【判例】因果関係の断絶・大阪南港事件(最決平2.11.20)
因果関係の断絶に関する大阪南港事件(最決平2.11.20)を解説。第三者の行為が介在した場合の因果関係の判断基準、相当因果関係説と危険の現実化説の対比を詳しく分析します。
この判例のポイント
被告人の暴行により被害者が瀕死の重傷を負い、その後第三者の暴行が加わって被害者が死亡した場合において、被告人の暴行が被害者の死因となった傷害を生じさせたものであるときは、第三者の暴行により死期が若干早まったとしても、被告人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係は否定されないとした判例。第三者の行為が介在した場合の因果関係の判断基準を示した極めて重要な判例(大阪南港事件)である。
事案の概要
被告人は、被害者に対し激しい暴行を加え、被害者に内因性高血圧性橋脳出血等の致命的な傷害を負わせた。被告人は被害者を大阪南港の資材置場に放置して立ち去った。
その後、氏名不詳の第三者が被害者の頭部に角材で暴行を加えた。被害者は翌日死亡した。
被害者の死因は、被告人の暴行による内因性高血圧性橋脳出血であったが、第三者の暴行により死期が若干早まった可能性があった。
問題は、第三者の暴行が介在したことにより、被告人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係が断絶するかであった。
争点
- 被告人の暴行と被害者の死亡との間に因果関係が認められるか
- 第三者の暴行の介在は因果関係を断絶させるか
判旨
最高裁は、以下のように判示して被告人の上告を棄却した。
犯人の暴行により被害者の死因となつた傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によつて死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定することができる
― 最高裁判所第一小法廷 平成2年11月20日 平成2年(あ)第176号
すなわち、最高裁は以下の判断を示した。
- 被告人の暴行が死因となった傷害を形成した(死因の形成)
- 第三者の暴行は死期を早めたにすぎない
- したがって、被告人の暴行と死亡との因果関係は肯定される
ポイント解説
因果関係の判断基準
刑法上の因果関係の判断基準については、学説上複数の見解がある。本判決は、具体的にどの説を採用したかを明示していないが、以下の学説との関連で分析される。
条件説: 行為がなければ結果が発生しなかった場合に因果関係を認める(あれなければこれなし)。条件説によれば、被告人の暴行がなければ死亡しなかったのであるから因果関係は肯定される。
相当因果関係説: 行為から結果が発生することが社会通念上相当と認められる場合に因果関係を認める。第三者の暴行の介在が相当かどうかが問題となる。
危険の現実化説(近時の有力説): 行為の危険性が結果として現実化した場合に因果関係を認める。被告人の暴行による致命的傷害の危険が死亡結果として現実化したといえるかが問題となる。
本判決の位置づけ
本判決は、死因を形成したかどうかを因果関係判断の中核に据えた点に特徴がある。被告人の暴行が被害者の死因となった傷害を形成した以上、その後の事情(第三者の暴行)により死期が多少早まったとしても、因果関係は否定されないとした。
この判断は、危険の現実化説と親和的であると評価されている。すなわち、被告人の暴行により生じた致命的傷害の危険が、死亡結果として現実化したと理解できる。
因果関係の断絶と因果関係の中断
因果関係の断絶(因果関係の中断)とは、行為と結果の間に介在事情が存在し、その介在事情が結果発生の原因となった場合に、先行行為と結果の因果関係が否定されることをいう。
本判決では、第三者の暴行は死期を早めたにすぎず、死因を変更するものではなかったため、因果関係の断絶は否定された。これに対し、第三者の暴行が独自の死因を形成し、被告人の暴行による傷害とは無関係に死亡した場合には、因果関係の断絶が認められる可能性がある。
「死期が早まった」場合の評価
本判決が示した「死期が若干早められたとしても因果関係は否定されない」との判示は、以下の意味を持つ。
- 被告人の暴行による傷害がそれ自体として致命的であった
- 第三者の暴行は死亡時期を若干前倒ししたにすぎない
- 死因の同一性が維持されている限り、因果関係は肯定される
学説・議論
相当因果関係説からの分析
相当因果関係説の立場からは、本件は以下のように分析される。
