【判例】大阪南港事件(最決平2.11.20)|介在事情があっても因果関係が切れない理由
大阪南港事件(最決平2.11.20刑集44巻8号837頁)を判例に特化して解説。被告人の暴行が死因となる傷害を形成した以上、第三者の暴行で死期が早まっても因果関係は肯定される。事案の詳細、決定の判示、危険の現実化論における位置づけ、答案での書き方まで整理する。
この記事のポイント
大阪南港事件(最決平2.11.20刑集44巻8号837頁)は、被告人の暴行によって被害者の死因となる傷害が形成された以上、その後に第三者の暴行が加わって死期が早められたとしても、被告人の暴行と死亡との因果関係は肯定されるとした決定である。 ここで決定的だったのは「介在行為が異常かどうか」ではなく、死因を作ったのが誰の行為かという点であった。被告人の暴行が死因そのものを形成している以上、後から加わった暴行は死のタイミングをずらしただけであり、被告人の行為に内在していた死の危険がそのまま結果に現れたと評価できる。
この決定は、行為後の介在事情を「予見可能性」で切り分ける従来の発想から、危険の現実化という枠組みへ判例が軸足を移していく転換点として位置づけられている。 受験上は、介在事情のある事案で「行為の危険性の大きさ」と「介在事情の結果への寄与度」という二軸を立てる作法の原点として押さえておきたい。
判例の基本情報
項目 内容 事件名 大阪南港事件 裁判所 最高裁判所第三小法廷 裁判年月日 平成2年11月20日 裁判種別 決定(上告棄却) 事件番号 昭和63年(あ)第1124号 掲載 刑集44巻8号837頁 罪名 傷害致死罪(刑法205条) 論点 行為後に第三者の行為が介在した場合の因果関係判決ではなく決定である点に注意したい。答案で判例を引くときに「最判平2.11.20」と書いてしまう答案が毎年一定数あるが、正しくは「最決平2.11.20」である。上告棄却の結論自体は上告趣意に理由がないことによるものであり、因果関係に関する判断は職権で示されたものである。
事案の概要
第一暴行(飯場での暴行)
被告人は、昭和56年1月、三重県内の飯場(建設作業員の宿舎)において、被害者に対して激しい暴行を加えた。洗面器や革バンドを用いて頭部を多数回にわたって殴打するなど、暴行の態様はきわめて執拗かつ強度のものであった。
この暴行により、被害者は意識を失った状態に陥った。医学的には、この暴行を原因として被害者に内因性高血圧性橋脳出血(脳幹部にある橋の出血)が生じており、これが後に被害者の死因となる傷害であった。
被害者の放置
被告人は、意識を失った被害者を自動車で運搬し、大阪南港の資材置場まで連れて行って、そこに放置したまま立ち去った。深夜、意識のない重傷者を人気のない港湾の資材置場に置き去りにしたわけである。
第二暴行(南港での暴行)
被害者が資材置場に放置されていた間に、何者かが角材で被害者の頭部を数回殴打した。この第二暴行の実行者は、最後まで特定されなかった。被告人以外の第三者による行為であることは前提とされているが、誰が、どのような意図で殴打したのかは明らかにならないまま裁判が進行した。
被害者は、翌日、同所で死亡した状態で発見された。
事案の構造を整理する
事案の骨格は次のとおりである。
- 死因を作ったのは第一暴行(被告人の行為)である。
- 第二暴行(第三者の行為)は死因を作っていない。せいぜい死亡の時期を多少早めた可能性があるにとどまる。
- 第三者は特定されていない。したがって第三者を処罰することで結果を引き受けさせることもできない。
この構造を押さえておくと、後述の判示が「なぜその書きぶりになっているのか」が理解しやすくなる。
下級審の判断
第一審は、被告人の飯場での暴行が被害者に内因性高血圧性橋脳出血を生じさせたものであり、南港での暴行は被害者の死亡との関係で因果関係を有しないとして、被告人に傷害致死罪の成立を認めた。
控訴審もこの判断を維持し、飯場での暴行が死因の惹起に関わるものであるのに対し、南港での暴行は死期を幾分か早める影響を与えたにとどまり、死因の惹起には関わりを持たないと整理した。
つまり下級審は、いずれも「死因を作ったのは被告人である」という事実認定を出発点に置いたうえで、第三者の暴行の位置づけを死期の前倒しという限度で捉えていた。
