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相当因果関係説と条件説とは

そうとういんがかんけいせつとじょうけんせつ

刑法 構成要件

相当因果関係説とは、条件関係があることを前提に、その行為からその結果が発生することが一般人の経験上相当といえる場合に因果関係を認める見解です。条件説とは、その行為がなければその結果は発生しなかったという条件関係があれば因果関係を認める見解です。

軽く肩を押しただけなのに、相手に外からは分からない重い心臓の病気があって亡くなってしまったとします。押さなければ亡くならなかったのは確かですが、そこまで責任を負わせてよいかは意見が分かれます。病気を知らなかった人にとっては思いもよらない結果だと考えることも、現に病気があった以上は危険な行為だったと考えることもできるからです。因果関係を決めるときに、誰の目から見えていた事情を材料にするのかが、ここでの対立点になります。

教室の場面。先生が教師役(札「先生」)で黒板の前に立つ。黒板の左に札「行為:突き飛ばす」、右に札「結果:死亡」、その間に札「被害者の隠れた心臓の異常」が点線の枠で描かれている。黒板の下に二つの眼鏡の絵が並び、左の眼鏡に札「一般人に見えた事情

条件説は条件関係があれば因果関係を認めるので、帰責の範囲が広がり過ぎると批判されます

条件説は、その行為がなかったならばその結果が発生しなかったであろうという条件関係が必要であり、それで足りるとする見解です。この見解からは、殴られてけがをした被害者が、救急車で病院へ向かう途中の交通事故で死亡した場合にも、殴らなければ救急車に乗ることもなかったので因果関係が認められます。偶然に生じた結果まで行為者に帰責することになるという批判が向けられます。条件説の側は、故意や過失という責任の要件で絞れば足りると反論しますが、殺意をもって切りつけた場合には故意があるので絞ることができません。そこで、途中に一定の事情が介在したときは因果関係が中断すると説明する論者もいますが、存在する因果関係が途中でなくなるという説明は理論的に無理があると批判されています。

相当因果関係説は、条件関係に加えて、その行為からその結果が発生することが相当であることを求めます

相当因果関係説は、条件関係があることを前提に、その行為からその結果が発生することが一般人の経験上相当といえる場合に限って因果関係を認めます。相当とは、起こり得ることであって異常でないという程度の関係をいいます。救急車の事故の例では、切りつける行為から交通事故による死亡が生じることは経験上相当といえないので、因果関係が否定され、殺人未遂罪にとどまります。この見解の中で争われるのが、相当かどうかを判断する基礎にどの事情を入れるかです。折衷説は、行為当時一般人に認識・予見可能だった事情と、行為者が特に認識・予見していた事情を基礎にします。客観説は、行為当時存在したすべての事情と、一般人に予見可能だった行為後の事情を基礎にします。

  • 条件説条件関係があれば足りる。批判は、偶然の結果まで帰責され範囲が広がり過ぎる
  • 折衷説一般人が認識・予見できた事情と、行為者が特に認識・予見していた事情を基礎にする。批判は、行為者の認識で客観的な因果関係の有無が変わる
  • 客観説行為時に存在した全事情と、一般人が予見できた行為後の事情を基礎にする。批判は、行為時の事情については条件説と変わらなくなる、行為時と行為後で扱いを変える理由がない
  • 危険の現実化(判例)行為時の全事情を基礎に、行為の危険性が結果へと現実化したかをみる。介在事情の結果への寄与も考慮する

折衷説と客観説は、被害者の隠れた疾患の事例で結論が分かれます

突き飛ばされて転倒した被害者に心臓の異常があり、心筋こうそくで死亡した事例を考えます。一般人はその異常を認識・予見できなかったが、行為者は認識・予見していた場合、条件説からは因果関係が肯定され、折衷説からも行為者が特に認識していた事情として基礎に入るので肯定され、客観説からも行為当時存在した事情として基礎に入るので肯定されます。この場合に客観説から否定されるという帰結にはなりません。一般人も行為者も認識・予見していなかった場合は、折衷説からはその異常を基礎に入れることができず、健康な人を突き飛ばしただけで死亡することは相当といえないので否定されます。行為者がその事情を認識できたにとどまるときも同じです。折衷説が基礎に入れるのは行為者が現に認識・予見していた事情であり、認識できたというだけの事情は入らないからです。したがって、この場合にいずれの見解からも肯定されるという帰結にはなりません。これに対し、客観説と、行為の危険性を行為時に存在した全ての事情を基礎として判断する危険の現実化の見解からは、被害者の疾患は行為の時に存在した事情なので基礎に入り、因果関係が肯定されます。殴打された被害者が特殊な病気で脳組織が脆弱であったために死亡した事例で、一般人も行為者も認識していなかった場合には、客観説と危険の現実化の見解からは肯定され、折衷説からは否定されるという結論になります。折衷説に対しては、同じ行為をした二人のうち、事情を知っていた者だけに因果関係が認められることになり、客観的であるべき因果関係が行為者の認識で変わるのは妥当でないという批判が向けられます。客観説に対しては、行為時の事情をすべて基礎に入れると条件説と結論が変わらず、帰責を限定する役割を果たせないという批判と、行為後の事情だけを予見可能なものに限るのは一貫しないという批判が向けられます。

