詐欺罪の実行の着手と既遂時期とは
さぎざいのじっこうのちゃくしゅときすいじき
詐欺罪の実行の着手とは、相手方に財物や利益を交付させることに向けた欺く行為を開始することをいい、判例は、交付を求める文言を述べる前でも、交付の判断の前提となる重要なうそを述べた段階で着手を認めています。既遂時期は、財物の占有や利益が行為者側に移転した時です。
警察官を名乗る電話で「あなたの口座が犯罪に使われています。預金を全部おろして自宅に置いてください」と言われ、その1時間後に「これから警察官が伺います」と言われた場面を考えます。この時点では、まだ誰も「現金を渡してください」とは言っていません。それでも、ここまで信じ込まされた人は、訪ねてきた偽の警察官に求められればすぐに現金を渡してしまいます。そこで判例は、現金を求める言葉より前のうその段階で、詐欺罪の未遂を認めています。
詐欺罪の着手は、交付に向けた欺く行為を開始した時に認められます
詐欺罪の実行の着手は、相手方に財物や利益を交付させることに向けて、人を欺く行為を開始した時に認められます。欺く行為の準備にとどまる段階では、まだ着手はありません。保険金詐欺では、保険会社に保険金の支払を請求した時が着手の時期です。大判昭和7年6月15日は、保険金をだまし取る目的で家屋に放火しても、保険会社に請求をしていない以上、放火は詐欺罪の準備行為にとどまるとしました。「甲は,自己が居住する建物に付した火災保険の保険金を保険会社からだまし取る目的で同建物に放火したが,保険金を請求するに至らなかった。この場合,甲には詐欺未遂罪は成立しない」という肢は正しいです。「甲には,自動車を電柱に衝突させた時点で,詐欺未遂罪が成立する」という肢は誤りです。事故を装う行為は、保険会社に対して何もうそを告げていないからです。これに対し、孫を装って電話をかけ口座への送金を求めた場合は、送金を求める文言を述べた時点で着手があります。「その声が孫の声と違うことに気付いたXは,甲から指定された口座に送金しなかった。甲には詐欺未遂罪が成立する」という肢は正しいです。
交付を求める文言の前でも、交付の判断の前提となる重要なうそを述べれば着手が認められます
最判平成30年3月22日(詐欺罪における実行の着手)は、警察官を装って預金の払戻しを求め、警察官の訪問を予告する2回の電話をかけた段階で、受け取り役が被害者宅に着く前に逮捕された事案について、詐欺未遂罪の成立を認めました。判旨は、うその内容が、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであり、現金の交付を求める行為に直接つながるうそが含まれていて、被害者が即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものであることを理由にしています。司法試験2022年問3は、この判旨の読み方を問いました。判旨は、行為者の犯行計画を考慮して着手を判断する立場を前提としており、着手が認められるために財物の交付を求める行為が必ずしも必要でないという立場を前提としています。判旨は、実行行為そのものでなくても、実行行為に密接で被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為の開始によって未遂罪が成立し得るとする立場と矛盾しません。また、うそ全体を「人を欺く行為」とみて一連の実行行為の開始があるとする立場とも矛盾しません。判旨は、2回の電話のうそを一連のものとして着手を認めており、1回目の電話では着手を認めず2回目で認めると明示したものではありません。
- 犯行計画の考慮判旨は、段階を踏んでうそを重ねる犯行計画を考慮して着手を判断している
- 交付要求行為の要否判旨は、財物の交付を求める行為がなくても着手が認められ得るという立場を前提としている
- 密接で危険な行為の開始とみる立場判旨と矛盾しない
- うそ全体を「人を欺く行為」とみる立場判旨と矛盾しない。判旨はどの行為が欺く行為かを明示していない
- 1回目と2回目の電話判旨は一連のものとして評価しており、2回目で初めて着手を認めるとは明示していない
相手方が錯誤に陥らずに交付した場合は、詐欺未遂罪にとどまります
