責任能力(心神喪失・心神耗弱)とは
せきにんのうりょく
責任能力とは、行為の是非善悪を弁識し、その弁識に従って行動する能力のことです。精神の障害により弁識能力又は制御能力がない状態を心神喪失、弁識能力又は制御能力が著しく減退した状態を心神耗弱といいます。
重い病気による幻覚に支配されて人を傷つけてしまった人を、「なぜやめなかったのか」と責めるのは難しいでしょう。刑罰は、悪いと分かっていて、やめることもできたのにやったことへの非難です。そのため、精神の障害のために善悪が分からない人や、分かっていても自分を止められない人には、非難を向けることができません。刑法39条は、この能力がない心神喪失者を罰せず、著しく減退した心神耗弱者は刑を減軽すると定めています。
心神喪失は、精神の障害により弁識能力又は制御能力のどちらかがない状態です
判例(大判昭和6年12月3日)は、心神喪失を、精神の障害により、事物の理非善悪を弁識する能力(弁識能力)又はその弁識に従って行動する能力(制御能力)のない状態と定義しています。二つの能力は「又は」で結ばれており、どちらか一方がなければ心神喪失です。善悪は分かっていても自分の行動を止められない人は、やめることができなかった以上、非難できないからです。「心神喪失とは,精神の障害により,行為の是非を弁識する能力及びこの弁識に従って行動する能力が欠けている場合をいう」という肢は誤りです。「及び」で結ぶと、両方を欠く場合だけが心神喪失になってしまいます。同じ理由で、「事物の是非善悪を弁識する能力又はそれに従って行動を制御する能力のいずれか一方を欠いただけでは,心神喪失とはならない」という肢も誤りです。「弁識する能力及びその弁識に従って行動を制御する能力の双方がない状態をいう」という肢も誤りです。
- 心神喪失精神の障害により、弁識能力又は制御能力がない状態。責任無能力。罰しない(39条1項)
- 心神耗弱精神の障害により、弁識能力又は制御能力が著しく減退した状態。限定責任能力。刑を必ず減軽する(39条2項)
- 完全責任能力心神喪失でも心神耗弱でもない場合。能力が減退していても、著しくなければここに入る
心神耗弱は、弁識能力又は制御能力が著しく減退した状態です
心神耗弱は、精神の障害により、弁識能力又は制御能力が著しく減退した状態です。心神喪失との違いは、能力が「ない」のか「著しく減退した」のかという程度にあります。「心神耗弱とは,精神の障害により,行為の是非を弁識する能力が欠けている若しくは著しく減退している場合,又はこの弁識に従って行動する能力が欠けている若しくは著しく減退している場合をいう」という肢は誤りです。能力が欠けている場合は、心神耗弱ではなく心神喪失に当たるからです。ここでも二つの能力は「又は」で結ばれるので、一方が著しく減退していれば、他方が保たれていても心神耗弱になります。「犯行時に事物の是非善悪を弁識する能力が著しく減退していても,行動を制御する能力が十分に保たれていれば,完全責任能力が認められることがある」という肢は誤りです。他方で、減退が「著しい」といえなければ心神耗弱には当たらず、完全責任能力が認められます。「事物の是非善悪を弁識する能力が減退した状態で罪を犯した場合であっても,心神耗弱者と認められるとは限らない」という肢は正しいです。「双方が犯行時に減退していたとしても、心神耗弱であると認められない場合がある」という肢も正しいです。
精神の障害が前提であり、飲酒による酩酊のような一時的な異常も含まれます
心神喪失も心神耗弱も、精神の障害が原因であることを前提とします。精神の障害という生物学的要素と、弁識能力・制御能力という心理学的要素の両方を基準にするので、この定義の方法は混合的方法と呼ばれます。「精神の障害がなければ,心神喪失は認められない」という肢は正しく、「精神の障害がなければ,心神喪失又は心神耗弱と認められる余地はない」という肢も正しいです。「精神に障害のない者は,心神喪失者とは認められないが,心神耗弱者と認められる場合はある」という肢は誤りです。心神耗弱も精神の障害を前提とするからです。もっとも、精神の障害は継続的な病気に限られません。「ここにいう精神の障害とは、飲酒による酩酊等、一時的な精神状態の異常も含まれる」という肢は正しいです。「アルコールによって一時的にそのような状態に陥った場合は心神喪失と認めることはできない」という肢は誤りで、「一時的な精神の障害があるにすぎない場合には心神喪失とはならない」という肢も誤りです。行為の時に能力がなければ非難できないことは、原因が一時的なものであっても変わらないからです。