黒板に表が描かれた教室の場面。先生が教師役(札「先生」)で指し棒を持つ。表の題は「被害者の隠れた疾患:一般人は認識できない」。行は二つで、上の行「行為者は認識していた」、下の行「行為者も認識していなかった」。列は三つで「条件説」「折衷説」「

行為後の介在事情は、折衷説でも客観説でも、予見可能であったかによって判断の基礎に入るかが決まります

行為の後に生じた事情については、二つの説の差は小さくなります。どちらも、一般人が予見できた事情は基礎に入れ、予見できなかった事情は基礎から除きます。違いは、一般人が予見できなくても行為者が特に予見していた事情を折衷説が基礎に入れる点だけです。殴打されて意識不明のまま路上に放置された被害者が、通り掛かった自動車にひかれて即死した事例で、その路上が自動車の通行のある場所であることを一般人が認識・予見できた場合は、行為者自身が認識できなかったとしても、条件説、折衷説、客観説のいずれからも因果関係が肯定されます。この事例でひいた運転者に過失があった場合、運転者の行為と死亡との間の因果関係は、条件説から肯定されるだけでなく、被害者が路上に倒れていることが予見可能であった以上、折衷説と客観説からも肯定され、この二つの説から否定されるという帰結にはなりません。これに対し、激しく殴打されて倒れていた被害者を、無関係の通行人が蹴って内臓破裂で死亡させ、そのことを一般人も行為者も予見できなかった事例では、客観説からも折衷説からも基礎に入らず、危険の現実化の見解からも、死因が通行人の行為によって生じているので、いずれの見解からも因果関係が否定されるという結論になります。首を刺された被害者が、治療で容体が安定した後に医師の指示に従わず安静に努めなかったために、もとの傷害に基づいて死亡した事例では、危険の現実化の見解からは、行為者の負わせた傷害が死因になっているので因果関係が肯定されます。この事例で危険の現実化の見解から否定されるという帰結にはなりません。

判例は相当因果関係説をとらず、行為の危険性が結果へと現実化したかで判断しています

相当因果関係説は長く通説でしたが、最決平成2年11月20日(大阪南港事件)を契機に、その限界が指摘されるようになりました。被告人の暴行で死因となる傷害が形成された後、第三者の暴行で死期が幾分か早められた事案です。第三者の故意の暴行は予見できないので、現実の因果の経過は相当といえず、相当因果関係説を素直に当てはめると因果関係が否定されそうです。しかし、最高裁は因果関係を肯定しました。介在事情が予見できたかどうかだけをみて、それが結果にどの程度寄与したかを考慮しない判断では、適切な結論が導けないことが明らかになったのです。現在の判例は、行為の危険性が結果へと現実化したかという基準で判断しています。夜間潜水の講習中に受講生が死亡した事案の判旨について、「【判旨】は,行為時に一般人が認識・予見が可能であった事情及び行為者が特に認識・予見していた事情を考慮して因果関係の有無を判断する」見解に立つことを示しているという肢は誤りです。最決平成4年12月17日(夜間潜水事件)は、被告人の行為がそれ自体結果を引き起こしかねない危険性を持つことと、介在した行動が被告人の行為から誘発されたものであることを理由にしており、折衷説の枠組みを用いていないからです。

夜の資材置場の場面。地面に毛布を掛けられて横たわる人の輪郭(札「被害者:既に死因となる傷害」。顔や傷は描かない)。奥に角材を持って立ち去る人影(札「第三者」)。手前に先生が裁判官役(札「裁判所」)で立ち、二枚の札を持つ。一枚目「第三者の暴行

最決平成2年11月20日(大阪南港事件)

犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができ

論文ではこう使う

論文で因果関係を論じるときは、判例に従って危険の現実化で書くのが通常であり、相当因果関係説の内部の対立を長く展開する必要はありません。規範を示す際に、行為時の事情も行為後の事情も基礎に含めて、行為の危険性が結果へと現実化したかを判断すると書けば足ります。相当因果関係説の考え方が役に立つのは、当てはめの中で介在事情の異常性を評価するときです。介在事情が行為の時点で通常予想できるものであったかという視点は、危険の現実化の判断でも一つの要素として使います。被害者に隠れた疾患があった事案では、行為時に存在した事情として当然に基礎に入ることを示し、行為者が知らなかったことは因果関係ではなく故意や結果的加重犯の成立要件の問題であると位置づけます。

試験ではこう問われる

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