間接正犯・離隔犯の着手時期とは
かんせつせいはんりかくはんのちゃくしゅじき
離隔犯とは、毒入りの飲食物を発送する場合のように、行為者の行為と結果の発生との間に時間的・場所的な隔たりがある犯罪です。他人を道具として利用する間接正犯とともに、行為者の行為の時と、被利用者の行為や到達の時のどちらに実行の着手を認めるかが問題になります。
毒を入れたワインを宅配便で相手に送った場合、行為者がすることは窓口で配達を申し込んだ時点で終わっています。しかし、相手の命に危険が迫るのは、ワインが届いて相手が飲める状態になってからです。配達の途中で瓶が割れて廃棄された場合に殺人未遂になるかが問題になります。行為者がなすべきことを終えた時と、危険が差し迫った時のどちらを実行の着手とみるかで、結論が分かれます。
離隔犯と間接正犯では、行為者の行為と結果発生の危険との間に隔たりがあります
通常の犯罪では、行為者が実行行為を始めた時に結果発生の危険も差し迫るので、着手時期は一つに決まります。ところが、毒入りの飲食物を発送する離隔犯では、発送の時から到達の時までに時間的・場所的な隔たりがあります。事情を知らない他人や責任無能力者を道具として利用する間接正犯でも、利用者が働きかけた時と、被利用者が実際に行為をする時との間に隔たりがあります。そこで、利用者の行為の時に着手を認める見解(利用者標準説。離隔犯では発送時説)と、被利用者の行為の時に着手を認める見解(被利用者標準説。離隔犯では到達時説)が対立します。自ら飲酒して責任能力のない自分を利用する原因において自由な行為でも、同じ構造の問題が生じます。
利用者の行為の時に着手を認める見解は、行為者がなすべきことを終えた点を重視します
利用者の行為の時に着手を認める見解は、実行行為をするのは利用者であり、被利用者は道具にすぎないことを理由にします。毒入りワインの配達を申し込んだが、配達前に瓶が破損して廃棄された事例では、この見解から殺人未遂罪が成立するという結論になります。その論拠として、実行の着手は、行為者が、その犯行計画上、構成要件実現のためになすべきことを行った時点で認めることができるという考え方が挙げられます。結果発生の一定の蓋然性が生じれば未遂犯の成立を認めることができ、一般的な宅配業務の実情を前提とすれば、配達を申し込んだ時点で相手方に到着することはほぼ確実といえるという考え方も、殺人未遂罪を認める論拠になります。この見解に対しては、責任無能力者を利用する場合には、責任無能力者に規範意識の障害がないというだけで、直ちに結果発生の切迫した危険があるとはいえないという批判が向けられます。この批判は利用者の行為の時に着手を認める見解に向けられるものであり、被利用者の行為時に着手を認める見解に対する批判にはなりません。
被利用者の行為の時や到達の時に着手を認める見解は、結果発生の切迫した危険を重視します
被利用者の行為時に実行の着手を認める見解は、未遂犯が処罰されるのは結果発生の危険が差し迫ったからであると考えます。自然的に観察して結果発生に向けた直接の原因となる行為、つまり被利用者の行為を重視する考え方と矛盾しません。離隔犯において到達時に実行の着手を認める考え方とも矛盾しません。この見解では、利用者の実行行為の時と着手の時がずれるので、実行行為時と実行の着手時期が一致することを要しないとする考え方と結びつきます。着手時期を遅らせる一方で実行行為との一致を保つために、発送という先行行為に基づいて結果を防止しない不作為を実行行為と構成する見解もあります。配達前に廃棄された事例では、この見解から殺人未遂罪は成立しないという結論になります。間接正犯について被利用者の行為を基準とする考え方を同様に及ぼすこと、自ら相手方宅に届けようとした場合には届けるまで殺人未遂罪が成立しないこととの均衡を考慮すること、既遂結果発生の時間的に切迫した危険を内容とする未遂結果を43条の書かれざる構成要件要素とみることは、いずれも殺人未遂罪を否定する方向の論拠です。この見解に対しては、被利用者がいつ行為をするか、荷物がいつ届くかという、利用者にとって偶然の事情で実行の着手時期を決することになり不合理であるという批判が向けられます。
配達前に廃棄された事例の結論
- 利用者の行為の時に着手を認める見解発送・配達の申込みの時に着手。配達前に廃棄されても殺人未遂罪が成立する。論拠は、犯行計画上なすべきことを行ったこと、到着がほぼ確実で結果発生の蓋然性があること
- 被利用者の行為の時・到達の時に着手を認める見解相手方に到達して飲食し得る状態になった時に着手。配達前に廃棄されれば殺人未遂罪は成立しない。論拠は、結果発生の切迫した危険が必要であること、自ら届ける場合との均衡
判例は、毒物が相手方に到達して飲食し得る状態に置かれた時に着手を認めています
大判大正7年11月16日(毒物郵送事件)は、殺害の目的で毒物を混入した砂糖を郵送した事案で、相手方がこれを受領し、飲食することができる状態に置かれた時に殺人罪の実行の着手があるとしました。発送しただけでは着手はなく、毒物が相手方の手元に届いて初めて、生命に対する現実的な危険が生じるとみるものです。この立場によれば、荷物が届かなかった場合には殺人未遂罪は成立しません。毒入り菓子の小包の郵送を申し込んだが、宛先に実際には存在しない住所を記載したために配達されずに送り返された事例について「この場合,甲には殺人未遂罪が成立する」という肢は誤りです。発送の段階は殺人の予備にとどまり、殺人予備罪が成立し得ます。
刑法43条本文
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。
論文ではこう使う
論文では、被害者や第三者の行為を利用して結果を生じさせようとしたが、結果が発生しなかった事例で論じます。まず、行為者の行為が利用行為であること(事情を知らない配達員や被害者自身の行為を介すること)を指摘します。次に、未遂犯の処罰根拠が結果発生の現実的な危険を生じさせた点にあることから、着手時期は、利用行為の時ではなく、結果発生の現実的な危険が生じた時に認められるという基準を示します。そのうえで、毒物が相手方に到達して飲食し得る状態になったか、被利用者が結果に向けた行為を始めたかを事実から認定します。到達していなければ未遂は成立せず、予備罪の成否を検討します。行為者の計画上、発送後は障害なく結果に至るといえる事情があれば、発送の時点で危険を認める余地があることにも触れます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。