共犯者の自白と共同被告人の供述とは
きょうはんしゃのじはくときょうどうひこくにんのきょうじゅつ
共犯者の自白とは、被告人と共に犯罪を行った旨の共犯者の供述をいい、判例は、これは憲法38条3項・319条2項の「本人の自白」に含まれず、補強証拠がなくても共犯者の自白だけで被告人を有罪にできるとしています。共同被告人の供述とは、併合審理されている共同被告人が公判廷でした供述や捜査段階の調書をいい、他の被告人との関係では被告人以外の者の供述として扱います。
乙が「甲の指示で丙を殺した」と認め、甲は一切否認しています。ほかに証拠がないとき、甲を有罪にできるかが問題です。乙の供述は乙自身の自白ですが、甲にとっては他人の供述です。自白だけで有罪にできないという補強法則の「本人の自白」に、この共犯者の自白まで含めるかで答えが分かれます。含めれば甲は無罪、含めなければ乙の供述が信用できる限り甲は有罪です。しかし含めると、乙は自分の自白しか証拠がないので無罪、甲は乙の供述で有罪という逆転も起きます。判例は含めないとしましたが、見解の対立と論拠の対応は毎年のように問われます。
判例は、共犯者の自白は「本人の自白」に含まれず、共犯者の自白だけで被告人を有罪にできるとしています
最大判昭和33年5月28日(練馬事件)は、憲法38条3項の「本人の自白」に共犯者の自白は含まれず、共犯者の自白のみで被告人を有罪とすることも妨げられないとしました。共犯者の犯罪事実に関する供述は、その共犯者が被告人と共同審理を受けていると否とにかかわらず、被告人に対する関係では証人の供述と本質を異にしないという理解です。最判昭和51年10月28日は、共犯者2名以上の自白によって被告人を有罪と認定しても憲法38条3項に違反しないことは大法廷判決の趣旨から明らかだとしました。この判例の立場からは、被告人が否認し共犯者だけが自白している場合も、被告人も自白していて共犯者の自白で補強する場合も、共犯者2名の自白しかない場合も、いずれも有罪にすることが許されます。「Bについては,Aの公判廷における自白を根拠に有罪とされることがある」という部分は、共同被告人Aの供述がBとの関係では本人の自白でないので、正しいです。
補強不要説には自由心証主義の例外の限定解釈と反対尋問の可能性が、補強必要説には自白偏重防止と引込みの危険が結び付きます
補強証拠を要しないとする見解(不要説)は、補強法則が自由心証主義の例外であることから、319条2項は限定的に解すべきであり、「本人の自白」を文言どおり被告人自身の自白に限るべきだと考えます。また、共犯者の自白に対しては被告人の側から反対尋問ができるので、反対尋問を経ない本人の自白とは違い、反対尋問による吟味を経た共犯者の自白は証明力が高いとも考えます。「刑事訴訟法第319条第2項の規定は,自由心証主義の例外であるから限定的に解すべきであると考えると,Ⅱの見解に結び付きやすい。」という記述や、「共犯者である乙の自白は,甲の公判において反対尋問による吟味を経るため,証明力が高いと考えると,Ⅱの見解に結び付きやすい。」という記述は、不要説に結び付く論拠として正しいです。本人の自白は証明力が過大に評価される点に危険があるが、共犯者の自白は引込みや責任転嫁の点に危険があり、その危険は異なると考えることも、別の規律で足りるとして不要説に結び付きます。これに対し、補強証拠を要するとする見解(必要説)は、自白の証明力の過大評価を防止するという319条2項の趣旨からすれば本人の自白と共犯者の自白を区別する理由はなく、誤判のおそれという観点からはむしろ共犯者の自白の方が危険だと考えます。共犯者は自己の刑事責任を免れ又は軽くするために他人を巻き込んだり責任転嫁したりする供述をする危険(引込みの危険)があるからです。「自白の証明力の過大評価を防止するという刑事訴訟法第319条第2項の規定の趣旨からすれば,本人の自白と共犯者の自白を区別する理由がない」と考えることは必要説に結び付き、不要説に結び付くという記述は論拠の向きを取り違えています。見解を与えて発言者を数えさせる問題では、補強法則は例外だから厳格に解すべきだという発言と、共犯者には反対尋問ができるから本人の自白とは違うという発言が有罪にできる側(不要説)で、自白偏重防止の観点から区別すべきでないという発言と、引込みの危険を指摘する発言が有罪にできない側(必要説)です。
