毀棄・隠匿の罪の類型(客体と親告罪)とは
ききいんとくのつみのるいけい
毀棄・隠匿の罪とは、他人の物の効用を害する行為を処罰する罪の総称で、客体に応じて、公用文書等毀棄罪、私用文書等毀棄罪、建造物等損壊罪、器物損壊罪、境界損壊罪、信書隠匿罪に分かれます。このうち私用文書等毀棄罪、器物損壊罪、信書隠匿罪は、告訴がなければ公訴を提起できない親告罪です。
取調べの後、警察官が書いた書面を被疑者が腹を立てて破り捨てた場面を考えます。紙としては数円の価値しかありませんが、その書面は捜査に使われる大切な書類です。同じ「壊す」行為でも、役所で使う書類、契約書、建物、その他の物では、失われるものの重みが違います。刑法は、壊された物の種類ごとに罪を分け、公の仕事に使う書類を最も重く、ふつうの物を軽く処罰しています。軽い類型は、被害者が望むときだけ処罰する親告罪になっています。
毀棄・隠匿の罪は、客体ごとに六つの類型に分かれています
258条から263条までが、客体に応じた類型を定めています。公用文書等毀棄罪が最も重く、3月以上7年以下の拘禁刑です。私用文書等毀棄罪と建造物等損壊罪は5年以下の拘禁刑です。建造物等損壊によって人を死傷させたときは、傷害の罪と比較して重い刑で処断されます。器物損壊罪は、これら三つの客体以外の他人の物を損壊または傷害する罪で、3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料です。境界損壊罪は、境界標を損壊・移動・除去するなどして土地の境界を認識できないようにする罪です。信書隠匿罪は、他人の信書を隠匿する罪で、6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料と最も軽く定められています。自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、または配偶者居住権が設定されたものを損壊したときは、他人の物と同じに扱われます(262条)。
- 公用文書等毀棄罪(258条)公務所の用に供する文書・電磁的記録。3月以上7年以下の拘禁刑。親告罪でない
- 私用文書等毀棄罪(259条)権利または義務に関する他人の文書・電磁的記録。5年以下の拘禁刑。親告罪
- 建造物等損壊罪(260条)他人の建造物・艦船。5年以下の拘禁刑。死傷させたときは傷害の罪と比較して重い刑。親告罪でない
- 器物損壊罪(261条)上の三つ以外の他人の物(動物・土地を含む)。3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料。親告罪
- 境界損壊罪(262条の2)土地の境界を認識できないようにする。5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。親告罪でない
- 信書隠匿罪(263条)他人の信書。6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料。親告罪
公用文書は、作成者を問わず、偽造文書や未完成の文書も客体になります
「公務所の用に供する文書」とは、作成者や作成の目的にかかわりなく、現に公務所において使用に供され、または使用の目的で保管されている文書をいいます(最判昭和38年12月24日)。私人が作成して役所に提出した文書も含まれます。「公用文書等毀棄罪における「公務所の用に供する文書」とは,公務所又は公務員が作成したもので,現に公務所において使用され,又は使用の目的をもって保管されている文書のことをいう」という肢は誤りで、公務所または公務員が作成したものに限るとしている点が誤っています。文書偽造の罪でいう公文書とは範囲が異なります。「偽造された文書や未完成の文書は,公用文書等毀棄罪の客体とはなり得ない」という肢も誤りです。偽造の文書であっても客体になり(大判大正9年12月17日)、未完成の文書であっても、文書としての意味・内容を備えるに至っていれば客体になります(最判昭和52年7月14日)。最決昭和32年1月29日は、被疑者の供述を記載して読み聞かせた弁解録取書は、被疑者と司法警察員の署名押印がまだなくても、公務所の用に供する文書に当たるとしました。「④について,丙が作成した弁解録取書には,甲の署名押印がないが,甲の供述内容が記載されていることから,甲には公用文書等毀棄罪が成立する」という肢は正しく、「甲が弁解録取書を手で破り捨てた行為について、同弁解録取書に甲及びBの署名押印がなかったとしても、甲に公用文書毀棄罪が成立する」という肢も正しいです。「保存期間が経過した後の文書は,公用文書等毀棄罪の客体とはなり得ない」という肢は誤りです。保存期間が経過した文書であっても、廃棄される前で保管されている限り、客体になります(大判明治42年7月8日)。
私用文書は、権利または義務に関する他人所有の文書で、有価証券も含まれます
