訴訟上の形成権の行使と相殺の抗弁の特殊性(予備的相殺・訴訟上の相殺の再抗弁・判決後の相殺)とは
そしょうじょうのけいせいけんのこうしとそうさいのこうべんのとくしゅせい
訴訟上の相殺とは、訴訟の中で相手方の請求に対する防御として相殺の意思表示をし、その効果を主張することです。訴訟上の相殺は、受働債権の存在が認められることを前提とする予備的な抗弁で、自働債権の判断に既判力が生じるため、判断の順序・上訴・再抗弁・判決後の行使について特別な扱いを受けます。
貸金を返せと訴えられた被告が、「こちらにも貸しがあるので相殺する」と法廷で言い出すことがあります。相殺は取消しや解除と同じく、意思表示一つで法律関係を変える形成権です。ところが法廷での相殺は、訴求された債権が認められなければ意味がなく、しかも認められると自分の債権を失います。そこで訴訟上の相殺は、他の主張が通らない場合に備えた予備的な主張として扱われ、判断の順序・上訴・判決後の扱いに特別な規律がかかります。
訴訟上の相殺は、受働債権の存在が認められることを前提とする予備的な抗弁なので、他の抗弁を判断した後で最後に判断します
被告が弁済や消滅時効と並べて相殺を主張するとき、相殺は「仮に原告の債権が存在するとしても、自分の債権と相殺する」という形の主張です。そして相殺の抗弁についての判断は、判決理由中の判断であっても、相殺をもって対抗した額について自働債権の存否に既判力が生じます(114条2項)。相殺が認められれば被告は自働債権を失い、認められなければ自働債権が存在しないことが確定します。そのため、受働債権の存在が認められない場合や、弁済など他の抗弁で請求を棄却できる場合には、相殺の抗弁を判断すべきではありません。他の抗弁の判断順序は自由ですが、相殺の抗弁だけは最後に判断するものとされています。訴訟行為に条件を付けられるかという一般論は、訴訟行為の性質の語で扱います。
相殺の抗弁で請求が棄却された被告にも控訴の利益があります
請求棄却判決は被告の全面勝訴に見えますが、相殺の抗弁で棄却された場合は事情が違います。相殺に供した自働債権の判断に既判力が生じ(114条2項)、被告は自働債権を失うので、弁済や貸付けの不存在といった自働債権を失わない理由で棄却される場合と比べて不利益を受けています。そのため被告にも控訴の利益が認められます。貸付けを否認し消滅時効又は相殺を主張した事例で、「第一審裁判所がYの主張する相殺を理由にXの請求を全部棄却した場合,Yは,これを不服として控訴することができる」という肢は正しいです。弁済の主張とともに予備的に相殺を主張し、相殺を理由に棄却された事例で、「Yは,第一審判決を不服として控訴することができない」という肢は誤りです。控訴の利益の一般論と、相殺で棄却した判決に原告だけが控訴した場合の不利益変更禁止は、後半の上訴の語で扱います。
被告の訴訟上の相殺の抗弁に対し、原告が別の債権で訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは許されません
訴訟上の相殺の意思表示は、訴訟外の相殺と違い、それだけで確定的に効果を生じるものではありません。その訴訟で裁判所が相殺の判断をすることを条件として、実体法上の効果が生じます。判例(最判平成10年4月30日)は、この性質を前提に、被告の訴訟上の相殺の抗弁に対して原告がさらに別の債権で訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、仮定の上に仮定を重ねて当事者間の法律関係を不安定にし、審理を錯雑にするので不適法であるとしました。原告は、その債権について別訴を提起するか訴えを追加的に変更すれば確定的な判断を得られるので、再抗弁の形をとる必要もありません。他方で、訴訟外ですでに相殺の意思表示をしていれば相殺の効果は確定的に生じているので、それを再抗弁として主張することは妨げられません。「AがBに対する請負代金債権をもって当該貸金債権と訴訟上相殺する旨の再抗弁を主張することは許される」という肢は誤りで、「訴訟上の相殺の再抗弁を主張することは,許されない」という肢は正しいです。別訴で請求している債権を自働債権とする相殺の抗弁と重複起訴の関係は、相殺の抗弁と重複起訴の語で扱います。