- 319条2項は自由心証主義の例外だから限定的に解すべきである補強不要説に結び付きます
- 共犯者の自白には反対尋問ができ、吟味を経た供述は証明力が高い補強不要説に結び付きます
- 本人の自白の危険は証明力の過大評価、共犯者の自白の危険は引込み・責任転嫁で、危険の性質が異なる補強不要説に結び付きます(共犯者の自白は別の方法で吟味すればよいという理解です)
- 自白偏重防止の趣旨からすれば本人の自白と共犯者の自白を区別する理由がない補強必要説に結び付きます
- 共犯者には他人を巻き込み責任を転嫁する危険があり、むしろ本人の自白より危険である補強必要説に結び付きます
- 他に補強証拠がない限り、自白した共犯者は無罪になり否認した被告人は有罪になるという非常識な結論が生じ、事実を合一的に確定できない補強不要説への批判です。必要説への批判ではありません
- 補強を要する範囲を法益侵害の事実と何人かの犯罪行為によることで足りるとすると、引込みや責任転嫁の危険を防げない補強必要説のうち罪体説を採る立場への批判です
自白した者が無罪で否認した者が有罪になるという批判は不要説に向けられ、必要説の罪体説には引込みの危険を防げないという批判が向けられます
不要説に対しては、他に補強証拠がない場合、自分の自白しか証拠のない共犯者乙は補強法則により無罪になるのに、否認した甲は乙の自白を証拠に有罪になるという非常識な結論が生じ、同じ事実を合一的に確定できないという批判が向けられます。「Ⅰの見解に対しては,他に補強証拠がない限り,否認した甲は有罪,自白した乙は無罪になるという非常識な結論が生じるとの批判がある。」という記述は、Ⅰが必要説であれば批判の向き先を取り違えています。不要説の側は、自白した者が無罪になるのは自白に補強証拠がないためで、否認した者が有罪になるのは共犯者の供述が信用できると判断された結果だから別に不合理ではないと反論します。必要説の側にも弱点があります。補強を要する範囲について、法益侵害があった事実とそれが何人かの犯罪行為によるものであることで足りるとする罪体説の立場を採ると、犯罪が起きたことは補強されても、誰がやったかという部分には補強が及ばないので、共犯者が被告人を引き込んだり責任を転嫁したりする危険を防ぐことができません。「補強証拠を必要とする範囲を法益侵害があった事実とそれが何人かの犯罪行為によるものであることで足りるとする立場に対しては,共犯者の自白には,引込みや責任転嫁の危険があるが,それらの危険を防止することはできないとの批判がある。」という記述は、必要説の中の罪体説への批判として正しいです。
被告人が否認している場合だけ有罪にできないとする中間の結論は、「本人の自白」の範囲を場面で変える立場です
被告人が否認し共犯者だけが自白している場合には有罪にできないが、被告人も自白していて共犯者の自白で補強する場合には有罪にできるという結論もあります。この結論は、前者の場面では共犯者の自白を「本人の自白」に含めて、他に証拠がない以上「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合」に当たるとみる一方、後者の場面では共犯者の自白を被告人の自白とは別個の補強証拠として扱います。「結論Ⅱとする立場は,憲法第38条第3項の『本人の自白』に共犯者の自白も含まれるのは,被告人が否認し,共犯者が自白している場合に限られると考えることになる。」という記述は、この結論の論理構造を正しく述べています。共犯者2名の自白が一致していれば相互に補強証拠になるという考え方も、2名以上の自白があれば誤判の危険が薄らぐことを理由にこの中間の結論に親和的です。判例はどの場面でも有罪にできるとする立場です。
共同被告人の供述を他の被告人の証拠にするには、被告人質問か弁論を分離した後の証人尋問によります