被告人側は上告し、第三者の暴行という異常な事情が介在した以上、被告人の暴行と死亡結果との間の因果関係は否定されるべきであると争った。相当因果関係説(とりわけ折衷説)の発想を前提にすれば、深夜の資材置場で見ず知らずの第三者が角材で頭部を殴打するという事態は、行為時に一般人が予見できるものとは言いがたい。この点を突いた主張である。
争点
本決定の争点は、次の一点に集約される。
被告人の暴行によって死因となる傷害が形成された後、第三者の暴行が介在して死期が早められた場合に、被告人の暴行と死亡結果との間の因果関係は肯定されるか。
ここで注意すべきなのは、条件関係の存否は争点ではないということである。被告人の暴行がなければ被害者は橋脳出血を起こさず死亡しなかったのであるから、条件関係は問題なく認められる。争われたのは、条件関係を超えた法的因果関係(結果の帰属)のレベルであった。
また、第三者の暴行が「異常な介在事情」であること自体は、おそらく否定しがたい。したがって本件は、介在事情の異常性を認めたうえで、なお因果関係を肯定できるかという形で問題が立つ。ここが本判例の最大の勘所である。
決定の判示
最高裁は、上告を棄却したうえで、職権により因果関係について判断を示した。その中核は次のように要約できる。
犯人の暴行によって被害者の死因となった傷害が形成された場合には、その後に第三者の暴行が加えられて「死期が早められたとしても」、犯人の暴行と死亡との間の因果関係を肯定することができる。
そして、本件において傷害致死罪の成立を認めた原判断は正当であるとした。
判示の読み方――3つの着眼点
第一に、判断の軸が「死因の形成」に置かれている。 最高裁は、介在事情が異常かどうか、予見可能かどうかを正面から論じていない。代わりに、死因となった傷害を誰の行為が作ったのかを問うている。死因を作った行為者が結果を引き受ける、というシンプルな帰属基準がここに示されている。
第二に、「仮に……としても」という仮定的な言い回しが用いられている。 下級審は、南港暴行が死期を早めた影響を認定するにとどめており、最高裁もこれを積極的に認定し直したわけではない。むしろ、被告人に最も有利な前提(第三者の暴行が死期を早めた)を置いてもなお、因果関係は肯定されるという形で議論を組み立てている。判示の射程を読むときは、この仮定的構文を見落とさないことが重要である。
第三に、示された規範が「死期の短縮」という限度に条件づけられている。 逆にいえば、第三者の暴行が独自の死因を形成した場合には、この判示はそのまま妥当しない。この裏返しの理解こそが、判例の射程を答案で使いこなすための鍵になる。
なぜ因果関係が肯定されたのか
相当因果関係説では説明しづらい
伝統的な相当因果関係説、とりわけ折衷的相当因果関係説は、行為時に一般人が認識・予見しえた事情と行為者が現に認識していた事情を判断の基礎に置く。この枠組みで本件を処理しようとすると、次の壁にぶつかる。
深夜の港湾の資材置場で、見知らぬ第三者が角材で被害者の頭部を殴打する――これを行為時に一般人が予見しえたとは言いがたい。基礎事情から第三者の暴行を除外すれば、因果関係は否定される方向に傾く。しかし、それでは死因そのものを作った被告人が死亡結果について責任を負わないという、直感に反する結論になってしまう。しかも第三者は特定されていないから、誰も死亡結果を引き受けないことになる。
この座りの悪さが、いわゆる「相当因果関係説の危機」と呼ばれる問題状況である。本決定は、学説がこの危機を意識するきっかけとなった代表的な素材とされている。両説の対比は相当因果関係説と危険の現実化説の違いで詳しく扱っている。
危険の現実化という説明
これに対し、行為の有する危険が結果へと現実化したかを問う枠組みからは、本件は無理なく説明できる。
被告人の暴行は、頭部への執拗な殴打によって橋脳出血という致命的傷害を生じさせている。この時点で、被告人の行為には死亡結果を発生させる現実的な危険が明確に内在していた。しかも被告人は、意識を失った被害者を人気のない資材置場に放置しており、救命の機会を奪うことで危険をさらに高めている。