詐欺罪が既遂になるには、欺く行為、錯誤、処分行為、財物の移転が因果の流れとしてつながっていなければなりません。相手方がうそを見破ったうえで、同情などの別の理由から財物を渡した場合は、錯誤に基づく交付がないので未遂にとどまります(大判大正11年12月22日)。「甲は,無銭宿泊を企て,宿泊代金を支払う意思も能力もないのに,これらがあるように装い,民宿を営む乙に対し,宿泊を申し込んだところ,乙は,他の民宿から甲が無銭宿泊の常習者であることを聞いていたため,甲に宿泊代金支払の意思も能力もないことが分かったが,甲に憐憫の情を抱き,甲を宿泊させた。この場合,甲には,詐欺未遂罪が成立するにとどまる」という肢は正しいです。「乙は,そのうそを見破り,甲に返済の意思がないことを察したが,憐憫の情から,甲に現金を手渡した。この場合,乙は錯誤に陥っていないので,甲には詐欺未遂罪が成立するにとどまる」という肢も正しいです。特殊詐欺で被害者がうそを見破り、警察に協力してだまされたふりを続けた場合も、詐欺罪は未遂です。この場合に、うそが見破られた後で荷物の受領だけに関与した者について、最決平成29年12月11日は、加功前の欺く行為の点も含めて詐欺未遂罪の共同正犯の責任を負うとしました。その理由づけは総論の承継的共犯と不能犯で扱います。
既遂時期は、動産は占有の移転時、不動産は登記または引渡しの時、振込みは入金時です
1項詐欺罪は、財物の占有が行為者側に移転した時に既遂になります。契約を結ばせただけでは、まだ財物は移転していません。「その売買契約が成立したことのみをもって,甲には詐欺既遂罪が成立する」という肢は誤りです。大連判大正11年12月15日は、不動産の詐欺は、所有権移転の意思表示をさせるだけでは足りず、現実に占有を移転させるか、所有権取得の登記を経た時に既遂になるとしました。「甲には,本件不動産の自己への所有権移転登記が完了した時点で,詐欺既遂罪が成立する」という肢は正しいです。口座に振り込ませる場合は、行為者が自由に処分できる口座に入金された時点で既遂になります。最初から代金を支払う意思がない無銭飲食・無銭宿泊は、飲食物や宿泊の提供を受けた時点で既遂です(最決昭和30年7月7日)。
1個の欺く行為で財物と利益を得れば包括一罪となり、保険金目的の放火と詐欺は併合罪になります
同じ機会に同じうそで宿泊と食事の提供を受けた場合、1項詐欺罪と2項詐欺罪を別々に成立させることはしません。「甲に刑法第246条第1項の詐欺罪及び同条第2項の詐欺罪が成立し、両罪は併合罪となる」という肢は誤りです。1個の欺く行為によって財物をだまし取り、かつ財産上不法の利益を得た場合は、246条に当たる1個の詐欺罪として包括して評価されます。街頭募金を装って不特定多数の通行人から現金をだまし取った場合についても、「多数回にわたり、不特定多数の通行人からそれぞれ少額の現金を募金箱に投入させてだまし取った。この場合、甲に詐欺罪の包括一罪が成立する」という肢は正しいです。最決平成22年3月17日(街頭募金詐欺事件)は、1個の意思に基づき、不特定多数の通行人に同一内容の定型的な働き掛けを継続した活動であることなどから、全体を包括一罪としました。他方、保険金目的の放火と、その後の保険金詐欺は、罪質上通常手段と結果の関係にあるとはいえないので、併合罪です(大判昭和5年12月12日)。「甲は,火災保険金をだまし取る目的で,同居する家族が不在の間に,自宅に放火して焼失させ,その後,火災原因を偽って火災保険金の支払を受けた。この場合,甲には,現住建造物等放火罪及び詐欺罪が成立し,これらは併合罪となる」という肢は正しく、「甲に現住建造物等放火罪及び詐欺罪が成立し、これらは牽連犯となる」という肢は誤りです。
刑法246条1項
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。
刑法250条
この章の罪の未遂は、罰する。
論文ではこう使う
論文では、特殊詐欺の事例で、どの時点のどの行為に着手を認めるかが問われます。答案では、実行の着手は、構成要件的結果を生じさせる現実的危険性のある行為を開始した時に認められるという一般論を示し、行為者の犯行計画を前提に、問題の行為が欺く行為と密接で、交付に至る客観的な危険性を備えているかを検討します。最判平成30年3月22日の当てはめの要素である、うその内容が交付の判断の前提となる重要な事項に係ること、交付を求める行為に直接つながること、被害者が即座に交付してしまう危険性を著しく高めることを、問題文の事実に対応させて書きます。被害者がうそを見破っている場合は、錯誤に基づく交付がないので未遂にとどまることを指摘し、その後に関与した受け取り役については、総論の承継的共同正犯と不能犯の議論に引き継ぎます。既遂時期が問題になるときは、財物の占有がいつ行為者側に移ったかを、動産・不動産・振込みの別に従って認定します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。