訴えの取下げや却下で訴訟上の相殺が判断されなかったときは、相殺の実体法上の効果は残らないと考えるのが一般的です
訴訟上の相殺の抗弁を出した後に、訴えが取り下げられたり、訴えが却下されたり、相殺の抗弁が時機に後れたものとして却下されたり(157条1項)すると、相殺について裁判所の判断がされません。このとき実体法上の相殺の効果(両債権の対当額での消滅)が残るかについて、見解が分かれています。訴訟行為と私法行為が併存するとして効果が残るとする見解に対しては、手続上意味を失った相殺で自働債権を失うのは被告に酷だと批判されます。現在一般的なのは、私法上の相殺の意思表示は訴訟上の相殺が効力を失うときは撤回する趣旨でされていると見る見解で、相殺の効果は残らないことになります。実体法上は形成権の行使に条件を付けられないとされますが、訴訟で審理に必要な限りで行使する場合には、条件を付けることに合理性があるからです。建物買取請求権のような他の形成権を訴訟で行使するときも、時機に後れた攻撃防御方法として却下されることがあります。
判決確定後に初めて相殺の意思表示をした場合は、相殺適状が口頭弁論終結前にあっても、請求異議の訴えで債務の消滅を主張できます
相殺は、相殺適状になっただけで当然に効力を生じるのではなく、意思表示によって初めて効力を生じます。判例(最判昭和40年4月2日)は、口頭弁論終結前には相殺適状にあったにすぎず、終結後に初めて相殺の意思表示がされた場合、債務の消滅を請求異議の事由として主張することは許されるとしました。相殺権は訴求債権そのものに付着する瑕疵ではなく、行使すれば自働債権を失う犠牲を伴うので、前訴での行使を強いるのは酷だからです。確定判決についての異議の事由は口頭弁論の終結後に生じたものに限られますが(民事執行法35条2項)、意思表示が終結後なので、この制限にも触れません。「甲債権の消滅を主張することは,この判決の既判力に抵触し,許されない」という肢と、「その効果を異議の事由として主張することができない」という肢は誤りで、「その後にした相殺の意思表示による債務の消滅の効果を請求異議の事由として主張することができる」という肢と、「その後にした相殺の意思表示の効果を請求異議の事由として主張することができる」という肢は正しいです。請求異議の訴えの訴状で相殺の意思表示をした事例で、「相殺の意思表示の効果を異議の事由として認めてYの請求を認容する判決をすることは、前訴の確定判決の既判力に反し許されない」という肢も誤りです。取消権が遮断されることとの違いは、後半の基準時前の形成権の語で扱います。
- 相殺の抗弁の判断の順序受働債権の存在と他の抗弁を判断した後、最後に判断します
- 相殺の抗弁の既判力対抗した額について自働債権の存否に既判力が生じます(114条2項)
- 相殺で棄却された被告自働債権を失うので控訴の利益があります
- 訴訟上の相殺の再抗弁許されません(最判平成10年4月30日)。訴訟外の相殺の再抗弁は主張できます
- 判決確定後の相殺意思表示が口頭弁論終結後なら請求異議の事由になります(最判昭和40年4月2日)
民事訴訟法114条2項
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
民事執行法35条2項
確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。
論文ではこう使う
論文では、訴えの取下げや却下、時機後れによる却下の後に、訴訟上の相殺の私法上の効果が残るかが問われます。まず、相殺の抗弁は既判力が生じる(114条2項)ために予備的抗弁として扱われることを確認し、訴訟上の相殺の法的性質について、併存説・訴訟行為説・両性説・新併存説を対比したうえで、私法上の意思表示は訴訟上の相殺が効力を失えば撤回する趣旨と解する新併存説を採り、効果は残らないと結論づけるのが標準的な流れです。訴訟上の相殺の再抗弁が許されない理由(仮定の積み重ね・審理の錯雑・別訴や訴えの変更で足りること)や、判決確定後の相殺が遮断されない理由(相殺権は請求権に付着する瑕疵ではないこと)も、同じ性質論から説明できます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。