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用語集 / 刑法 / 不能犯

不能犯(具体的危険説と客観的危険説)とは

ふのうはん

刑法 未遂・中止犯・不能犯

不能犯とは、行為者は犯罪を実現するつもりで行為をしたが、その行為に結果を発生させる危険性がないため、未遂犯として処罰されない場合をいいます。危険性の有無を、行為時に一般人が認識し得た事情などを基礎に一般人を基準として判断する具体的危険説と、客観的な事情を基礎に事後的・科学的に判断する客観的危険説が対立します。

憎い相手を呪い殺そうとして、わら人形にくぎを打った人を、殺人未遂で処罰することはできません。本人がどれほど本気でも、その行為で人が死ぬ危険はないからです。これに対し、弾が入っていると思って引き金を引いたら空だった場合は、結論が分かれます。未遂犯が処罰されるのは結果が発生する危険を生じさせたからなので、その危険を誰の目から、どの事情をもとに判断するかが分かれ目になります。

法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で法壇に座り、法壇の前の机に二つの証拠品が並ぶ。左はわら人形の絵と札「危険性なし → 不能犯」、右は弾倉が空の拳銃の絵と札「弾が入っていなかった → 未遂犯か不能犯か」。被告人席に男性(札「行為者」

不能犯は、結果を発生させる危険性がないために未遂犯として処罰されない行為です

未遂犯は、実行に着手して結果が発生しなかった場合に成立します。結果が発生しなかった場合のうち、そもそも結果を発生させる危険性がなかったものが不能犯であり、処罰されません。危険性がなかった原因によって、方法が結果を発生させ得ないものであった場合(方法の不能)と、客体が存在しなかった場合(客体の不能)とに分けられます。空の拳銃の引き金を引く、毒性のない物を飲ませるというのが方法の不能の例であり、既に死亡している人を攻撃する、空のポケットに手を入れるというのが客体の不能の例です。結果が発生しなかった以上、後から振り返れば、どの事例でも結果が発生しなかった原因があります。それでも未遂犯として処罰する場合と不能犯とする場合をどう区別するかについて、危険性を判断する基礎となる事情と判断の基準をめぐって見解が分かれます。

具体的危険説は、行為時に一般人が認識し得た事情と行為者が特に認識した事情を基礎に、一般人を基準として判断します

具体的危険説は、行為当時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識した事情を基礎とし、一般人を基準に結果発生の危険性があるか否かを判断します。判断の時点は行為時であり、事後に判明した事情は基礎に入りません。人を殺そうとして、客観的には死の結果を引き起こさない量の空気を人の血管内に注射した場合、空気の量が足りないことは行為時に一般人には分からないので、この見解からは殺人未遂罪の成立が認められる余地があるという結論になります。行為者が特に認識した事情も基礎とされるので、結果を引き起こす特別な事情を認識している行為者による行為には危険性が認められ、その事情を認識していない行為者による行為には危険性が認められない場合があります。相手のアレルギー体質を知ってその食物を食べさせた場合が、その例です。もっとも、基礎にされるのは行為者が認識した真実の事情であり、行為者の誤信は基礎になりません。一般人ならば明らかに砂糖と分かる黒糖を毒薬と思い込んで紅茶に入れて飲ませた場合に、行為者の認識した事情を基礎として一般人を基準に判断することになるという記述は、この見解の説明として誤りです。この場合は、一般人が認識し得た「砂糖である」という事情が基礎になり、不能犯という結論になります。この見解に対しては、一般人の危険感という印象で未遂犯の処罰を決めることになるという批判が向けられます。

教室の場面。先生が教師役(札「先生」)で黒板の前に立つ。黒板の中央に大きなかごの絵と札「判断の基礎」。かごの中に二枚のカード「行為時に一般人が認識し得た事情」「行為者が特に認識した事情」。かごの外に二枚のカード「行為者の誤信」「事後に判明し

客観的危険説は、客観的な事情を基礎に事後的に判断し、修正された客観的危険説は仮定的事実が存在し得た可能性を問います

客観的危険説は、行為当時に存在したすべての客観的事情を基礎とし、事後的・科学的な見地から結果発生の危険性を判断します。古くは、結果発生がおよそ不可能な絶対的不能と、その場合にたまたま不可能であった相対的不能とに分け、前者だけを不能犯とする形で主張されました。この説を徹底すると、結果が発生しなかった原因を解明できた場合はすべて不能犯になってしまうという批判が向けられます。そこで、修正された客観的危険説は、実際に存在した事実のほかにどのような事実が存在すれば結果が発生し得たかを事後的見地から検討し、そのような事実が行為時に存在し得る可能性の程度を考慮して危険性を判断します。この判断方法は客観的危険説の側のものであり、これを具体的危険説の内容とする記述は、具体的危険説の説明として誤りです。結果が発生しなかった原因が科学的に説明できる場合には常に結果発生の危険性が否定されるという帰結も、具体的危険説からは導かれません。具体的危険説では、科学的には結果が発生し得なくても、行為時に一般人が危険を感じる場合には危険性が認められるからです。

