因果関係(危険の現実化)とは
いんがかんけい
因果関係とは、発生した結果を行為者の行為のしわざとして帰責するために必要な、実行行為と結果との間のつながりです。判例は、条件関係があることを前提に、行為の危険性が結果へと現実化したといえるか(危険の現実化)によって判断しています。
人を殴ってけがをさせたところ、病院へ向かう途中でその人が別の交通事故に遭って亡くなったとします。殴らなければ事故にも遭わなかったとはいえますが、死亡まで殴った人のせいにするのは行き過ぎだと感じるはずです。逆に、殴られた人が必死で逃げる途中に転んで亡くなったのなら、殴った人のせいだといえそうです。結果を誰のしわざとして負わせるかは、偶然に起きた結果を除き、その行為がもともと持っていた危険が形になったといえる範囲に限る必要があります。
因果関係は、条件関係を前提に、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかで判断します
因果関係は、実行行為、結果と並ぶ構成要件の要素です。これが否定されると、結果が発生していても既遂の罪や結果的加重犯は成立せず、未遂や基本となる罪にとどまります。判例は、その行為がなければその結果は発生しなかったという条件関係があることを前提に、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかを問います。最決平成22年10月26日など、近時の判例は「危険性が現実化した」という表現をそのまま用いています。この判断では、行為の時に存在した事情も、行為の後に介在した事情も、客観的に存在したすべての事情を基礎にします。夜間潜水の講習中に受講生が死亡した事案について、「【判旨】は,被告人の行為の危険性が結果へと現実化したか否かによって,被告人の行為と結果発生との間の因果関係の有無を判断したものと理解することができる」という肢は正しいです。最決平成4年12月17日(夜間潜水事件)は、受講生のそばから離れて見失った被告人の行為は、それ自体が受講生をでき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり、指導補助者と受講生の不適切な行動は被告人の行為から誘発されたものであるとして、因果関係を認めました。
被害者に隠れた病気があった場合は、行為者が知らなくても因果関係が認められます
行為の時に被害者の身体に特殊な事情があり、それと行為が相まって結果が発生した場合、判例は一貫して因果関係を認めています。最判昭和25年3月31日(脳梅毒事件)は、顔面を蹴られた被害者が脳梅毒にかかっていたために死亡した事案で、最判昭和46年6月17日は、強盗犯人に布団で押さえられた被害者に心臓疾患があったために死亡した事案で、いずれも因果関係を認めました。最決昭和49年7月5日も、致死の原因となる暴行は死亡の唯一の原因又は直接の原因であることを要せず、被害者の身体にたまたま特別な病変があってこれと相まって死亡した場合でも因果関係が認められるとしています。「Vにその持病があることを甲が知り得なかった場合でも,甲がVを突き飛ばして路上に転倒させた行為とVの死亡との間には,因果関係がある」という肢は正しいです。「V自身が同疾患の存在を認識していない限り,甲の殴打とVの死亡の結果との間に因果関係を肯定することはできない」という肢は誤りです。行為者の認識も被害者の認識も問題になりません。暴行による血胸の治療のために医師が投与した薬剤の影響で、被害者がかねてかかっていた結核性の病巣が悪化して死亡した事例について、「同炎症に基づく心機能不全により死亡した。この場合,甲の暴行とVの死亡との間には,因果関係がない」という肢も誤りです。行為の危険性は行為の時に存在した全事情を基礎に判断するので、その被害者の身体に対する危険がそのまま現実化したといえるからです。
被害者の行為が介在しても、行為者の行為に誘発されたものや、結果への寄与が小さいものであれば、因果関係が認められます
