証明の程度(合理的な疑いを超える証明)とは
しょうめいのていど
証明の程度とは、有罪の認定をするために裁判所がどこまで確信を抱かなければならないかという水準をいい、刑事裁判では合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要です。合理的な疑いを差し挟む余地がないとは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうのではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在する疑いを容れる余地があっても、健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される場合をいいます(最決平成19年10月16日)。
「絶対に間違いない」と言い切れることは、人の世の出来事にはほとんどありません。目撃者が見間違えた可能性、別人が同じ服を着ていた可能性は、理屈のうえでは必ず残ります。もし反対の可能性をすべて消さなければ有罪にできないとすれば、誰も処罰できなくなります。逆に「たぶん犯人だろう」で有罪にすれば無実の人を処罰してしまいます。そこで刑事裁判は、常識のある人なら疑いを持たない程度に証明されたかという水準を置きました。合理的な疑いを差し挟む余地のない証明という基準で、民事裁判の証拠の優越よりはるかに高い水準です。
合理的な疑いを差し挟む余地がないとは、健全な社会常識に照らして疑いに合理性がないと一般的に判断される場合をいいます
犯罪の証明があったときは有罪判決を、証明がないときは無罪判決を言い渡します(333条1項・336条)。この「証明があった」といえる水準について、最決平成19年10月16日は、刑事裁判における有罪の認定に当たっては合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるとしたうえで、合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いを容れる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨であるとしました。「反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である」という肢は、この判示そのままなので正しいです。基準となるのは個々の裁判官の主観ではなく、健全な社会常識に照らした一般的な判断です。
情況証拠によって認定する場合でも、求められる証明の程度は直接証拠の場合と異なりません
同じ決定は、このことは直接証拠によって事実認定をすべき場合と情況証拠によって事実認定をすべき場合とで何ら異なるところはないとし、情況証拠の場合にはより高度の確実性が必要だという主張を退けました。証明の程度は裁判所の確信の水準の問題で、確信に至る材料が直接証拠か間接証拠かで上下するものではないからです。「直接証拠によって事実を認定すべき場合と,情況証拠によって事実を認定すべき場合とで,求められる証明の程度に異なるところはない。」という肢は正しいです。「情況証拠は,直接証拠に比べて証明力が低く,…反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性がなければならない」という肢、「情況証拠によって事実を認定すべき場合には,直接証拠によって事実を認定すべき場合よりも証明の程度が高度である必要がある」という肢、「情況証拠によって事実認定をすべき場合には,直接証拠によって事実認定をすべき場合よりも高度の確信が必要である」という肢はいずれも誤りです。もっとも、程度が同じだからといって情況証拠の評価が緩いわけではありません。最判平成22年4月27日は、立証の程度に差はないとしつつ、直接証拠がないのだから、情況証拠によって認められる間接事実の中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するとしました。これは証明の程度を引き上げたのではなく、間接事実の積み重ねが合理的な疑いを超えたといえるための中身を示したものです。
略式手続や即決裁判手続でも、犯罪の証明は証拠の優越では足りません
略式手続は公判を開かずに書面審理で罰金・科料を科す簡易な手続で、即決裁判手続も争いのない軽い事件を即日判決で処理する手続です。簡略化されているのは審理の方式であって、有罪認定に必要な心証の水準ではありません。略式命令も確定すれば確定判決と同じ効力を持ち、即決裁判手続でも罪となるべき事実を認定して有罪判決を言い渡すのですから、犯罪の証明は通常の手続と同じく合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に達していなければなりません。「略式手続においては,書面審理による迅速な判断が要求されることから,犯罪の証明は証拠の優越で足りる。」という肢、「略式手続においては,犯罪の証明の程度は,証拠の優越で足りる。」という肢、「即決裁判手続において『罪となるべき事実』を認定する場合には,…いわゆる証拠の優越で足りる。」という肢はいずれも誤りです。証拠の優越は、ある事実を肯定する証拠の証明力が否定する証拠の証明力を上回れば足りるという民事裁判の水準で、刑事裁判の有罪認定には使いません。
再審の明白性の判断にも、疑わしきは被告人の利益にという鉄則が適用されます
合理的な疑いが残れば無罪にするという規律の裏返しが「疑わしきは被告人の利益に」の原則です。この原則は確定判決の後にも及びます。最決昭和50年5月20日(白鳥事件)は、再審事由である435条6号の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうとし、その判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生じさせれば足りるという意味において、疑わしいときは被告人の利益にという刑事裁判における鉄則が適用されるとしました。「刑事訴訟法第435条第6号にいう『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』であるかどうかの判断に際しても,…『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用される。」という肢は正しいです。再審請求人に無罪を積極的に証明させるのではなく、確定判決の認定に合理的な疑いが生じれば足りるという意味です。明白性の判断方法の詳細は証拠の明白性と新規性の語で扱います。
刑事訴訟法336条
被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
最決平成19年10月16日
合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である
論文ではこう使う
事実認定の答案では、最初に有罪認定には合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であることと、その意味(最決平成19年10月16日の文言)を示します。情況証拠だけの事案では、程度は変わらないと断ったうえで、最判平成22年4月27日の「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係が含まれているか」を基準に、間接事実を一つずつ挙げてその推認力を評価し、最後に総合して合理的な疑いが残るかを判断します。被告人側の弁解が抽象的な可能性にとどまるのか、具体的な根拠のある合理的な疑いなのかを分けて書くと、基準の当てはめになります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。