事例ごとの結論

  • 致死量に満たない空気を静脈に注射した具体的危険説では、一般人が危険を感じるので未遂犯。客観的危険説でも、身体的条件によっては死亡の危険があったので未遂犯
  • 毒薬のラベルの付いた容器の粉を注射したが、中身はブドウ糖だった具体的危険説では、毒薬を注射する行為として危険性を判断するので未遂犯。客観的危険説では、ブドウ糖の注射として判断するが、修正された客観的危険説では、毒薬が入っていた可能性の程度を考慮する
  • 一般人ならば明らかに砂糖と分かる物を毒薬と思い込んで飲ませた具体的危険説でも客観的危険説でも不能犯
  • 警察官から奪った拳銃の引き金を引いたが、弾が入っていなかった具体的危険説では、一般人は弾が入っていると考えるので未遂犯。修正された客観的危険説でも、実弾が装てんされていることは十分にあり得たので未遂犯
  • 直前に死亡していた人を、生きていると思って攻撃した具体的危険説では、一般人も死亡を知り得なかった状況であれば未遂犯。客観的危険説を徹底すれば不能犯
研究室の場面。先生が鑑定人役(札「鑑定人」)で白衣を着て机に向かい、虫眼鏡で空の拳銃を調べている。机の上に報告書があり、見出し「結果が発生しなかった原因:弾が入っていなかった」。報告書の横に吹き出し形の札「実弾が装てんされていることは存在し

判例は、空気注射・空の拳銃・死亡直後の人への攻撃で未遂犯を認め、硫黄による殺害を不能犯としました

判例は、古くから絶対的不能と相対的不能の区別を用いてきましたが、結論においては危険性を広く認めています。最判昭和37年3月23日(不能犯)は、静脈内に注射された空気の量が致死量以下であっても、被注射者の身体的条件その他の事情の如何によっては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえないとした原判決を是認し、殺人未遂罪を認めました。福岡高判昭和28年11月10日は、警察官から奪った拳銃の引き金を引いたが弾が入っていなかった事案で、警察官が携帯する拳銃には常時弾が装てんされているべきものであることは一般社会に認められているとして、殺人未遂罪を認めました。広島高判昭和36年7月10日(死体に対する加害行為と不能犯)は、攻撃の直前に被害者が死亡していた事案で、被害者の生死は医学的にも微妙であり、一般人も当時その死亡を知り得なかったであろうとして、殺人未遂罪を認めました。岐阜地判昭和62年10月15日(都市ガス漏出による殺人未遂と不能犯)は、漏出させた天然ガスに中毒死のおそれはなくても、ガス爆発や酸素欠乏による死亡の危険があり、一般人もそのような行為を極めて危険な行為と認識しているとして、殺人未遂罪を認めました。これに対し、大判大正6年9月10日は、殺害の目的で硫黄の粉末を飲食物に混ぜて与えた事案で、硫黄で人を殺すことは絶対に不能であるとして殺人未遂罪を否定し、傷害罪の成立を認めています。

法廷の場面。先生が裁判官役(札「裁判所」)で法壇に座り、背後の壁に四枚の札が横に並ぶ。左から「空気注射:未遂犯」「空の拳銃:未遂犯」「死亡直後の人への攻撃:未遂犯」「硫黄による殺害:不能犯」。四枚目だけ札の向きが少し下がっている。傍聴席の男

だまされたふり作戦では、受け子の受領行為に危険性があるかが不能犯の問題として論じられます

被害者がうそを見破り、警察に協力して模擬紙幣の入った荷物を発送した後に、事情を知らずに受領だけを引き受けた者に詐欺未遂罪の共同正犯が成立するかという問題があります。受領行為の時点では、被害者がだまされて現金を交付する可能性はもうありません。そのため、「Aがうそを見破っている以上,被告人が関与した時点では,詐欺罪が既遂に至る可能性がなく,被告人が法益侵害の危険性を惹起したとはいえない」という批判が考えられます。これに対し、受領行為自体の危険性を不能犯の基準で判断する立場からは、一般人が認識可能であった事情及び被告人が特に認識した事情に基づいて判断し、一般人は被害者がだまされたふり作戦に協力している事実を認識できなかったとして、危険性を認めることになります。最決平成29年12月11日(だまされたふり作戦と受け子の詐欺未遂罪)は、この枠組みには触れていません。被告人が、欺罔行為と一体のものとして予定されていた受領行為に関与している以上、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、加功前の欺罔行為の点も含めて詐欺未遂罪の共同正犯の責任を負うとしました。「一般人は,Aが「だまされたふり作戦」に協力している事実を認識することが可能であったとの評価を前提としている」という肢は誤りです。判旨はそのような危険性の判断を示しておらず、仮に具体的危険説で判断するとしても、未遂を認めるには一般人が作戦を認識できなかったという評価が必要になるからです。

最判昭和37年3月23日

被注射者の身体的条件その他の事情の如何によっては死の結果発生の危険が絶対にないとはいえない

論文ではこう使う

論文では、実行に着手したが結果が発生しなかった事例で、結果が発生しなかった原因が方法や客体にあるときに論じます。まず、未遂犯の処罰根拠が結果発生の現実的な危険を生じさせた点にあることを示し、危険性の判断基準を立てます。具体的危険説に立つ場合は、行為時に一般人が認識し得た事情と行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人が結果発生の危険を感じるかを基準とします。当てはめでは、行為の場所、相手の状態、使った道具の外観など、行為時に一般人から見えた事情を拾い、行為者だけが知っていた事情があればそれも加えます。事後に判明した事情(弾が入っていなかった、直前に死亡していた)は、基礎から外すことを明示します。だまされたふり作戦の事例では、受領行為の危険性を論じたうえで、承継的共同正犯の成否と組み合わせて書きます。

試験ではこう問われる

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