横領罪の「他人の物」(金銭・二重譲渡・所有権留保)とは
おうりょうざいのたにんのもの
横領罪の「他人の物」とは、行為者以外の者の所有に属する物をいいます。使途を定めて預かった金銭は委託者の所有に属し、売却済みで登記だけが残っている不動産は買主の所有に属し、所有権留保付きで買った物は代金完済まで売主の所有に属するので、いずれも「他人の物」に当たります。
土地を売って代金も全額受け取ったのに、登記を移す前に、もっと高く買うという別の人に同じ土地を売ってしまう場面を考えます。登記簿の上ではまだ売主の名前ですが、土地はもう最初の買主のものです。売主は、買主のために登記名義を預かっているのと同じ立場にあります。横領罪は、自分の手元にある「他人の物」を自分の物のように処分する罪なので、その物の所有権が誰にあるかが、成立を左右します。
横領罪は所有権を侵害する罪なので、所有者の意思に反する処分であることが必要です
「他人の物」とは他人の所有に属する物をいい、横領罪が成立するには所有権の侵害が必要です。「甲は,乙の承諾を得て,乙から借り受けた乙所有の重機を丙に転貸していたが,同重機の修理のため一時これを丙から預かった際,乙の承諾を得て,丙に無断で,自己の借金の返済として同重機を自己の債権者に譲渡した。この場合,甲には,横領罪が成立する」という肢は誤りです。重機の所有者は乙であり、甲は乙の承諾を得て譲渡しているので、乙の所有権を侵害していません。転借人の丙は所有者ではないので、丙に無断であっても横領罪は成立しません。同じ理由から、質権者の委託を受けて質物を保管していた者が、質権者に無断で所有者に質物を返した事例でも、委託物横領罪は成立しません。大判明治44年10月13日は、この場合に横領罪ではなく背任罪が成立するとしました。自己所有の不動産に抵当権を設定した後、登記前に別の者に抵当権を設定して登記した二重抵当でも、不動産はなお自己の物です。「乙には抵当権があるにすぎず,当該土地は「他人の物」とはいえないので,甲には乙を被害者とする横領罪は成立しない」という肢は正しく、この場合に成立するのは背任罪です。
使途を定めて預かった金銭や集金した金銭は、委託者の所有に属します
民法上、金銭の所有権は占有とともに移るとされていますが、刑法上は、委託者と受託者の間の権利関係を保護するために、使途を定めて委託された金銭の所有権は委託者に残ると解されています。集金業務に従事する者が集金した金銭も、委託者である会社の所有に属します。取引先から集金した50万円を、ひったくりに遭ったとうその報告をして会社に納めなかった事例では、業務上横領罪が成立します(大判大正11年1月17日)。うその報告は、すでに占有している金銭の領得を隠す手段にすぎないので、詐欺罪にはなりません。「この場合、上記通知がされていないから、甲にはB組合に対する横領罪は成立しない」という肢は誤りです。最決昭和33年5月1日は、債権の譲渡人が譲渡通知をしないうちに債務者から弁済として受領した金銭を費消したときは、横領罪を構成するとしました。通知は債務者に対する対抗要件にすぎず、譲渡人と譲受人の間では債権は移転しているので、受領した金銭は譲受人の所有に属するからです。「丙は甲に財産上の損害を与えていないので,丙に横領罪は成立しない」という肢も誤りです。代金の受領と入金を委託された丙が受け取った現金は委託者の所有に属し、横領罪は財産上の損害の発生を要件としていません。
不動産の二重売買では売主に横領罪が成立し、第二買主は事情を知っているだけでは共犯になりません