心神喪失者は無罪となり、心神耗弱者は必ず刑が減軽されます
39条1項は「心神喪失者の行為は、罰しない」と定めています。責任が阻却されて犯罪が成立しないので、判決は無罪です。「犯罪の成立自体は否定されないが、その刑は免除される」という肢は誤りです。刑の免除は犯罪の成立を前提とする有罪判決の一種であり、無罪とは異なります。39条2項は「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と定めています。こちらは犯罪が成立したうえで、刑が必ず減軽されます(必要的減軽)。「犯行時に心神耗弱の状態にあったと認められれば,刑が任意的に減軽される」という肢は誤りです。「心神耗弱は,責任能力が著しく減退しているにすぎないから,その刑を減軽しないこともできる」という肢も誤りで、「心神耗弱者の行為は,情状により,その刑を減軽することができる」という肢も誤りです。「刑法第39条第2項は刑の任意的減軽を定めているから、犯行時に心神耗弱の状態にあったとしても、その刑を減軽しないことができる」という肢も誤りです。また、心神耗弱の効果は減軽だけで、免除はありません。「心神耗弱状態にあった場合は必ずその刑が減軽又は免除される」という肢は誤りです。
責任能力は行為ごとに判断され、同じ人でも行為によって結論が分かれることがあります
責任能力は、その人の一般的な属性としてではなく、問題となっている個々の行為について判断されます。そのため、精神の障害の影響が及んだ行為と及ばなかった行為とで、結論が分かれることがあります。これを部分的責任能力といいます。「ある人が同じ精神の障害の状態にありながら,ある行為については完全な責任能力が認められ,他の行為については完全な責任能力が認められないことがある」という肢は正しいです。「Aという罪に当たる行為については責任能力があるが、Bという罪に当たる別の行為については責任能力がないという事態は観念し得る」という肢も正しいです。また、責任能力は実行行為の時に存在しなければなりません(行為と責任の同時存在の原則)。裏からいえば、実行行為の時に存在すれば足り、結果が発生した時まで続いている必要はありません。「相手を包丁で突き刺した時点では行為者に責任能力が存在するが,その相手が死亡した時点では責任能力が存在しない場合,行為者に死亡の結果について刑事責任を問うことはできない」という肢は誤りです。自ら飲酒するなどして心神喪失や心神耗弱の状態を招いた場合に39条を適用するかどうかは、原因において自由な行為の問題として扱われます。
刑法39条1項
心神喪失者の行為は、罰しない。
刑法39条2項
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
論文ではこう使う
論文では、行為者が酩酊や精神疾患の状態で犯行に及んだ事例で責任能力を検討します。構成要件該当性と違法性を認めたうえで、責任の段階で、実行行為の時点に弁識能力又は制御能力がなかったか、著しく減退していたかを、問題文の事実(犯行の動機、態様、犯行前後の言動)から認定します。心神喪失であれば39条1項により犯罪は成立せず、心神耗弱であれば39条2項により刑が必ず減軽されると結論づけます。行為者が自ら飲酒や薬物の使用によってその状態を招いた事例では、ここで検討を終えず、原因において自由な行為により完全な責任を問えるかを続けて論じます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。