鑑定嘱託と鑑定処分許可状(鑑定人と鑑定受託者の対比・解剖・直接強制不可)とは
かんていしょくたくとかんていしょぶんきょかじょう
鑑定嘱託とは、検察官、検察事務官又は司法警察職員が、犯罪の捜査をするについて必要があるときに、学識経験のある者に鑑定を依頼することです(刑事訴訟法223条1項)。鑑定処分許可状とは、嘱託を受けた鑑定受託者が、人の住居への立入り、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊をするために、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により裁判官が発する許可状です(225条・168条1項)。
公園で見つかった死体の死因を知るには、医師に解剖してもらうしかありません。警察が医師に「調べてください」と頼むこと自体は、誰の権利も侵さないので令状は要りません。しかし頼まれた医師が死体にメスを入れたり、人の家に入って調べたりするのは、遺族や住居主の権利に関わる強制処分です。そこで、捜査機関が請求して裁判官が発する鑑定処分許可状が要ることにしました。裁判所が命じる鑑定人と、捜査機関が頼む鑑定受託者とでは、宣誓や辞任、拒まれたときの手段が違い、その対比が繰り返し問われます。
鑑定嘱託そのものは令状の要らない任意処分で、司法巡査を含む捜査機関ができます
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者に鑑定、通訳又は翻訳を嘱託することができます(223条1項)。主体は司法警察職員なので司法巡査もできます。嘱託は依頼であって相手に応じる義務はなく、鑑定受託者は嘱託を受けるかどうかも自由で、自らの意思で辞任することもできます。嘱託自体は誰の権利も制約しないので、裁判官の令状は要りません。司法警察員が偽造文書の筆跡と被疑者の筆跡の同一性を確認するため科学捜査研究所に筆跡の鑑定を嘱託するのに、裁判官の発する令状は不要です。令状を必要とする処分の個数を数える問題では、鑑定嘱託はいつも不要の側です。これに対し、裁判所は学識経験のある者に鑑定を命じることができ(165条)、命令は裁判なので、鑑定人は自らの意思で辞任できません。「鑑定人も鑑定受託者も,自らの意思により辞任することができる」という肢は誤りです。
鑑定受託者が住居への立入り・身体検査・死体の解剖・墳墓の発掘・物の破壊をするには鑑定処分許可状が要り、自ら請求はできません
鑑定の嘱託を受けた者は、裁判官の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅・建造物・船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができます(225条1項・168条1項)。この許可の請求は検察官、検察事務官又は司法警察員からしなければならず(225条2項)、裁判官は相当と認めるときは許可状を発します(同条3項)。これが鑑定処分許可状です。鑑定受託者自身は請求できません。「捜査機関の嘱託により鑑定を行う者が,鑑定のため人の住居に入る必要があるときは,自ら裁判官に令状を請求し,その発付を受けて,その住居に入ることができる」という肢は誤りです。「鑑定処分許可の請求」は司法警察員と検察官のいずれもができ、検察事務官もできますが、司法巡査はできません。検視をした後に死体を解剖するにも鑑定処分許可状が要り、「ZがVの死体を解剖するには,鑑定処分許可状の発付を受ける必要がある」という肢は正しいです。検視そのものでは解剖や採血はできません(検視の語)。裁判所の鑑定人も同じで、鑑定について必要がある場合に裁判所の許可を受けてこれらの処分ができ(168条1項)、許可は被告人の氏名、罪名、立ち入るべき場所、検査すべき身体、解剖すべき死体などを記載した許可状によります(168条2項)。「鑑定人は,特別の許可状なく,墳墓の発掘又は物の破壊等の処分を行うことができる」という肢と、鑑定人は「裁判所の許可を受けずに死体を解剖することができる」という肢は誤りです。
鑑定受託者は身体検査を拒まれても直接強制できず裁判官に請求もできませんが、鑑定人は裁判官に身体検査を請求できます