被害者自身の行動が直接の原因となって結果が発生した場合でも、その行動が行為者の行為によって引き起こされたものであれば、因果関係は認められます。最決昭和59年7月6日(暴行被害者逃走転倒事件)は、暴行に耐えかねて逃走した被害者が転倒して頭部を打ち死亡した事案で因果関係を認めました。「逃げることに必死の余り,過って路上に転倒し,縁石に頭部を打ち付けたことによって,くも膜下出血により死亡した。この場合,甲の暴行とVの死亡との間には,因果関係がある」という肢は正しいです。最決平成15年7月16日(高速道路進入事件)は、長時間の激しい暴行を受けて逃走した被害者が高速道路に進入して自動車にひかれた事案で、被害者の行動は著しく不自然、不相当であったとはいえないとして因果関係を認めました。「Vは自ら危険な行動を行っている以上,甲及び乙による殴打,追跡とVの死亡の結果との間に因果関係を肯定することはできない」という肢は誤りです。「同マンションに面した一般道路に慌てて飛び出したところ,自動車に衝突されて死亡したという場合であれば,因果関係を否定する判断に結び付きやすいといえる」という肢も誤りです。暴行から逃れる行動として高速道路への進入よりも自然ですから、因果関係を肯定する判断に結び付きます。木刀で多数回殴打された被害者が、殺されると思って隣のマンションのベランダに飛び移ろうとして転落死した事例でも、因果関係が認められます。これに対し、平手で1回殴打しただけで、謝りながら追ってくる行為者と話をしたくなかった被害者が、あえて遮断機の下りた踏切に入って列車にひかれた事例では、被害者の行動は暴行に誘発されたものとはいえず、因果関係は認められません。被害者の行為が介在した場合のもう一つの場面が、治療中の被害者の行動です。最決平成16年2月17日は、傷害がそれ自体死亡の結果をもたらし得る身体の損傷である場合には、被害者が医師の指示に従わず安静に努めなかったために治療の効果が上がらなかったという事情が介在しても、因果関係があるとしました。「この場合でも,甲がVの頸部を包丁で刺した行為とVの死亡との間には,因果関係がある」という肢は正しいです。「治療の効果が失われたのはVの落ち度によるのであるから,Vの内臓損傷がそれ自体死亡の結果をもたらし得るものであっても,甲の刺突行為とVの死亡の結果との間の因果関係を肯定することはできない」という肢は誤りです。最決昭和63年5月11日(柔道整復師事件)も、誤った治療方法の指示に被害者が従って死亡した事案で因果関係を認めています。
第三者の行為が介在しても、行為者の行為が死因を形成していたり、その危険を含んでいたりすれば、因果関係が認められます
最決平成2年11月20日(大阪南港事件)は、被告人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、その後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、因果関係を肯定できるとしました。「乙の暴行は,既に発生していた脳出血を拡大させ,幾分か死期を早める影響を与えるものであった。この場合,甲の暴行とVの死亡との間には,因果関係がある」という肢は正しいです。木刀で殴打されて数時間後には死亡する脳出血を負った被害者を、通り掛かった第三者が蹴って死期が若干早まった事例でも、因果関係が認められます。介在した行為の結果への寄与が小さく、行為者の暴行の危険がそのまま現実化しているからです。行為者の行為が死因を直接形成していなくても、第三者の行為によって結果が発生する危険を行為自体が含んでいた場合には、因果関係が認められます。最決平成18年3月27日(トランク監禁致死事件)は、道路上に停車中の自動車のトランクに監禁された被害者が、第三者の甚だしい過失による追突で死亡した事案で、監禁行為と死亡との間の因果関係を認めました。「甲がVをトランクに監禁した行為とVの死亡との間には,因果関係がない」という肢は誤りです。判例が因果関係を否定したのは最決昭和42年10月24日(米兵ひき逃げ事件)です。自動車の屋根にはね上げられた被害者を同乗者が走行中に引きずり降ろして転落させ、死因となった傷害が衝突の際に生じたのか転落の際に生じたのかが不明であった事案で、同乗者の行為は経験上普通予想できるところではないとしました。「同乗者の行為は経験上普通に予想できるところではないから,甲の行為とVの死亡の結果との間に因果関係を肯定することはできない」という肢は正しいです。「路上に転落した際に生じたものかは不明であった。この場合,甲の衝突行為とVの死亡との間には,因果関係がある」という肢は誤りです。行為自体の危険性が結果へと現実化したかで判断する見解からも、死亡する危険のある傷害を負って入院中の被害者が、何者かの放火による火災で焼死した事例では、暴行の危険が現実化したとはいえないので、傷害致死罪は成立しないという結論になります。同じ見解から、衝突で生じた頭蓋内出血が同乗者に引きずり降ろされた衝撃で悪化して死亡したと分かっている事例では、衝突行為が死因となる傷害を形成しているので、因果関係が認められるという結論になります。
