訴訟行為の性質と私法規定の適用(条件・意思表示の瑕疵・撤回)とは
そしょうこういのせいしつとしほうきていのてきよう
訴訟行為とは、訴えの提起・主張・証拠の申出・訴えの取下げなど、訴訟法上の効果を生じる当事者の行為のことです。手続の安定のため、訴訟行為には原則として条件を付けられず、民法の意思表示の規定もそのままは適用されませんが、訴訟内の条件は許され、刑事上罰すべき他人の行為による訴訟行為は効力を否定されます。
「先方が登記を消してくれたら、この訴えは取り下げます」と原告が言い出したら、裁判所はいつ訴訟が終わったのか分からなくなります。訴訟は裁判所と両当事者が積み重ねる手続なので、一つの行為の効力が後から揺らぐと、その上に積んだ手続がすべて不安定になります。そこで訴訟行為には、原則として条件を付けられず、民法の意思表示の規定もそのままは当てはまりません。ただし、手続の中ではっきりする条件や、相手方の利益を害さない撤回は認められます。
訴訟行為には原則として条件を付けられませんが、条件の成否が訴訟の手続の中で明らかになるものは許されます
訴訟行為に条件を付けると、その行為が効力を生じたかどうかが手続の外の事情で決まり、裁判所も相手方も次の行為の前提を確定できなくなります。そのため条件は原則として許されません。もっとも、条件の成否が同じ訴訟の審理の中で判明するもの(訴訟内の条件)であれば、手続は不安定になりません。請求の予備的併合はその代表で、主位的請求が認容されることを解除条件として予備的請求の審判を求めるものです。判例(大判昭和16年5月23日)は、裁判所は主位的請求を理由がないと判断した場合でなければ予備的請求について判断できないとしています。そのため、売買代金の支払を求め、契約が無効と判断される場合に備えて所有権に基づく目的物の返還を予備的に求めた事案で、「目的物の返還請求権の存否に先立って、売買代金の支払請求権の存否について判断しなければならない」という肢は正しいです。同じ理由で、主位的請求である売買代金請求を認容するときは解除条件が成就するので、「裁判所が売買代金請求を認容するときは,目的物返還請求を棄却する必要はない」という肢も正しいです。これに対し、物の引渡請求に執行不能の場合に備えた代償金の支払請求を併せる代償請求は、本来の給付請求が認容されることを前提とする将来給付の訴えであり、両請求は両立します(大連判昭和15年3月13日)。両立する請求は予備的併合にならず単純併合なので、「機械の引渡請求を主位的請求とし、代償金の支払請求を予備的請求としなければならない」という肢は誤りです。
訴訟の外の事実を条件とする訴えの取下げは、訴訟係属を不明確にするので許されません
訴えの取下げがあると、訴訟は初めから係属しなかったものとみなされます(262条1項)。そこに訴訟外の事実を条件として付けると、訴訟がいつ消えたのか、そもそも消えたのかが条件の成否しだいになり、裁判所はその後の手続を進められません。判例(最判昭和50年2月14日)も、このような条件付きの訴えの取下げは訴訟係属を不明確にするから許されないとしました。抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴訟で、抹消登記がされることを停止条件として訴えを取り下げた事案について、「当該抵当権設定登記の抹消登記がされることを停止条件として訴えを取り下げることは、不適法なものとして訴訟上許されない」という肢は正しいです。請求の放棄や認諾に条件を付けられないのも同じ理由によります。反対給付の履行を条件とする認諾は認諾として扱われず、この点は請求の放棄・認諾の語で扱います。
抗弁に順位を付けても裁判所は拘束されませんが、相殺の抗弁だけは他の抗弁を判断した後に判断します
被告が複数の抗弁を出すとき、「弁済が認められないなら時効を主張する」というように順位を付けることがあります。しかし抗弁についての判断は判決理由中の判断にすぎず、既判力は生じません(114条1項)。どの抗弁で請求が棄却されても、被告が受ける利益は同じです。そのため裁判所は当事者の付けた順序に拘束されず、審理しやすい抗弁から判断してかまいません。弁済の抗弁が認められることを解除条件として消滅時効の抗弁を主張した事案で、「消滅時効の抗弁の判断に先立って弁済の抗弁について判断をしなければならない」という肢は誤りです。例外は相殺の抗弁です。相殺の抗弁は、相殺をもって対抗した額について自働債権の存否の判断に既判力が生じるので(114条2項)、被告は自働債権を失う不利益を負います。そこで、他の抗弁で請求を排斥できるときは相殺の抗弁を判断せず、相殺の抗弁は最後に判断するものと扱われています。相殺の抗弁の特殊性は、訴訟上の形成権の行使の語でまとめて扱います。