- 折衷的相当因果関係説: 行為時に一般人が認識・予見しえた事情と行為者が認識していた事情を基礎として判断する。第三者の暴行の介在は予見困難であるが、被告人の暴行自体が致命的であったことを重視すれば因果関係は肯定される。
- 客観的相当因果関係説: 行為後に判明したすべての事情を含めて判断する。この説からは第三者の暴行を考慮しても、被告人の暴行が死因を形成した以上、因果関係は肯定される。
危険の現実化説からの分析
近時有力な危険の現実化説からは、本件は以下のように分析される。
- 被告人の暴行は致命的傷害を生じさせるものであり、死亡結果を生じさせる現実的危険を有していた
- 第三者の暴行は死期を早めたにすぎず、被告人の暴行の危険が死亡結果として現実化したと評価できる
- したがって、因果関係は肯定される
介在事情の異常性
因果関係の判断において、介在事情の異常性の程度が重要な考慮要素となる。
介在事情の異常性 因果関係への影響 通常予想される介在事情 因果関係は肯定されやすい 異常な介在事情だが結果への寄与が小さい 因果関係は肯定される(本件) 異常な介在事情が独自の死因を形成 因果関係は否定される可能性行為の危険性と介在事情の寄与度
危険の現実化説を前提とした場合、因果関係の判断は以下の2つの軸で整理される。
- 行為自体の危険性の程度: 行為が結果発生の現実的危険を有していたか
- 介在事情の寄与度: 介在事情が結果発生にどの程度寄与したか
行為の危険性が高ければ、介在事情が異常であっても因果関係は肯定されやすく、行為の危険性が低ければ、介在事情の異常性により因果関係が否定されやすい。
判例の射程
被害者の行為が介在した場合
被告人の行為後に被害者自身の行為(逃走中の事故等)が介在した場合にも、本判決の法理が参照される。最決平15.7.16(高速道路事件)は、被告人の暴行から逃れるために被害者が高速道路に飛び出して事故死した事案で、因果関係を肯定した。
医療過誤が介在した場合
被告人の行為により被害者が負傷し、搬送先の病院での医療過誤により死亡した場合の因果関係も問題となる。この場合にも、被告人の行為が死因を形成したかどうかが重要な判断基準となる。
自然現象が介在した場合
被告人の行為後に自然災害等の自然現象が介在して結果が発生した場合にも、因果関係の判断が問題となる。
反対意見・補足意見
本決定には反対意見は付されていない。因果関係の判断基準について最高裁が明確な理論的立場を示したものとして、学説上高く評価されている。
試験対策での位置づけ
出題可能性
大阪南港事件は、因果関係に関する最重要判例の一つであり、出題可能性は極めて高い。
- 介在事情がある場合の因果関係の判断を問う事例問題(論文式試験の定番)
- 因果関係の理論(条件説・相当因果関係説・危険の現実化説)を問う問題
- 判例の射程に関する応用問題
- 短答式試験での因果関係の正誤問題
短答式試験での出題ポイント
- 被告人の暴行が死因を形成した場合、第三者の暴行により死期が早まっても因果関係は肯定される(○)
- 第三者の行為が介在すれば常に因果関係は否定される(×)
- 因果関係の判断にあたっては行為の危険性が結果として現実化したかを検討する(○・危険の現実化説)
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
甲の暴行と被害者Vの死亡との間に因果関係が認められるかが問題となる。
因果関係は、行為の有する危険性が結果として現実化したと評価できるかにより判断すべきである(危険の現実化説)。
判例(最決平2.11.20・大阪南港事件)は、犯人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には、仮にその後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても、犯人の暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定できるとする。
本件では、甲の暴行によりVに致命的傷害(死因となった傷害)が生じており、その後の第三者の暴行はVの死期を早めたにすぎない。甲の暴行の持つ死亡結果を生じさせる危険が、Vの死亡として現実化したと評価できる。したがって、甲の暴行とVの死亡との間の因果関係は肯定される。
重要概念の整理
因果関係に関する学説
学説 基準 本件への適用 条件説 あれなければこれなし 因果関係肯定 相当因果関係説 社会通念上の相当性 因果関係肯定(死因形成を重視) 危険の現実化説 行為の危険の結果への現実化 因果関係肯定(最も整合的)介在事情と因果関係に関する主要判例
