【判例】刑法上の因果関係(条件説と相当因果関係説)
刑法上の因果関係に関する主要判例を解説。条件説と相当因果関係説の対立、危険の現実化論への展開を、米兵ひき逃げ事件・大阪南港事件等を通じて分析します。
この判例のポイント
刑法上の因果関係は、行為と結果の間に条件関係があるだけでは足りず、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかどうかが判断基準となる。判例は従来「相当因果関係説」に近い立場をとってきたが、近時は「危険の現実化」という枠組みで因果関係の有無を判断する傾向にある。
事案の概要
米兵ひき逃げ事件(最決昭42.10.24)
被告人は、自動車を運転中に被害者をはねて自車の屋根に跳ね上げたが、そのまま走行を続けた。同乗していた米兵が、走行中に被害者を屋根から路上に引きずり降ろし、被害者はこの転落によって頭部を強打して死亡した。被告人のひき逃げ行為と被害者の死亡結果との間に因果関係が認められるかが争われた。
大阪南港事件(最決平2.11.20)
被告人は、被害者の頭部を角材で多数回殴打し、脳出血を発生させた。その後、被害者は意識を失ったまま大阪南港の資材置場に放置されたが、放置中に第三者(犯人不明)が被害者の頭部をさらに角材で殴打した。被害者は翌日死亡したが、死因は被告人の暴行による脳出血であった。第三者の暴行が介在した場合にも、被告人の暴行と死亡との間に因果関係が認められるかが問題となった。
高速道路侵入事件(最決平15.7.16)
被告人らが被害者に激しい暴行を加え、被害者が極度の恐怖から逃走して高速道路に進入し、走行中の自動車に衝突されて死亡した事案。被害者自身の行動および自動車の運転者の行為が介在した場合に、被告人の暴行と死亡との間に因果関係が認められるかが争点となった。
争点
- 行為と結果との間に介在事情が存在する場合、因果関係は認められるか
- 因果関係の判断基準として、いかなる理論を採用すべきか
判旨
米兵ひき逃げ事件
被害者の死因となった頭部の傷害が最初の被告人の運転行為から生じたものか、それとも米兵がひきずりおろした行為から生じたものかは確定しがたいが、いずれにしても被告人の運転行為がなければ被害者の死亡という結果は発生しなかったのであるから、被告人の行為と被害者の死亡との間には因果関係がある
― 最高裁判所第一小法廷 昭和42年10月24日 昭和42年(あ)第1443号
本決定は、米兵の行為という介在事情があっても、被告人の行為がなければ結果が発生しなかった以上、因果関係を肯定した。同乗者が被害者を引きずり降ろすことは、被告人が被害者を屋根に乗せたまま走行したことから経験上予測しうる事態であるとの評価が前提にある。
大阪南港事件
犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が若干早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる
― 最高裁判所第二小法廷 平成2年11月20日 平成2年(あ)第249号
本決定は、被告人の暴行が死因を形成していた以上、第三者の暴行によって死期が多少早められたとしても因果関係は否定されないとした。死因の形成という観点から、被告人の行為の「危険」が結果へと現実化したかを判断する枠組みが示された。
高速道路侵入事件
被害者が逃走しようとして高速道路に進入したことは、それ自体極めて危険な行為であるというほかないが、被害者をして、このような行動をとらせるほどに被告人らの暴行は激しく、執拗であったのであるから、被告人らの暴行と被害者の死亡との間には因果関係がある
― 最高裁判所第二小法廷 平成15年7月16日 平成13年(あ)第1238号
本決定は、被害者が高速道路に侵入するという異常な行動は、被告人らの激しい暴行によってもたらされたものであり、被告人の暴行の危険性が被害者の死亡結果として現実化したと評価して因果関係を肯定した。
ポイント解説
条件説と相当因果関係説の対立
因果関係の判断基準をめぐっては、伝統的に以下の学説が対立してきた。
- 条件説: 「あれなければこれなし」(conditio sine qua non)の関係があれば因果関係を認める立場。条件関係さえあれば因果関係は肯定されるため、処罰範囲が広がりすぎるとの批判がある
