逮捕前置主義とは
たいほぜんちしゅぎ
逮捕前置主義とは、被疑者の勾留は逮捕に引き続いてしなければならず、勾留の理由となる被疑事実は先行する逮捕の理由とされた被疑事実と同一でなければならないという原則です(刑事訴訟法207条1項・204条・205条)。
検察官がいきなり裁判官に「この人を10日間勾留してください」と頼むことはできません。勾留の前には必ず逮捕がなければならず、しかも勾留の理由にする事実は、逮捕のときに裁判官の審査を受けた事実と同じでなければなりません。これが逮捕前置主義です。短い逮捕の段階で一度、長い勾留の段階でもう一度、裁判官の目を通すことで、身体拘束を二重に点検するためです。逮捕のときの罪名と勾留のときの罪名がずれても、同じ出来事についての評価が変わっただけなら差し支えありません。
被疑者の勾留は逮捕に引き続いてしなければならず、逮捕を経ない勾留請求はできません
刑事訴訟法は、勾留請求を受ける裁判官の権限を「前三条の規定による勾留の請求」すなわち逮捕された被疑者についての請求として定め(207条1項)、勾留の請求そのものも逮捕後の時間制限の中で行うものとしています(204条・205条)。したがって被疑者の勾留は適法な逮捕が先行していることを前提とし、逮捕を経ていない事実のみを理由に勾留を請求することはできません。見解問題で「逮捕に引き続く勾留の理由となる被疑事実は、先行する逮捕の理由とされた被疑事実と同一のものでなければならない」という見解Ⅰが示されたときは、乙に対する強盗で逮捕された被疑者について「別に判明した、甲の丙に対する強盗の被疑事実のみを理由として甲の勾留を請求することはできない」という帰結になります。被害者も行為も違う別の事実は、逮捕段階の審査を一度も受けていないからです。逮捕を先に置くのは、短い逮捕の段階と勾留の段階の二度にわたって裁判官の審査を及ぼし、身体拘束を段階的に抑えるためです。被告人の勾留には逮捕の前置は要らず、裁判所が職権で勾留します。
逮捕事実と同一性のある事実なら、罪名が変わっても勾留を請求できます
逮捕前置主義が求めるのは事実の同一性であって、罪名の同一性ではありません。逮捕は捜査の初めの段階で行うので、その後の捜査で法的な評価が変わることは当然に予定されています。逮捕の事実と勾留請求の事実との間に基本的な事実関係の同一性、つまり公訴事実の同一性の範囲内の関係があれば、同じ事実について逮捕の審査を経たといえます。傷害罪で準現行犯逮捕した後、勾留請求前に強盗目的で行われたと疑うに足りる相当な理由が生じた場合に「検察官は,強盗致傷罪で勾留を請求することが可能である」という肢は正しく、恐喝及び傷害の事実で逮捕した被疑者について「同一の事実が強盗致傷罪に当たると疑うに足りる相当な理由が生じた場合には,強盗致傷罪で勾留を請求することができる」という肢も正しいです。見解Ⅰの下でも、強盗で逮捕した事実を「恐喝に評価を改め、その逮捕に引き続き、乙に対する恐喝の被疑事実を理由として甲の勾留を請求することはできない」という帰結にはなりません。同じ出来事の評価を変えただけだからです。
逮捕した事実に逮捕していない事実を付加して勾留を請求することはでき、裁判官は両方について勾留状を発せられます
逮捕を経ていない事実のみでの勾留は許されませんが、適法に逮捕した事実に別の事実を付加して併せて勾留を請求することは認められています。付加した事実について改めて逮捕からやり直すより、被疑者の身体拘束の合計時間はむしろ短くなり、被疑者に不利益を及ぼさないからです。軽犯罪法違反の現行犯で逮捕した被疑者について「軽犯罪法違反の事実のみならず窃盗の事実も併せて甲を勾留請求することができる」という肢は正しく、窃盗罪で現行犯逮捕した被疑者について詐欺罪で逮捕しないまま併せて勾留請求した場合に「窃盗及び詐欺のいずれについても勾留の理由及び必要が認められるものと判断すれば,両罪について適法に勾留状を発することができる」という肢も正しいです。このとき勾留状の効力は両方の事実に及びます。付加した事実だけを理由に勾留を続けられるかは、事件単位の原則の語で扱います。
先行する逮捕が違法なら、勾留請求は却下されます
逮捕を前置させる趣旨は逮捕段階の審査を勾留の前提にすることにあるので、先行する逮捕に重大な違法があれば、勾留の要件があっても勾留請求は却下されます。任意同行の後に深夜まで看視付きの取調べを続けてから逮捕状を執行した事案で、裁判官は少なくとも夕食時以降の取調べを実質的に逮捕状によらない違法な逮捕と評価し、制限時間が守られていても令状主義違反の重大な瑕疵は治癒されないとして勾留請求を却下し、検察官の準抗告も棄却されました(富山地決昭和54年7月26日)。他方、実質的な逮捕の時点で緊急逮捕の理由と必要性があり、約3時間後に逮捕状による逮捕がされ、実質的な逮捕の時から48時間以内に送致されるなど勾留請求の時期に違法がない事案では、実質的逮捕の違法性の程度はその後の勾留を違法とするほど重大ではないとされました(東京高判昭和54年8月14日)。逮捕の違法は逮捕状発付の裁判への準抗告では争えず、勾留の裁判に対する準抗告の中で主張することになります。実質的な逮捕の認定は任意同行と実質的逮捕の語で扱います。
刑事訴訟法207条1項
前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
刑事訴訟法205条1項
検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
論文ではこう使う
論文では、勾留の適法性を問われたときに、60条の要件の前に、適法な逮捕が先行しているかを検討します。まず207条1項と204条・205条の構造から逮捕前置主義を導き、その趣旨を二重の司法審査と書きます。逮捕の事実と勾留請求の事実の罪名が違う事案では、公訴事実の同一性の範囲内かを基本的事実関係の共通性で判断し、同一なら勾留請求は適法とします。逮捕を経ていない事実を併せて勾留請求した事案では、被疑者の拘束時間が延びないことを理由に許容し、違法な任意同行や逮捕が先行する事案では、違法が重大なら勾留請求は却下されるべきであるという流れにつなげます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。