判例 介在事情 因果関係の結論 最決平2.11.20(大阪南港事件) 第三者の暴行(死期早まる) 肯定 最決平15.7.16(高速道路事件) 被害者の高速道路への飛び出し 肯定 最決平16.2.17 被害者の不適切な行動 肯定 最決平18.3.27 被害者の行動 肯定因果関係の断絶が問題となるパターン
パターン 具体例 因果関係の帰趨 第三者の行為の介在 本件(第三者の暴行) 死因形成者の因果関係肯定 被害者の行為の介在 逃走中の事故 行為の危険性による 自然現象の介在 地震・台風等 異常性の程度による 医療過誤の介在 病院での治療ミス 行為の危険性による発展的考察
危険の現実化説の展開
大阪南港事件後の判例は、危険の現実化説を基調とした因果関係の判断を行っているとされる。最決平15.7.16、最決平16.2.17等の判例も、行為の危険性が結果として現実化したかという枠組みで理解できる。
択一的因果関係
複数の行為がそれぞれ独立に結果を発生させうる場合(択一的因果関係)の処理は、条件説では困難が生じるため、修正された条件公式や別のアプローチが必要となる。
仮定的因果経過
被告人の行為がなくても、他の原因により同一の結果が発生していたであろう場合(仮定的因果経過)に因果関係を肯定できるかは、理論上の難問である。判例は、仮定的因果経過は因果関係の判断に影響しないとする立場をとっている。
客観的帰属論との関係
ドイツ刑法学における客観的帰属論は、日本の危険の現実化説と類似の問題意識を有している。行為の創出した危険が結果に実現したかどうかを判断するという枠組みは、両者に共通する。
よくある質問
Q1: 第三者の暴行がなくても被害者は死亡していたのですか?
A1: はい。被告人の暴行により、被害者には内因性高血圧性橋脳出血等の致命的傷害が生じていました。第三者の暴行がなくても被害者は死亡していた可能性が高く、第三者の暴行は死期を早めたにすぎないとされました。
Q2: 第三者の暴行が独自の死因を形成していた場合はどうなりますか?
A2: 第三者の暴行が被告人の暴行とは別個の死因を形成し、被害者がその死因により死亡した場合には、被告人の暴行と死亡との因果関係は否定される可能性があります。この場合、被告人は傷害罪にとどまり、殺人罪(又は傷害致死罪)は成立しないことになります。
Q3: 被告人は殺人罪で処罰されたのですか?
A3: 本件では傷害致死罪が問題となっています。被告人に殺意があった場合には殺人罪、暴行・傷害の故意にとどまる場合には傷害致死罪が成立します。因果関係の肯定により、被告人の暴行による死亡結果の帰責が認められました。
Q4: 危険の現実化説とは何ですか?
A4: 危険の現実化説は、行為が結果発生の現実的危険を有しており、その危険が結果として現実化したと評価できる場合に因果関係を肯定する見解です。近時の有力説であり、大阪南港事件を含む判例の立場と最も整合的であると評価されています。
Q5: 第三者が不明の場合でも被告人は処罰されますか?
A5: はい。本件でも第三者は「氏名不詳」とされていますが、被告人の処罰に影響はありません。因果関係が肯定される限り、被告人は自己の行為の結果について刑事責任を負います。第三者については、別途特定・捜査されることになりますが、被告人の責任は第三者の特定・処罰とは独立の問題です。
関連条文
- 刑法199条(殺人)
- 刑法204条(傷害)
- 刑法205条(傷害致死)
関連判例
- 最決平15.7.16:被害者が被告人の暴行から逃走中に高速道路に飛び出して事故死した事案で因果関係を肯定
- 最決平16.2.17:被害者の行動が介在した事案
- 最決平18.3.27:介在事情と因果関係に関する判例
- 最判昭25.3.31:因果関係の基本判例
まとめ
大阪南港事件(最決平2.11.20)は、被告人の暴行により死因となった傷害が形成された場合、第三者の暴行により死期が早められたとしても因果関係は否定されないとした重要判例である。本判決は、因果関係の判断において「死因の形成」を中核的基準とし、介在事情の存在にかかわらず行為の危険性が結果として現実化したかどうかにより因果関係を判断する枠組みを示した。危険の現実化説との親和性が高く、その後の判例の発展にも大きな影響を与えている。試験対策としては、因果関係の理論(条件説・相当因果関係説・危険の現実化説)を理解し、介在事情がある場合の因果関係判断の枠組みを正確に答案に展開できるようにしておくことが不可欠である。