併合審理されている共同被告人は、自分の事件では被告人なので、他の被告人の事件についても証人として尋問することはできず、宣誓や証言義務を課せません。共同被告人が任意に供述する場合には、共同被告人又はその弁護人は裁判長に告げて被告人の供述を求めることができます(311条3項)。「被告人が任意に供述をする場合には,共同被告人の弁護人は,裁判長に告げて,被告人の供述を求めることができる。」という肢は正しいです。この質問には反対尋問ほどの強制力がないので、共同被告人の供述を他の被告人の有罪認定に使うことについては、必要があれば弁論を分離し(313条1項)、分離した事件では被告人の地位を離れるので証人として尋問できます。分離後の証人は、自分も同じ事件で起訴されていることを理由に宣誓を拒むことはできません(最判昭和27年2月26日)。「乙は,自らも同一の事件で公訴提起されていることを理由に,下線部⑴の宣誓を拒むことはできない。」という肢は正しいです。もっとも、自己負罪拒否特権(146条)は個々の尋問事項ごとに行使できます。証拠調べの手続では、被告事件は被告人ごとに別個なので、検察官が乙のためにのみ供述録取書の取調べを請求した場合、甲とその弁護人はその請求について意見を述べる権利を持ちません。「検察官が,乙のためにのみその供述録取書の証拠調べを請求したとき,甲及び甲の弁護人は,これに対して意見を述べる権利がある。」という肢は誤りです。
共同被告人の検察官面前調書は、他の被告人との関係では321条1項2号の書面に当たります
共同被告人は、他の被告人との関係では被告人以外の者です。その供述は被告人自身の供述を内容とする書面(322条)ではないので、共同被告人の検察官に対する供述調書は321条1項2号の「検察官の面前における供述を録取した書面」に当たります(最決昭和27年12月11日)。「共同被告人は,被告人との関係においては,被告人以外の者であって,被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではないから,共同被告人の検察官に対する供述調書は,同号にいう『検察官の面前における供述を録取した書面』に当たる。」という肢は正しく、「共同被告人乙の検察官に対する供述調書は,被告人甲との関係において,刑事訴訟法第321条第1項第2号の『検察官の面前における供述を録取した書面』には当たらない。」という肢と、「共同被告人が被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするから,同項第2号の『検察官の面前における供述を録取した書面』に当たらない」という肢は誤りです。共同被告人が純然たる証人と違うという議論は、供述の証明力や補強の要否の場面のものであって、伝聞例外の書面該当性を否定する根拠にはなりません。2号書面の要件は検察官面前調書の語で扱います。
刑事訴訟法311条3項
陪席の裁判官、検察官、弁護人、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、前項の供述を求めることができる。
刑事訴訟法319条2項
被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。
論文ではこう使う
共犯者の自白で被告人を有罪にできるかを論じる答案では、憲法38条3項・319条2項の「本人の自白」に共犯者の自白が含まれるかを論点として立て、必要説の論拠(自白偏重防止の趣旨は共犯者の自白にも妥当する、引込みの危険)と不要説の論拠(自由心証主義の例外は限定解釈、反対尋問が可能、文言)を対比し、不要説への「自白した者が無罪、否認した者が有罪」という批判にどう答えるかまで書きます。判例が不要説で、共犯者2名以上の自白による有罪も合憲としていることを示したうえで、共犯者の供述の信用性は補強ではなく証明力の慎重な吟味で担保する、という形で締めるのが一つの型です。手続面を問われたら、共同被告人には311条3項の質問、分離後は証人尋問という使い分けを書きます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。