「権利又は義務に関する他人の文書」とは、権利または義務の存否・得喪・変更・消滅などを証明し得る、他人の所有に属する文書をいいます。「私用文書等毀棄罪における「権利又は義務に関する他人の文書」とは,権利又は義務の存否・得喪・変更・消滅等を証明し得る他人所有の文書のことをいう」という肢は正しいです。「他人の」とは他人の所有に属することを意味し、作成名義が誰であるかは問いません。自分の名義で作成して相手方に差し入れた借用証書も、相手方の所有に属するので客体になります。単に事実を証明するだけの文書は含まれず、その毀棄は器物損壊罪の問題になります。「手形や小切手等の有価証券は,私用文書等毀棄罪の客体とはなり得ない」という肢は誤りです。最決昭和44年5月1日は、有価証券である小切手も259条の文書に含まれるとしています。
建造物に取り付けられた物は、接合の程度と機能上の重要性を総合して建造物の一部かを判断します
建造物とは、屋根があり壁または柱で支えられて土地に定着し、人が出入りできる工作物をいいます。建造物に取り付けられた物が建造物の一部といえるかについて、最決平成19年3月20日(建造物の意義)は、その物と建造物との接合の程度のほか、その物の建造物における機能上の重要性をも総合考慮して決すべきであるとしました。住居の玄関ドアは、外壁と接続し、外界との遮断、防犯、防風、防音などの重要な役割を果たしているので、適切な工具を使えば損壊せずに取り外せるとしても、建造物損壊罪の客体に当たります。「甲がB組事務所の玄関ドアを凹損させた行為については,同ドアが工具を使用すれば容易に取り外せる構造であった場合,建造物損壊罪は成立しない」という肢は誤りです。建造物が「他人の」ものといえるかについて、最決昭和61年7月18日(建造物の他人性)は、他人の所有権が将来民事訴訟等において否定される可能性がないということまでは要しないとしました。所有権の帰属に民事上の争いがあっても、他人性が認められることがあります。
器物損壊罪の客体は、文書・建造物以外のすべての他人の物で、動物や土地も含まれます
器物損壊罪は「前三条に規定するもののほか」他人の物を損壊または傷害した場合に成立します。客体は、公用文書、私用文書、建造物・艦船以外のすべての他人の物であり、動産に限られません。「いずれの見解によっても、器物損壊罪の客体は、公用文書等毀棄罪、私用文書等毀棄罪、建造物等損壊罪の客体以外の動産に限られ、不動産は含まれないと解することになる」という肢は誤りで、土地などの不動産も客体に含まれます。他人の飼っている動物を殺傷する行為は「傷害」に当たります。建造物から取り外せる窓ガラスや畳、ふすまなどは、建造物の一部とはいえない場合に器物損壊罪の客体になります。人を殴って眼鏡を壊し、けがもさせた場合のように、1個の行為で人の身体と物の両方を害したときは、傷害罪と器物損壊罪の観念的競合になります。「甲は,眼鏡を掛けた乙の顔面を,眼鏡の上から拳で殴打し,眼鏡を損壊するとともに,乙に全治1週間を要する顔面打撲の傷害を負わせた。この場合,甲には傷害罪と器物損壊罪が成立し,両罪は併合罪となる」という肢は誤りです。
私用文書等毀棄罪、器物損壊罪、信書隠匿罪は親告罪です
264条は、259条、261条および263条の罪について、告訴がなければ公訴を提起することができないと定めています。個人の財産に対する比較的軽い侵害なので、処罰を求めるかどうかを被害者の意思に委ねたものです。これに対し、公用文書等毀棄罪は公務の円滑な遂行を害する罪であり、建造物等損壊罪と境界損壊罪は被害が重大であったり公共的な性格を持ったりするので、親告罪とされていません。自己の物の損壊として262条により処罰される場合の告訴権者は、差押債権者や賃借人など、その物について権利を有する者です。
刑法258条
公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者は、三月以上七年以下の拘禁刑に処する。
刑法259条
権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録を毀棄した者は、五年以下の拘禁刑に処する。
刑法260条
他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の拘禁刑に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
刑法264条
第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
論文ではこう使う
論文では、物を壊した、隠したという事例で、どの罪名を選ぶかが問われます。答案では、まず客体が何であるかを確定します。公務所で使用され、または使用の目的で保管されている文書であれば、作成者や完成の有無にかかわらず公用文書等毀棄罪を検討し、権利または義務を証明し得る他人所有の文書であれば私用文書等毀棄罪を検討します。建造物に取り付けられた物を壊した事例では、建造物との接合の程度と機能上の重要性を問題文の事実から拾い、建造物の一部といえるときは建造物等損壊罪、いえないときは器物損壊罪とします。そのうえで、行為が毀棄・損壊に当たることを、物の効用を害したかという観点から認定します。私用文書等毀棄罪、器物損壊罪、信書隠匿罪は親告罪ですから、告訴の有無が問題文に示されているときは、その点にも触れます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。