不動産を売却して所有権が買主に移転した後、登記名義が残っていることを利用して第三者に売却し登記を移せば、売主に横領罪が成立します。「丙が当該土地の所有権の取得を乙に対抗できるか否かにかかわらず,甲には横領罪が成立する」という肢は正しいです(最判昭和30年12月26日)。他方、第二買主については、「乙は,甲から本件土地が既にAに売却済みであることを知らされながら,Aに無断で本件土地を購入し,所有権移転登記を完了したのであるから,乙に横領罪の共同正犯が成立する」という肢は誤りです。最判昭和31年6月26日は、二重譲渡の事情を知りながら不動産を取得して登記を得た者について、民法上適法に所有権を取得したのであり、売主の横領行為とは別個独立の関係にあるとして、横領の共犯と認めることはできないとしました。民法177条のもとでは、単に事情を知っているだけの第二買主は有効に所有権を取得できるからです。これに対し、福岡高判昭和47年11月22日(不動産の二重売買と横領)は、二重譲渡になることを理由に断った売主に執拗かつ積極的に働きかけて売却させた第二買主について、経済取引上許容される範囲と手段を逸脱したとして、横領罪の共同正犯を認めました。
- 売主登記名義による占有があり、不動産は第一買主の所有。第二買主に売却して登記を移せば横領罪
- 第二買主(単に事情を知っていた)民法上適法に所有権を取得できる。横領罪の共犯にならない(最判昭和31年6月26日)
- 第二買主(執拗かつ積極的に働きかけた)経済取引上許容される範囲を逸脱。横領罪の共同正犯(福岡高判昭和47年11月22日)
- 二重抵当不動産は設定者自身の物。横領罪ではなく背任罪
所有権留保付きで買った物は代金完済まで売主の物であり、無断で処分すれば横領罪が成立します
割賦販売で所有権が売主に留保されている場合、買主は物を使用していても、代金を完済するまでは他人の物を占有していることになります。「当該行為は,実質的には他人の所有権を侵害する行為ではないから,横領罪は成立しない」という肢は誤りです。最決昭和55年7月15日は、所有権留保の特約付き割賦売買契約に基づいて引渡しを受けた自動車を、販売会社に無断で借入金の担保として提供した行為について、横領罪の成立を認めました。共有物も、他の共有者の持分との関係では他人の物に当たるので、共有者の1人が単独で占有する共有物を無断で処分すれば横領罪が成立します。
だまし取った物を処分しても、新たに横領罪は成立しません
詐欺や窃盗で手に入れた物を、その後に売却するなどして処分しても、所有者の所有権に対する侵害は、先に成立した詐欺罪や窃盗罪によって評価し尽くされています。「甲が本件不動産の乙への所有権移転登記を行った行為には,横領罪が成立する」という肢は誤りです。甲はAから不動産をだまし取っており、その不動産を乙に転売して登記を移す行為は、詐欺罪の不可罰的事後行為になります。そもそも、だまし取った物の占有は、所有者からの委託に基づくものでもありません。これに対し、横領した物を自分の物だと偽って事情を知らない買主に売った場合は、買主に対する詐欺罪が別に成立するかが問題になります。二重売買の第二買主に対する関係でも、第二買主が登記を得て有効に所有権を取得できる場合には、財産上の損害がないとして詐欺罪が否定されると解されています。
刑法252条1項
自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。
論文ではこう使う
論文では、処分された物の所有権が行為時に誰に帰属していたかを、民事法の規律を踏まえて認定します。売買であれば、契約の成立と代金の支払によって所有権が買主に移転したことを示し、登記名義が残っている売主の占有と合わせて「自己の占有する他人の物」を認定します。金銭であれば、民事法上は占有者に所有権が帰属するのが原則であることに触れたうえで、使途を定めて委託された金銭は刑法上委託者の所有に属すると述べます。所有権留保や譲渡担保では、契約の内容から所有権の所在を認定します。二重売買で第二買主の罪責が問われる事例では、民法177条のもとで単なる悪意者は有効に所有権を取得できることを指摘し、共犯の成立には、売主に横領を決意させるような積極的な働きかけなど、経済取引上許容される範囲を逸脱した事情が必要であると論じます。抵当権者や質権者との関係が問題になる事例では、所有権の侵害がないので横領罪ではなく背任罪を検討します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。