そして被害者は、まさにその橋脳出血によって死亡した。第三者の暴行は、その進行中の死のプロセスを多少加速させたにすぎず、別のルートを切り開いたわけではない。したがって、被告人の行為に内在していた危険がそのまま結果として現実化したと評価できる。
介在事情の異常性は、あくまで「行為の危険が結果に現実化したといえるか」を判断するための一要素であって、それ自体が独立の遮断事由なのではない。この整理は危険の現実化説の記事で理論的に掘り下げている。
「寄与度」という発想
本件を一般化すると、因果関係の判断は次の二軸で捉えられる。
軸 本件での評価 行為自体の危険性の大きさ きわめて高い(死因となる傷害を直接形成) 介在事情の結果への寄与度 小さい(死期を早めたにとどまり、死因を作っていない)行為の危険性が大きく、介在事情の寄与度が小さいほど、因果関係は肯定されやすい。逆に、行為の危険性が小さいのに介在事情が結果を決定づけたという場合には、因果関係は否定に傾く。大阪南港事件は、この対比の一方の極――「行為の危険性が最大、介在事情の寄与が最小」という典型例――を提供している。
なお、介在事情の異常性は、寄与度が大きい場面で初めて効いてくる。本件のように介在事情がほとんど結果に寄与していないのであれば、それがどれだけ異常であっても因果関係の判断を左右しない。ここは答案で混同されやすい。
因果関係論における本判例の意義
判断の重心を移した
本決定以前、行為後の介在事情の処理は、介在事情の異常性・予見可能性を軸に語られることが多かった。本決定は、その軸を用いずに、死因を形成したのは誰の行為かという実質的な問いで結論を導いた。この判断枠組みは、その後の一連の最高裁判例に受け継がれ、現在の「危険の現実化」という定式化へと結実していく。
「異常でも肯定される」ことを示した
本決定の価値は、介在事情が異常であっても因果関係が肯定される場合があることを実例で示した点にある。異常性一元論では処理できない場面があることが明らかになり、判断要素の多元化が進んだ。
介在事情のある判例群の中での位置
判例 介在事情 結論 決め手 最決平2.11.20(大阪南港事件) 第三者の暴行(死期を早めた) 肯定 死因は被告人の行為が形成 最決平15.7.16(高速道路進入事件) 被害者自身の高速道路への進入 肯定 暴行から逃れる行動として著しく不自然とはいえない 最決平16.2.17 被害者側の事情の介在 肯定 行為の危険性が高い 最決平18.3.27 被害者の行動の介在 肯定 行為の危険性が結果に現実化大阪南港事件は「第三者の行為が介在した類型」の基準判例であり、平15.7.16は「被害者自身の行為が介在した類型」の基準判例である。答案では、介在したのが誰の行為かを見極めてから引く判例を選びたい。個別判例の整理は因果関係の判断基準にまとめている。
判例の射程――どこまで使えるか
本決定をそのまま持ち出せる場面と、持ち出せない場面を切り分けておく。
使える場面
- 被告人の行為が死因となる傷害を形成していることが事実認定上明らかで、介在行為は死のタイミングをずらしたにすぎない場合。
- 介在者が特定されていない、あるいは介在者の行為態様が完全には解明されていない場合(本件がまさにこれである)。
そのままでは使えない場面
- 介在行為が独自の死因を形成した場合。たとえば、被告人の暴行による傷害とは無関係に、第三者の刺突により失血死したような事案では、被告人の行為に内在する危険が現実化したとは評価しにくく、因果関係は否定に傾く。この場合、被告人は傷害罪(刑法204条)にとどまる。
- 被告人の行為の危険性がそもそも低い場合。行為に死の危険が乏しければ、「その危険が現実化した」という説明が成り立たない。
- 介在したのが被害者自身の行為である場合。この類型では、当該行動が行為者の暴行から逃れるための行動として著しく不自然・不相当といえるかが問われるため、判断の力点が変わる。
なお、介在行為が独自の死因を形成した場合に被告人の暴行と第三者の暴行の関係をどう処理するか(両者に共犯関係がない以上、それぞれ別個の犯罪として処理される)は、罪数・共犯の問題として別途整理する必要がある。
答案への活かし方
検討の順序
介在事情のある事案では、次の順序を崩さない。
- 条件関係を確認する(「あれなければこれなし」)。ここは一文で足りる。
