取締役の義務と責任|善管注意義務・忠実義務・423条責任
取締役の義務と責任を体系的に解説。善管注意義務と忠実義務の関係、経営判断原則、競業避止義務、利益相反取引、423条責任、株主代表訴訟まで司法試験対策として整理します。
この記事のポイント
取締役は、会社に対して善管注意義務(330条・民法644条)と忠実義務(355条)を負い、これらに違反した場合には423条1項に基づく任務懈怠責任を負う。 善管注意義務と忠実義務の関係は同質説と異質説が対立するが、判例(最判昭45.6.24)は同質説に立つ。経営判断原則は、経営上の判断について裁判所が事後的に介入することを抑制する法理であり、取締役の責任を判断する上で極めて重要である。本記事では、取締役の義務の内容、責任の要件、責任の免除・軽減制度、株主代表訴訟まで体系的に解説する。
取締役の義務
善管注意義務(330条・民法644条)
取締役と会社の関係は委任に関する規定に従う(330条)。したがって、取締役は委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもってその職務を行う義務(善管注意義務)を負う(民法644条)。
善管注意義務の内容は、取締役の地位・会社の規模・業種等によって異なる。
要素 善管注意義務の具体化 業務執行 法令・定款を遵守した適切な業務執行 監視義務 他の取締役の業務執行を監視する義務 内部統制構築義務 適切な内部統制システムを構築・運用する義務 情報収集義務 経営判断に必要な情報を十分に収集する義務忠実義務(355条)
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
善管注意義務と忠実義務の関係
見解 内容 同質説(判例・通説) 忠実義務は善管注意義務を敷衍し、一層明確にしたものにすぎず、別個の義務ではない 異質説 忠実義務は善管注意義務とは異なる独自の義務であり、自己の利益を図ってはならない義務最判昭45.6.24: 「忠実義務は善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるものであって、通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の、高度な義務を規定したものではない」としている。
経営判断原則
経営判断原則の意義
経営判断原則(business judgment rule)とは、取締役の経営上の判断について、一定の要件の下で裁判所が事後的な介入を控える法理である。経営判断には不確実性が伴うため、結果的に会社に損害が生じたとしても、判断の過程と内容が合理的であれば善管注意義務違反は認められない。
判例の判断枠組み
最判平22.7.15(アパマンショップ事件): 取締役の経営判断について、以下の二段階で善管注意義務違反の有無を判断する枠組みを示した。
審査の段階 内容 判断の過程 意思決定に至る情報収集・調査・検討の過程が著しく不合理でないか 判断の内容 意思決定の内容自体が著しく不合理でないか「その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではない」
経営判断原則が適用されない場合
場面 理由 法令違反 法令に違反する行為は経営判断の問題ではない 利益相反 取締役の個人的利益が絡む場合は中立的判断が期待できない 明らかに不合理な判断 著しく不合理な判断は保護に値しない競業避止義務(356条1項1号)
規制の趣旨
取締役は会社の営業秘密や顧客情報等に接する地位にあるため、会社の利益を害するおそれのある競業を制限する必要がある。
要件
要件 内容 主体 取締役 対象行為 自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をすること 手続 株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認を受ける必要(356条1項・365条1項)「会社の事業の部類に属する取引」
会社が実際に行っている事業と目的物及び市場(地域・顧客層)において競合する取引をいう。会社が将来行う予定の事業も含まれるかは争いがある。
違反の効果
効果 内容 条文 損害賠償責任 423条1項の任務懈怠責任 423条 介入権 取締役又は第三者が得た利益を損害額と推定 423条2項 取引の効力 取引自体は有効(相手方保護) ―利益相反取引(356条1項2号・3号)
規制の趣旨
取締役が会社と個人的に取引する場合(直接取引)や、取締役の利益と会社の利益が相反する取引(間接取引)について、会社の利益を保護する必要がある。
直接取引と間接取引
類型 内容 具体例 条文 直接取引 取締役が自己又は第三者のために会社と取引をすること 取締役が会社から不動産を購入 356条1項2号 間接取引 会社が取締役の債務を保証する等、取締役以外の者との間でする取引で取締役と会社の利益が相反するもの 会社が取締役の借入れの保証 356条1項3号手続
株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の承認が必要(356条1項・365条1項)。
取締役会の承認を受ける場合、当該取引について重要な事実を開示しなければならない。利害関係を有する取締役は、取締役会の決議に参加できない(369条2項)。
違反の効果
効果 内容 任務懈怠責任 利益相反取引により会社に損害が生じた場合、423条3項の特則が適用 立証責任の転換 取引をした取締役、決定に賛成した取締役は任務懈怠が推定される(423条3項) 取引の効力 承認を欠く直接取引は無効(判例)、間接取引は民法93条2項類推で相手方の悪意の場合に無効423条1項の任務懈怠責任
要件
要件 内容 ①任務懈怠 取締役としての職務上の義務に違反したこと ②会社の損害 会社に損害が生じたこと ③因果関係 任務懈怠と損害の間に因果関係があること ④帰責事由 故意又は過失(423条1項は「その任務を怠ったとき」と規定し、帰責事由を含む)「任務懈怠」の内容