- 相当因果関係説: 条件関係の存在を前提として、さらに行為から結果が生じることが社会生活上の経験に照らして相当といえる場合にのみ因果関係を認める立場。ここで「相当性」の判断基底(どの事情を考慮するか)が問題となり、さらに3つの立場に分かれる
相当因果関係説の内部対立は以下のとおりである。
学説 判断基底 特徴 主観説 行為者が認識・予見していた事情 行為者の主観を重視。故意論との区別が曖昧になるとの批判 客観説 行為時に客観的に存在したすべての事情+行為後の一般的に予見可能な事情 判断基底が広く、ほぼ条件説と結論が一致するとの批判 折衷説 一般人が認識しえた事情+行為者が特に認識していた事情 通説的見解。判例もこれに近い立場とされてきた「危険の現実化」論への展開
近時の判例は、相当因果関係説の枠組みにとどまらず、行為の持つ危険性が結果へと現実化したかどうかを基準に因果関係を判断する傾向にある。
この「危険の現実化」論は、以下の2つの判断を行う。
- 直接実現型: 行為の危険性が介在事情なく直接結果に実現した場合(大阪南港事件型)。この場合、介在事情が結果を修正しても、行為の危険が結果の主たる原因であれば因果関係が肯定される
- 間接実現型: 行為の危険性が介在事情を誘発し、その介在事情を通じて結果に実現した場合(高速道路侵入事件型)。この場合、介在事情が行為の危険性に起因するものかどうかが重要となる
介在事情の類型と因果関係の判断
因果関係の有無は、介在事情の種類と性質によって異なる結論が導かれる。判例の蓄積から、以下の整理が可能である。
- 被害者の素因・行動が介在する場合: 被害者の特殊体質(脳梅毒事件)や被害者の逃走行動(高速道路侵入事件)が介在しても、行為の危険性がこれらを通じて結果に現実化したと評価できる場合は因果関係が肯定される
- 第三者の行為が介在する場合: 第三者の故意行為が介在する場合は、判断が分かれる。大阪南港事件では第三者の暴行が介在しても因果関係が肯定されたが、これは死因が被告人の暴行によって既に形成されていたからである
- 行為者自身の後行行為が介在する場合: 行為者がその後別の行為を行い、それが直接の死因となった場合(例えば最初の暴行後に被害者を遺棄した場合)は、各行為の危険性が結果にどのように寄与したかが個別に判断される
学説・議論
相当因果関係説に対する批判
相当因果関係説は長らく通説的地位を占めてきたが、以下の批判が向けられている。
- 「相当性」の判断が曖昧であり、論者によって結論が分かれやすい。判断基底の選択(主観説・客観説・折衷説)によって結論が異なる場合があり、予測可能性に欠けるとの指摘がある
- 判例が「相当因果関係」という文言を用いていない。判例は「社会通念上相当」などの表現を用いることがあるが、学説上の相当因果関係説を明示的に採用したことはなく、判例の立場を相当因果関係説に分類すること自体に疑問がある
- 「一般人の予見可能性」という基準が不明確である。折衷説は「一般人が認識しえた事情」を判断基底とするが、「一般人」の知識水準をどこに設定するかによって結論が左右される
危険の現実化論に対する評価
学説の近時の動向として、危険の現実化論を支持する見解が有力化している。
- 肯定的評価: 相当因果関係説の「相当性」判断が曖昧であったのに対し、危険の現実化論は行為の危険性と結果との結びつきに着目することで、より実質的な判断が可能になるとする。介在事情の異常性ではなく、行為の危険性の現実化という観点からの判断は、判例の具体的結論をよりよく説明できるとされる
- 批判的評価: 危険の現実化論もまた、「危険」の内容や「現実化」の意味が必ずしも明確ではなく、結局は結論の言い換えにすぎないとの批判がある。また、相当因果関係説との実質的な差異がどこにあるのかについても、見解が分かれている
客観的帰属論の影響
ドイツで展開された客観的帰属論(objektive Zurechnung)も、日本の因果関係論に影響を与えている。客観的帰属論は、行為が法的に許されない危険を創出し、その危険が構成要件的結果として実現した場合に結果を行為者に帰属させるという理論であり、危険の現実化論との親和性が指摘される一方、日本法における受容の程度については議論がある。
判例の射程
大阪南港事件の射程
大阪南港事件の「死因を形成した暴行の因果関係は、死期を早めた第三者の行為によっては否定されない」という法理は、死因の形成が被告人の行為によるものである限り適用される。ただし、第三者の行為が単に「死期を早めた」にとどまらず、独立の死因を形成した場合には、被告人の行為との因果関係は否定される可能性がある。
