勾留されたまま「被告人 乙」の起訴状で起訴され、第1回公判期日前に発覚した事例では、検察官が起訴しようとしたのは勾留中の甲であり、「乙」は甲を指す記号にすぎないので、甲を被告人として扱えます。在宅の甲が乙と名乗って起訴され、起訴状謄本を受け取った甲自身が出頭して冒頭手続を終えた後に発覚した事例でも、検察官の意思も現実の審理も甲に向いているので、甲を被告人として扱えます。これに対し、真犯人の乙が「被告人 乙」で起訴された後に、甲が乙に頼まれて身代わりとして出頭し人定質問で発覚した事例では、検察官が起訴したのは乙であり、甲は法廷に出てきただけなので、甲を被告人として扱うことはできません。甲が乙に身代わりを頼み、乙が被疑者として取り調べられて「被告人 乙」で起訴され、乙自身が出頭して審理を終えた後に発覚した事例では、捜査の対象も起訴状の表示も出頭して行動した者もすべて乙なので、甲を被告人として扱うことはできません。各見解からの帰結の違いは「被告人の特定」で扱います。
氏名冒用は冒頭手続で判明すれば起訴状の氏名を訂正し、身代わり出頭は出頭者を排除して本人を召喚し、冒頭手続の後に判明すれば公訴棄却の判決で打ち切ります
公判の途中で分かったときの処理は、冒用か身代わりかと、判明した時期で決まります。氏名冒用では、被告人は冒用者本人なので、人定質問(刑事訴訟規則196条)などの冒頭手続で判明すれば、起訴状の被告人の氏名を冒用された者から本人に訂正すれば足ります。身代わり出頭では、被告人は起訴状に表示され検察官が訴追しようとした本人であって出頭者ではないので、冒頭手続で判明すれば裁判所は出頭者を手続から排除し、改めて本人を召喚します。どちらも冒頭手続が終わった後に判明したときは、被告人でない者について冒頭手続や証拠調べを進めてしまっているので、公訴提起の手続が無効な場合に準じて338条4号により公訴棄却の判決で手続をいったん打ち切るのが通説です。身代わりを見過ごして公訴棄却以外の判決を言い渡したときは、被告人でない者に対する判決として絶対的控訴理由になり、確定していれば非常上告で是正します。冒用者が勾留のまま起訴されて審理と判決を受けた事案で、判例は執行猶予の判決の効力は冒用者に及ぶとしました(最決昭和60年11月29日)。判決の効力が及ぶのは被告人として扱われた冒用者であって、名前を使われた者ではありません。
氏名を黙秘して居室番号で表示した弁護人選任届は不適法として却下され、被告人の署名のない選任届による選任は無効です
被告人が自分の氏名を一貫して明らかにせず、刑事施設の居室番号の自署と拇印で自己を表示した弁護人選任届を提出した事案で、判例は、憲法38条1項の自己に不利益な供述に氏名は原則として当たらないとし、この選任届を不適法として却下しても違法ではないとしました(最大判昭和32年2月20日)。「被告人には自らの氏名を開示する義務はないので、その選任届が不適法として却下されることはない」という肢は誤りです。公訴提起後の私選弁護人の選任は、弁護人になろうとする者と被告人とが連署した書面を差し出してしなければならず(30条1項・刑事訴訟規則18条)、連署とはそれぞれが自分の氏名を自書して押印することです。判例は、被告人に氏名を記載することができない合理的な理由がないのに、被告人の署名のない弁護人選任届によってした弁護人の選任は無効であるとしました(最決昭和40年7月20日)。「被告人に氏名を記載することができない合理的な理由がないのに、被告人の署名のない弁護人選任届によってした私選弁護人の選任は無効である」という肢は正しいです。選任届の方式の全体は「弁護人の選任」で扱います。
刑事訴訟法314条1項
被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。
刑事訴訟法314条4項
前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。
論文ではこう使う
論文で被告人の精神状態が問われたら、訴訟能力の定義(重要な利害を弁別し相当な防御をすることのできる能力)を先に置き、欠けるなら314条1項の停止が原則であること、回復の見込みがないと判断した段階で平成28年判決により338条4号に準じた判決で公訴を棄却できることを、停止が決定で打切りが判決という形式の違いとともに書きます。氏名冒用や身代わりの事案では、被告人が誰かを表示を基本に検察官の意思と行動を併せ考えて確定し、そのうえで判明した時期が冒頭手続の前か後かで、訂正・排除と召喚・公訴棄却判決のどれになるかを示します。判決が出てしまっていれば、効力が及ぶのは被告人として扱われた者であることと、控訴理由・非常上告の筋を添えます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。