民法の意思表示の規定は訴訟行為にそのまま適用されず、刑事上罰すべき他人の行為による訴訟行為は再審事由の趣旨から効力を否定されます
訴訟行為は手続の積み重ねの一部なので、錯誤や詐欺があったからといって民法の規定でいつでも効力を否定すると、それを前提に進んだ手続が崩れます。そのため判例は、訴訟行為である訴えの取下げについて、行為者の意思の瑕疵がただちにその効力を左右するものではないとしています(最判昭和46年6月25日)。ただし、詐欺や脅迫など明らかに刑事上罰すべき他人の行為によって訴えの取下げがされたときは、338条1項5号の法意に照らして取下げは無効となり、同条2項の有罪判決の確定などは要しないとしました。確定判決すら再審で覆せる事由があるなら、それより手前の訴訟行為の効力も否定できるという考え方です。自白も同じで、刑事上罰すべき行為によってされた自白は撤回できます。これに対し、錯誤による訴えの取下げも無効と認めるべきだとする見解も有力です。訴訟を終わらせる行為(訴えの取下げ・請求の放棄・認諾・訴訟上の和解)は実体法上の処分に近く、効力を否定しても訴訟が再び進むだけで手続の安定を大きく害さないからです。訴訟上の和解について判例が錯誤による無効の主張を認めているのは、この流れの中にあります。取下げ・自白・和解の具体的な扱いは、それぞれの語で扱います。
訴訟行為の撤回は原則として自由ですが、相手方に有利な地位が生じた後は撤回できません
裁判所に裁判を求める申立てや、その資料を出す主張・証拠の申出は、裁判所が判断する前であれば原則として撤回できます。しかし撤回によって相手方がすでに得た有利な地位を奪うことはできません。自己に不利益な事実の陳述は、相手方が援用して裁判上の自白が成立すると、相手方の同意などの要件がなければ撤回できなくなります。証拠の申出は、証拠調べの開始前なら自由に撤回でき、開始後終了前は証拠共通の原則によって相手方にも有利な結果を得る期待が生じているので相手方の同意が要り、終了後は撤回できません。証拠調べが終わると、裁判官はすでにその結果から心証を得ており、それを当事者の意思で消すことはできないからです。判例(最判昭和32年6月25日)は証人尋問の終了後はその申出を撤回できないとし、鑑定についても、いったん心証形成の資料に供された証拠の申出は撤回できないとしています(最判昭和58年5月26日)。したがって、「証人の尋問が終了した後においては、当該証人の尋問の申出を撤回することはできない」という肢、「証人の尋問の終了後は,その尋問の申出を撤回することができない」という肢、「証拠調べが終了した後に当該証拠の申出を撤回することはできない」という肢は、いずれも正しいです。証拠の申出と撤回の手続は、後半の証拠の語で扱います。
- 証拠調べの開始前申出をした当事者は自由に撤回できます
- 証拠調べの開始後、終了前相手方の同意があれば撤回できます
- 証拠調べの終了後相手方の同意があっても撤回できません(最判昭和32年6月25日)
民事訴訟法262条1項
訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。
民事訴訟法338条1項5号
刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
民事訴訟法114条2項
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
論文ではこう使う
論文では、訴えの取下げや自白に錯誤・詐欺・脅迫があった事例で、訴訟行為に民法の意思表示の規定を類推できるかを論じます。まず訴訟行為は手続の安定を重視するから私法規定は当然には適用されないという原則を示し、そのうえで、刑事上罰すべき他人の行為による場合は338条1項5号の法意から無効とする判例(最判昭和46年6月25日)を規範として挙げます。錯誤の事例では、訴訟を終了させる行為は効力を否定しても手続が再開するだけで手続の安定を害しにくいこと、終局判決後の取下げは再訴禁止(262条2項)で実体権を失うに等しいことを拾って、私法規定の類推の可否を論じます。瑕疵を主張する方法(期日指定の申立て)までつなげて書くと、答案の結論が具体的になります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。