高速道路侵入事件の射程
高速道路侵入事件の法理は、被告人の暴行が被害者に逃走行動をとらせるほど激しいものであったことが前提となっている。被告人の行為と被害者の異常行動との間に合理的な関連性がない場合には、本判例の射程は及ばない。
因果関係論の展開と今後
判例は、個別事案における具体的判断を積み重ねる形で因果関係の法理を形成してきた。条件説から相当因果関係説へ、そして危険の現実化論へという展開は、因果関係の判断基準をより実質化させる方向にある。もっとも、判例が特定の学説を明示的に採用したことはなく、今後も個別事案の判断を通じて法理が精緻化されていくものと考えられる。
反対意見・補足意見
米兵ひき逃げ事件、大阪南港事件、高速道路侵入事件のいずれも最高裁の決定であり、個別の反対意見・補足意見は付されていない。ただし、因果関係の判断基準については、下級審段階で判断が分かれた事案も多く、裁判実務上も因果関係の認定は最も困難な法的判断の一つとされている。
試験対策での位置づけ
刑法上の因果関係は、司法試験・予備試験の刑法科目において最頻出論点の一つである。刑法総論の「構成要件該当性」の中核をなす論点であり、短答式・論文式のいずれにおいても繰り返し出題されている。
短答式試験では、条件説・相当因果関係説(主観説・客観説・折衷説)・危険の現実化論の各学説の内容と相互関係を問う出題が定番である。具体的には、各学説の判断基底の違い、各判例がどの学説と親和的であるかを問う正誤問題が頻出する。令和3年予備試験短答式では、大阪南港事件の判旨の正確な理解を前提とした出題がなされた。
論文式試験では、因果関係は事例問題の中で必ずといってよいほど検討が求められる。平成18年新司法試験刑事系第1問ではトランク監禁事件を素材とした出題がなされ、平成20年・令和2年にも因果関係の認定が問われた。論文式では、単に学説の名称を挙げるだけでは不十分であり、判例の規範を正確に摘示した上で、事実を当てはめる能力が試される。特に、介在事情の存在する事案において、行為の危険性が結果へと現実化したかどうかを具体的事実に即して論じることが求められる。
予備試験・法科大学院入試においても、因果関係は基本中の基本として位置づけられており、大阪南港事件・高速道路侵入事件・トランク監禁事件(最決平18.3.27)の3判例は必ず押さえておくべきである。
答案での使い方
基本的な論証パターン
論文試験において因果関係を論じる際は、以下の手順で答案を構成する。
第1段階: 条件関係の確認
まず、行為と結果との間に条件関係(「あれなければこれなし」の関係)が存在することを簡潔に確認する。条件関係が否定される場合はそもそも因果関係が問題とならないため、ここは簡潔に処理してよい。
第2段階: 法的因果関係(危険の現実化)の検討
条件関係が認められることを前提に、法的因果関係の有無を検討する。現在の判例の立場に即して論じる場合は、以下のような記述が基本形となる。
「本件では、甲の行為と被害者Aの死亡結果との間の因果関係が問題となる。この点、因果関係の有無は、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかにより判断すべきである(危険の現実化)。」
第3段階: 介在事情の検討
介在事情が存在する場合は、その介在事情の性質に応じて検討を進める。
直接実現型(大阪南港事件型)の場合: 「本件では、甲の暴行により被害者の死因となる傷害が既に形成されており、その後の第三者の行為は死期を若干早めたにすぎない。したがって、甲の行為の危険性が死亡結果へと直接実現したといえ、因果関係が認められる。」
間接実現型(高速道路侵入事件型)の場合: 「本件では、被害者の行動は通常予測しがたいものであるが、甲の暴行が極めて激しく執拗であったことに照らせば、被害者がかかる行動をとることも甲の暴行の危険性の範囲内にあるといえる。したがって、甲の行為の危険性が被害者の行動を介して結果へと現実化したといえ、因果関係が認められる。」
答案作成上の注意点
- 相当因果関係説で書くか、危険の現実化論で書くかを明示すること。現在の出題趣旨・採点実感では、危険の現実化論による論述が高く評価される傾向にある