- 法的因果関係の規範を立てる(行為の危険が結果に現実化したか)。
- あてはめを、①行為自体の危険性の大きさ、②介在事情の異常性、③介在事情の結果への寄与度、の順に組み立てる。
- 結論を示す。
多くの答案は2の規範を書いた後、あてはめで「本件では危険が現実化したといえる」と書いて終わってしまう。それでは規範を使っていない。③寄与度を必ず言語化することが、大阪南港事件型の事案で差がつくポイントである。答案構成の型については刑法論文の答案構成パターンも参照されたい。
1行論証の例
(規範)
因果関係は、実行行為の有する危険が結果へと現実化したといえるかにより判断すべきであり、その判断にあたっては、行為自体の危険性の程度、介在事情の異常性、及び介在事情の結果への寄与度を総合考慮する。
(判例の引用)
判例も、犯人の暴行により被害者の死因となる傷害が形成された場合には、その後の第三者の暴行により死期が早められたとしても因果関係を肯定できるとしている(最決平2.11.20)。
(あてはめの型)
本件において、甲の暴行はVの頭部を執拗に殴打するものであり、それ自体死亡結果を生じさせる高度の危険を有していた。現にVの死因となった傷害は甲の暴行により形成されている。他方、乙の暴行は死期を幾分か早めたにとどまり、新たな死因を形成したものではないから、結果への寄与度は小さい。そうすると、乙の暴行の介在が異常なものであったとしても、甲の暴行に内在する死亡の危険がそのままVの死亡として現実化したと評価できる。よって、甲の暴行とVの死亡との間に因果関係が認められる。
短答式での押さえどころ
- 被告人の暴行が死因となる傷害を形成した場合、第三者の暴行により死期が早められても因果関係は肯定される。(○)
- 行為後に第三者の行為が介在した場合、因果関係は常に否定される。(×)
- 本件は「判決」ではなく「決定」である。(判例の表記を問う問題への備え)
- 本件で成立が認められたのは傷害致死罪(刑法205条)である。(殺人罪ではない)
よくある誤解
「第三者が特定されなかったから因果関係が肯定された」わけではない
第三者が不明であったことは事案の特徴ではあるが、それが因果関係肯定の理由ではない。理由はあくまで、被告人の暴行が死因を形成していたことにある。仮に第三者が特定され、その者が別途処罰されたとしても、被告人の因果関係の判断は変わらない。
「死期が早まっても因果関係は切れない」という命題だけを暗記しない
この命題は、被告人の行為が死因を形成しているという前提とセットになっている。前提を落として命題だけを持ち出すと、介在行為が独自の死因を作った事案にまで誤って適用してしまう。判例を引くときは、必ず前提条件から書くこと。
「介在事情が異常なら因果関係は否定」ではない
本件は、まさにその発想が通用しないことを示した判例である。異常性は判断要素の一つにすぎず、寄与度と組み合わせて評価される。異常性を単独の遮断事由として扱う答案は、本判例を読めていないと評価されうる。
関連条文
- 刑法204条(傷害)
- 刑法205条(傷害致死)
まとめ
大阪南港事件(最決平2.11.20刑集44巻8号837頁)は、被告人の暴行によって被害者の死因となる傷害が形成された以上、その後に第三者の暴行が介在して死期が早められたとしても、被告人の暴行と死亡結果との因果関係は肯定されるとした決定である。
決定が採った判断の軸は、介在事情の異常性ではなく、死因を形成したのは誰の行為かであった。介在事情が予見不可能なほど異常であっても、それが死因を作っていない以上、被告人の行為に内在していた死の危険がそのまま結果に現実化したと評価できる。この発想が、その後の判例における危険の現実化という枠組みへと展開していく。
答案では、①行為自体の危険性、②介在事情の異常性、③介在事情の結果への寄与度という三要素を立て、本件では①が極大・③が極小であるという構造を示すことが求められる。因果関係論全体の位置づけは刑法上の因果関係と因果関係の断絶を、刑法総論における他の論点との接続は刑法総論の論点マップを参照してほしい。
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