任務懈怠は、以下の類型に分けられる。
類型 具体例 法令違反 法令に違反する業務執行 善管注意義務違反 経営判断の著しい不合理性 監視義務違反 他の取締役の不正行為を見過ごした 内部統制構築義務違反 内部統制システムの不備 競業避止義務違反 無承認の競業取引 利益相反取引 無承認の利益相反取引による損害責任の免除・軽減
全部免除(424条)
423条の責任は、総株主の同意がなければ免除することができない。
一部免除
方法 要件 免除後の最低責任額 条文 株主総会の特別決議 善意・無重過失 報酬の一定年数分 425条 定款の定めに基づく取締役会決議 善意・無重過失 同上 426条 責任限定契約 非業務執行取締役等に限る 定款で定めた額又は報酬の2年分のいずれか高い額 427条報酬の年数
取締役の種類 報酬の年数 代表取締役 6年分 代表取締役以外の業務執行取締役 4年分 上記以外の取締役(社外取締役等) 2年分監視義務と内部統制構築義務
監視義務
取締役は、他の取締役の業務執行を監視する義務を負う。取締役会設置会社では、取締役会が業務執行の監督機関であり(362条2項2号)、各取締役は取締役会を通じて監視義務を果たす。
最判昭48.5.22: 取締役会に上程された事項だけでなく、代表取締役の業務執行一般について監視義務を負うとした。
内部統制システム構築義務
大会社では、内部統制システム(取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制等)の整備が義務づけられている(362条4項6号・5項)。
最判平21.7.9(日本システム技術事件): 内部統制システムの構築義務について、「通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を整えていた」場合には、不正行為を防止できなかったとしても取締役に善管注意義務違反はないとした。
株主代表訴訟(847条)
制度の趣旨
会社が取締役に対する責任追及を怠る場合に、株主が会社に代わって責任追及の訴えを提起する制度である。
要件
要件 内容 条文 原告適格 6ヶ月前から引き続き株式を有する株主(非公開会社は期間制限なし) 847条1項 提訴請求 会社に対して取締役の責任追及の訴えの提起を請求 847条1項 不提訴 請求後60日以内に会社が訴えを提起しないこと 847条3項 不正な目的でないこと 株主又は第三者の不正な利益を図る目的でないこと 847条1項ただし書訴訟の構造
項目 内容 原告 株主(会社のために提訴) 被告 取締役 判決の効力 会社に対しても効力が及ぶ(民訴法115条1項2号) 訴額 算定不能として160万円とみなす(847条の4第8項)多重代表訴訟(847条の3)
最終完全親会社等の株主が、子会社の取締役に対して代表訴訟を提起する制度。2014年改正で導入された。
要件 内容 株主 最終完全親会社等の100分の1以上の議決権又は発行済株式の100分の1以上を有する株主 子会社株式の価値 最終完全親会社等の総資産額の5分の1を超える場合第三者に対する責任(429条)
429条1項
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
損害の類型
損害類型 内容 具体例 直接損害 取締役の行為により第三者が直接被った損害 虚偽の情報提供により取引した第三者の損害 間接損害 会社の損害を通じて第三者が間接的に被った損害 放漫経営により会社が倒産し債権回収不能最判昭44.11.26: 429条は、第三者保護のために法が特別に認めた法定責任であり、直接損害・間接損害の双方を含むとした。
試験対策での位置づけ
答案の基本的な流れ
- 取締役の行為を特定(競業取引、利益相反取引、経営判断の誤り等)
- 義務違反の有無を検討(善管注意義務違反→経営判断原則の適用)
- 423条1項の要件を検討(任務懈怠・損害・因果関係)
- 責任の免除・軽減の可否
- 株主代表訴訟の要件(追及手段の検討)
よくある質問(FAQ)
Q1. 経営判断原則はどの程度の保護を与えるか?
判例(最判平22.7.15)は「判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り」善管注意義務違反にならないとしており、取締役に広い裁量を認めている。もっとも、情報収集が不十分な場合や判断内容が著しく不合理な場合は保護されない。
Q2. 利益相反取引の承認を得なかった場合、取引は無効か?
直接取引については無効とするのが判例の立場である。間接取引については、民法93条2項類推により、相手方が悪意の場合に限り無効となる。
Q3. 株主代表訴訟で株主が勝訴した場合、賠償金は誰が受け取るか?
賠償金は会社が受け取る。株主代表訴訟は会社のために提起するものであり、株主個人が直接利益を得るものではない。
Q4. 429条の責任と709条の責任の関係は?
429条は法定の特別責任であり、民法709条の不法行為責任とは別個に成立する。429条では「悪意又は重大な過失」が要件であり、軽過失では責任を負わない点が709条と異なる。
Q5. 社外取締役の責任はどのように軽減されるか?
社外取締役は非業務執行取締役として、責任限定契約(427条)を締結することができる。これにより、善意・無重過失の場合の最低責任額は報酬の2年分に限定される。
まとめ
- 取締役は善管注意義務(330条・民法644条)と忠実義務(355条)を負う
- 判例は善管注意義務と忠実義務を同質と解する(最判昭45.6.24)
- 経営判断原則により、判断の過程・内容が著しく不合理でなければ責任を負わない
- 競業避止義務違反には介入権(423条2項)が認められる
- 利益相反取引では任務懈怠が推定される(423条3項)
- 423条の責任は総株主の同意(424条)又は一部免除制度で軽減可能
- 株主代表訴訟(847条)により株主が会社に代わって責任を追及できる