- 規範と事実の対応関係を明確にすること。抽象的な規範だけを述べて「よって因果関係が認められる」とするのは、あてはめが不十分と評価される
- 介在事情がある場合は、(1)行為自体の危険性の程度、(2)介在事情の異常性の程度、(3)介在事情の結果への寄与度の3点を具体的に検討すること
- 大阪南港事件の規範を引用する場合は、「死因となった傷害が形成されていた」という事実の存在が前提であることに注意する。死因が第三者の行為によって形成された場合には、同判例の射程は及ばない
重要概念の整理
因果関係論の理解においては、各学説の対比と判例の位置づけを正確に把握することが不可欠である。以下の表で主要な学説を整理する。
因果関係の判断基準の比較
項目 条件説 相当因果関係説(折衷説) 危険の現実化論 判断基準 あれなければこれなし 社会生活上の経験に照らし相当か 行為の危険性が結果に現実化したか 判断基底 条件関係のみ 一般人が認識しえた事情+行為者が特に認識した事情 行為の危険性の内容・程度と介在事情の性質・寄与度 介在事情の扱い 条件関係があれば肯定 介在事情の予見可能性で判断 行為の危険性との関連性で判断 長所 明確・簡明 処罰範囲を限定できる 判例を統一的に説明可能 短所 処罰範囲が広すぎる 「相当性」の判断が曖昧 「危険」「現実化」の内容がなお不明確 判例との関係 初期の判例に近い 従来の通説が判例をこの立場に分類 近時の判例はこの立場を明示(日航機ニアミス事件)主要判例における介在事情と因果関係の判断
判例 介在事情 介在事情の性質 因果関係 判断の要点 米兵ひき逃げ事件 同乗者が被害者を引きずり降ろした 第三者の行為 肯定 被告人の行為がなければ結果なし 大阪南港事件 第三者が被害者の頭部を殴打 第三者の故意行為 肯定 死因は被告人の暴行により既に形成 高速道路侵入事件 被害者が高速道路に進入 被害者自身の行動 肯定 暴行の激しさが逃走行動を誘発 トランク監禁事件 第三者の追突事故 第三者の過失行為 肯定 トランク監禁自体に死傷の危険あり 日航機ニアミス事件 機長の操縦判断 第三者の行為 肯定 管制官の降下指示の危険性が現実化発展的考察
日航機ニアミス事件と危険の現実化の明示
最決平成22年10月26日(日航機ニアミス事件)は、「本件ニアミスは、言い間違いによる本件降下指示の危険性が現実化したものであり、同指示と本件ニアミスとの間には因果関係があるというべきである」と判示した。この判決は、最高裁として初めて「危険性が現実化した」という文言を判決文中で明示的に用いた点で画期的であり、因果関係の判断基準として危険の現実化論が判例上確立したことを示すものと評価されている。
トランク監禁事件と介在事情の判断
最決平成18年3月27日(トランク監禁事件)は、被害者を自動車のトランクに監禁したところ、停車中に第三者の運転する自動車が追突し、被害者が死亡した事案について、第三者の甚だしい過失行為が直接の死因であっても、トランク内に被害者を監禁した行為と死亡との間の因果関係を肯定した。本判例は、監禁行為自体が有する類型的な危険性に着目した判断であり、介在事情が第三者の重大な過失によるものであっても因果関係を肯定しうることを示した点で重要である。
過失犯における因果関係
因果関係の議論は故意犯を中心に展開されてきたが、過失犯においても同様の問題が生じる。日航機ニアミス事件は過失犯(業務上過失傷害罪)の事案であり、危険の現実化論が過失犯にも適用されることを明確にした。もっとも、過失犯においては注意義務違反と結果との間の因果関係のほか、結果回避可能性が別途問題となるため、故意犯とは異なる考慮が必要となる場合がある。
裁判員裁判への影響
裁判員制度の導入により、因果関係の判断を市民にも理解しやすい形で提示する必要性が高まっている。「危険の現実化」という枠組みは、「行為の危険が結果に現れたか」という直感的に理解しやすい判断構造を持つ点で、裁判員裁判との親和性が高いと指摘されている。
よくある質問
Q1: 条件関係と因果関係は同じものですか。
条件関係と法的因果関係は異なる概念である。条件関係は「その行為がなければ結果が発生しなかった」という事実的関係であり、因果関係の判断の前提となるものにすぎない。法的因果関係は、条件関係の存在を前提として、その行為と結果との間に刑法上の帰責を基礎づける関連性があるかを判断するものである。条件関係だけで因果関係を肯定すると処罰範囲が広がりすぎるため、法的因果関係による限定が必要とされる。