行為者自身の行為が介在した場合も、最初の行為の危険が現実化したかを同じように判断します
行為の後に行為者自身の別の行為が介在して結果が発生することがあります。大判大正12年4月30日は、殺意をもって首を絞めた被告人が、被害者が死亡したものと思って海岸の砂の上に運んで放置したところ、被害者が砂を吸い込んで死亡した事案で、首を絞めた行為と死亡との間の因果関係を認め、殺人罪の成立を肯定しました。「甲がVの首を両手で絞めた行為とVの死亡との間には,因果関係がない」という肢は誤りです。殺害行為の後に犯人が死体を隠そうとすることは異常な事態ではなく、その過程で死亡する危険は最初の行為に含まれているからです。これに対し、最決昭和53年3月22日(熊撃ち事件)は、被害者を熊と誤認して猟銃を発射し重傷を負わせた後、殺意をもって更に発射して即死させた事案で、最初の発射行為について業務上過失傷害罪、2発目について殺人罪の成立を認めました。「この場合,甲の2発目の発射行為とVの死亡との間には,因果関係がない」という肢は誤りです。先に負わせた傷が放置すれば十数分で死亡する程度のものであっても、現実に被害者を即死させたのは2発目の発射行為だからです。
介在事情があるときは、その異常性と結果への寄与の程度から、行為の危険が現実化したかを判断します
判例の結論は、次のように整理できます。行為の後に介在事情がない場合は、被害者の特殊な事情があっても、行為の危険がそのまま結果に現実化したといえます。介在事情がある場合は、まずその事情が結果にどの程度寄与したかをみます。寄与が小さければ、行為が直接に結果を生じさせたといえるので、介在事情がどれほど異常であっても因果関係が認められます。大阪南港事件がこれに当たります。寄与が大きい場合は、原則として現実化が否定されますが、行為が介在事情を誘発したか、介在事情があれば結果が生じる危険を行為が含んでいたときは、介在事情を経由して結果が発生する危険が現実化したといえるので、因果関係が認められます。高速道路進入事件、夜間潜水事件、トランク監禁致死事件がこれに当たります。行為と無関係で異常な介在事情が結果を決定づけた場合に、因果関係が否定されます。
- 被害者の特殊事情肯定。脳梅毒事件、布団で押さえた事件、結核性の病巣の事例。行為者が知らなくてもよい
- 被害者の行為の介在肯定。逃走中の転倒、高速道路進入事件、治療中に安静にしなかった事例、柔道整復師事件、夜間潜水事件。軽い暴行の後に被害者があえて踏切に入った事例は否定
- 第三者の行為の介在肯定は大阪南港事件、トランク監禁致死事件。否定は米兵ひき逃げ事件、入院中の放火による焼死の事例
- 行為者自身の行為の介在首を絞めた後に死亡したと思って放置した事案は肯定。熊撃ち事件は2発目の発射行為に殺人罪
最決平成2年11月20日(大阪南港事件)
犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができ
最決平成15年7月16日(高速道路進入事件)
その行動が、被告人らの暴行から逃れる方法として、著しく不自然、不相当であったとはいえない。
論文ではこう使う
論文では、傷害致死罪や殺人既遂罪、強盗致死傷罪の成否で、結果が発生するまでに介在事情がある事案として出題されます。まず、因果関係は条件関係を前提に、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかで判断するという規範を一文で示します。当てはめは三つの点から行います。一つ目は実行行為の危険性で、暴行の部位、回数、凶器、傷害の程度から、その行為がどのような結果を生じさせる危険を持っていたかを認定します。二つ目は介在事情の結果への寄与の程度で、死因を形成したのが実行行為なのか介在事情なのかを確定します。実行行為が死因を形成していれば、介在事情が異常であっても因果関係を認めます。三つ目は介在事情の異常性で、介在事情が死因を形成している場合に、それが実行行為によって誘発されたものか、実行行為が作り出した状況から通常生じ得るものかを検討します。被害者の逃走であれば、暴行の激しさ、恐怖の程度、逃走の経路がほかにあったかを拾います。因果関係を否定するときは、未遂や基本となる罪の成立を忘れずに示します。行為者が認識していた因果の経過と現実の経過が食い違う場合には、因果関係を認めたうえで、因果関係の錯誤として故意を検討します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。