鑑定処分許可状について準用されるのは168条2項から4項までと6項で(225条4項)、168条6項が準用するのは131条(名誉への配慮と女子の立会い)、137条・138条(過料と罰則)、140条(検察官の意見聴取)です。直接強制を定める139条も、身体検査を拒まれた鑑定人が裁判官に身体の検査を請求できるとする172条も、鑑定受託者には準用されていません。したがって鑑定受託者は、拒む者に対して直接強制として身体検査を行うことも、裁判官に身体検査を請求することもできません。「鑑定処分許可状に基づき行う身体検査を拒否する者に対して、直接強制として身体検査を行うことができる」という肢は誤りで、「鑑定受託者は,そのような請求をなし得ない」という肢は正しいです。鑑定留置中の被疑者についても、裁判官の許可なく血液検査などの身体検査を強制的に実施することはできません。鑑定人が行う身体検査を拒まれたときは、鑑定人は裁判官にその者の身体の検査を請求でき、裁判官が検証の規定に準じて身体の検査をします(172条)。採血のように拒む者の身体に直接強制を加える必要があるときに、実務が身体検査令状を併用するのはこのためです(強制採血の語)。
鑑定人は宣誓し虚偽鑑定罪の主体になりますが、鑑定受託者は宣誓せず虚偽鑑定罪になりません。鑑定人は勾引されず、報告は書面でも口頭でもよいです
鑑定人には鑑定をする前に宣誓をさせなければなりません(166条、刑事訴訟規則128条1項)。「鑑定人には,鑑定をする前に,宣誓をさせなければならない」という肢は正しいです。虚偽鑑定罪(刑法171条)は法律により宣誓した鑑定人が虚偽の鑑定をしたときに成立するので、宣誓した鑑定人は処罰され得ますが、鑑定受託者には166条の準用がなく宣誓をしないので、虚偽の鑑定をしても虚偽鑑定罪では処罰されません。「鑑定人も,…鑑定受託者も,故意に虚偽の鑑定をしたときは,虚偽鑑定罪(刑法第171条)で処罰されることがある」という肢は誤りです。鑑定には証人尋問の章の規定が準用されますが、勾引に関する規定は除かれます(171条)。鑑定人は証人と違って代わりの者を選べるからです。「尋問を行うための召喚に当該鑑定人が応じないときは勾引することができる」という肢と、「正当な理由がなく召喚に応じないときは、その鑑定人を勾引することができる」という肢は誤りです。鑑定の経過及び結果は、鑑定書により又は口頭で報告させます(刑事訴訟規則129条1項)。「口頭で報告させる方法も認められている」という肢と「口頭で報告させることができる」という肢は正しいです。鑑定人の作成した鑑定書の証拠能力(321条4項)と、鑑定書を証人尋問なしに取り調べられるかは後半の語で扱います。被疑者・被告人の心神や身体の鑑定のために病院に留置する鑑定留置は、鑑定留置の語で扱います。
- 就任鑑定人は裁判所の命令(165条)。辞任できない/鑑定受託者は捜査機関の嘱託(223条1項)。受けるも辞任も自由
- 宣誓・虚偽鑑定罪鑑定人は宣誓し(166条)虚偽鑑定罪の主体になる/鑑定受託者は宣誓せず虚偽鑑定罪にならない
- 解剖・立入り等鑑定人は裁判所の許可状(168条)/鑑定受託者は鑑定処分許可状。請求は検察官・検察事務官・司法警察員(225条2項)
- 身体検査を拒まれたとき鑑定人は裁判官に身体検査を請求できる(172条)/鑑定受託者は請求も直接強制もできない(225条4項)
- 勾引鑑定人は勾引されない(171条)
- 報告鑑定書又は口頭(規則129条1項)
- 鑑定留置いずれも可能。鑑定受託者の鑑定では検察官等の請求で裁判官が鑑定留置状を発する(224条)
刑事訴訟法223条1項
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。
刑事訴訟法225条1項
第二百二十三条第一項の規定による鑑定の嘱託を受けた者は、裁判官の許可を受けて、第百六十八条第一項に規定する処分をすることができる。
刑事訴訟法225条2項
前項の許可の請求は、検察官、検察事務官又は司法警察員からこれをしなければならない。
刑事訴訟法168条1項
鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができる。
論文ではこう使う
論文では、採血や解剖の令状の種類を論じる前提として、嘱託と鑑定処分を分けて書きます。捜査機関が医師に依頼する鑑定嘱託は任意処分で令状不要と一言で述べ、医師が行う身体への侵襲や死体の解剖は168条1項の処分として鑑定処分許可状が要ると条文を引きます。そのうえで、鑑定受託者には139条・172条の準用がなく直接強制の手段がないことを225条4項から示し、拒む者に実力を用いるには身体検査令状を併用するという実務の筋につなげます。令状なしに嘱託だけで採血や解剖をした事案は違法として、証拠能力の検討に進みます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。