Q2: 答案では相当因果関係説と危険の現実化論のどちらで書くべきですか。
現在の司法試験では、危険の現実化論で書くことが推奨される。最決平成22年10月26日(日航機ニアミス事件)以降、判例が「危険の現実化」を明示的に採用したと理解されており、採点実感においても危険の現実化論に立った論述が高く評価される傾向にある。もっとも、相当因果関係説で論じても直ちに減点されるわけではなく、論理的に一貫した論述がなされていれば評価される。
Q3: 大阪南港事件で、第三者の暴行が独立の死因を形成していた場合はどうなりますか。
大阪南港事件の法理は、被告人の暴行が死因を形成し、第三者の暴行は死期を早めたにすぎない場合に適用される。仮に第三者の暴行が被告人の暴行とは独立した新たな死因を形成し、その死因によって被害者が死亡した場合には、被告人の暴行と死亡結果との間の因果関係は否定される可能性が高い。この場合、被告人には傷害罪が成立するにとどまり、傷害致死罪は成立しないことになる。
Q4: 被害者の特殊事情(持病など)が結果に寄与した場合、因果関係はどう判断されますか。
被害者に特殊な体質や持病がある場合であっても、行為の危険性が結果に現実化したと評価できる限り、因果関係は肯定される。判例は、被害者が脳梅毒に罹患しておりわずかな暴行でも死亡しうる状態であった事案(大判大正12年4月30日)においても、暴行と死亡との間の因果関係を肯定している。被害者の素因は、行為者が認識していなくても因果関係の判断を左右しないとするのが判例の立場である。
Q5: 不作為犯でも因果関係は問題になりますか。
不作為犯においても因果関係は問題となる。不作為の場合、「期待された作為を行っていれば結果が回避できたか」という形で条件関係が判断される(仮定的条件関係)。もっとも、不作為の場合は「作為をしていれば確実に結果を回避できた」といえる場合は多くないため、合理的な疑いを超えた程度の蓋然性をもって結果回避可能性が認められればよいとする見解が有力である。
既存セクションの拡充についての補足
ポイント解説の補足: 危険の現実化論の具体的判断枠組み
危険の現実化論による因果関係の判断は、以下の枠組みで行われる。
判断段階 検討内容 具体例 第1段階 行為自体の危険性の有無・程度 角材で頭部を多数回殴打する行為は、生命に対する高度の危険性を有する 第2段階 介在事情の有無・性質 第三者の暴行、被害者自身の行動、自然現象等 第3段階 介在事情の異常性の程度 被告人の行為から通常予想される範囲内か 第4段階 結果に対する寄与度の比較 行為の危険性と介在事情のいずれが結果をもたらしたか学説・議論の補足: 因果関係の判断における疫学的証明
近時、公害犯罪や薬害事件において、疫学的因果関係が刑法上の因果関係の認定に用いられるかが議論されている。疫学的因果関係とは、統計的手法により特定の因子と結果との間の関連性を証明するものであるが、刑法上の因果関係は個別的・具体的な行為と結果との結びつきを問題とするものであり、疫学的証明のみで刑法上の因果関係を肯定できるかについては見解が分かれている。判例は、熊本水俣病事件において疫学的因果関係を一つの証拠として用いつつも、他の証拠と総合して因果関係を認定する立場をとっている。
関連条文
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
― 刑法 第199条
人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
― 刑法 第204条
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。
― 刑法 第205条
関連判例
- 不作為犯の判例 - 不真正不作為犯における因果関係の問題
- 正当防衛の成立要件の判例 - 構成要件該当性と違法性阻却の関係
まとめ
刑法上の因果関係をめぐる判例は、条件説と相当因果関係説の対立を経て、近時は「危険の現実化」論による判断が主流となりつつある。大阪南港事件は死因の形成に着目した判断を、高速道路侵入事件は行為の危険性の結果への現実化に着目した判断を示し、因果関係論の到達点を画している。もっとも、判例は特定の学説を明示的に採用しておらず、個別事案の具体的判断の蓄積によって法理が形成されている点に特徴がある。