有価証券法の基礎――約束手形・為替手形・手形行為の法的構造
有価証券の意義と種類、約束手形の要件(手形法75条)、振出・裏書・引受の法的性質、手形行為独立の原則、善意取得について解説します。
この記事のポイント
有価証券とは、財産的価値のある私権を表章する証券であって、その権利の発生・移転・行使に証券を必要とするものをいう。手形法は約束手形と為替手形の2種類の手形を規律しており、手形行為独立の原則、善意取得(手形法16条2項)、人的抗弁の切断といった手形法固有の法理が重要である。
有価証券の意義と種類
有価証券の意義
有価証券とは、財産的価値のある私権を表章する証券であって、その権利の発生・移転・行使の全部又は一部に証券が必要とされるものをいう。
有価証券の分類
分類基準 類型 具体例 権利移転の方法 指図証券 約束手形、為替手形、小切手 記名式所持人払証券 記名式所持人払小切手 無記名証券 無記名社債、商品券 表章される権利 金銭債権証券 手形、小切手 物権的証券 船荷証券、倉庫証券 社員権証券 株券 証券の法的性質 設権証券 手形、小切手(証券の作成により権利が発生) 証拠証券 借用証書(権利の証拠にすぎない) 免責証券 預金通帳(弁済者を免責する機能)有価証券の特質
有価証券には以下の特質がある。
- 権利と証券の結合:権利の行使には証券の呈示が必要
- 流通性の向上:裏書・交付等の簡易な方法で権利を移転できる
- 善意取得:権利の外観を信頼した者が保護される
- 文言性:証券に記載された文言に従って権利内容が定まる
- 無因性:手形上の権利は原因関係から独立している
約束手形
約束手形の意義
約束手形とは、振出人が一定の金額を一定の日に受取人又はその指図人に支払うことを約束する有価証券をいう。
約束手形の必要的記載事項(手形法75条)
手形法75条は、約束手形に記載すべき事項(手形要件)を定めている。いずれかの記載を欠くと、原則として約束手形としての効力を生じない(手形法76条1項)。
要件 内容 条文 約束手形文句 証券の本文中に「約束手形」の文字を記載 75条1号 単純な支払約束 条件を付さない、一定金額の支払いの約束 75条2号 満期 支払をすべき日の表示 75条3号 支払地 支払をすべき地の表示 75条4号 受取人 手形金の支払を受ける者の名称 75条5号 振出日 手形を振り出した日付 75条6号 振出地 手形を振り出した地の表示 75条7号 振出人の署名 振出人の署名(記名捺印を含む) 75条8号記載を欠く場合の補充規定(手形法76条2項〜4項)
- 満期の記載がない場合:一覧払いの手形とみなす(76条2項)
- 振出地の記載がない場合:振出人の名称に付記した地を振出地とみなす(76条3項)
- 支払地の記載がない場合:振出地を支払地とみなす(76条4項)
為替手形
為替手形の意義
為替手形とは、振出人が支払人(名宛人)に委託して、一定の金額を受取人又はその指図人に支払わせる有価証券をいう。3者間の法律関係を前提とする点で約束手形と異なる。
為替手形の当事者
当事者 役割 振出人 支払人に支払を委託する者 支払人(名宛人) 支払を委託される者(引受けにより引受人となる) 受取人 手形金額の支払を受ける者引受け
- 引受けとは、支払人(名宛人)が為替手形上の支払義務を負担することを約する手形行為をいう
- 引受けは手形の表面に「引受」の文字と支払人の署名をもって行う(手形法25条)
- 引受けにより支払人は引受人となり、満期に手形金額を支払う義務を負う(手形法28条1項)
- 支払人が引受けを拒絶した場合、所持人は引受拒絶による遡求をすることができる(手形法43条)
手形行為
手形行為の種類
手形行為 意義 効果 振出し 手形を作成して相手方に交付する行為 手形上の権利が発生する 裏書 手形上の権利を他人に譲渡する行為 権利移転効+担保的効力+資格授与的効力 引受け 支払人が支払義務を負担する行為(為替手形のみ) 支払義務の負担 保証 手形上の債務者のために保証する行為 保証債務の負担手形行為の法的性質
手形行為の法的性質については、以下の学説が対立している。
- 契約説:手形行為は手形の交付を要する契約であるとする
- 創造説:手形の署名のみで手形債務が発生するとする
- 発行説(交付契約説):手形要件を具備した証券の作成と交付により手形債務が発生するとする(通説)
裏書の効力
裏書の3つの効力
効力 内容 条文 権利移転的効力 裏書により手形上の一切の権利が被裏書人に移転する 手形法14条1項(為替手形)・77条1項1号 担保的効力 裏書人は、被裏書人及びその後者に対して手形金額の支払を担保する 手形法15条1項 資格授与的効力(形式的資格) 裏書の連続により手形の占有者が適法な所持人と推定される 手形法16条1項裏書の連続
- 裏書の連続とは、第1の裏書の裏書人が受取人であり、第2の裏書の裏書人が第1の被裏書人であるというように、受取人から最終の被裏書人まで裏書が切れ目なくつながっていることをいう
- 裏書が連続している場合、最終の被裏書人は適法の所持人と推定される(手形法16条1項)
特殊な裏書
裏書の種類 内容 効力 白地式裏書 被裏書人欄を空白にした裏書 有効。所持人は空白を補充できる(手形法13条2項) 取立委任裏書 「取立のため」等の文言を付した裏書 権利移転効なし。代理権の授与(手形法18条) 質入裏書 「担保のため」等の文言を付した裏書 権利移転効なし。質権の設定(手形法19条) 裏書禁止裏書 「裏書禁止」の文言を付した裏書 その後の裏書による被裏書人に対しては担保的効力を負わない(手形法15条2項)手形行為独立の原則(手形法7条)
原則の内容
手形法7条は、「為替手形ニ署名ヲ為シタル者ハ手形上ノ債務ニ付他ノ署名者ノ債務ガ方式ノ欠缺其ノ他ノ事由ニ因リ無効ナル場合ト雖モ其ノ影響ヲ受ケザルコトヲ要ス」と定める(約束手形にも準用:77条2項)。
趣旨
- 手形の流通保護
- 各手形行為者の債務はそれぞれ独立に成立・存続する
- ある手形行為が無効であっても、他の手形行為の効力には影響しない
具体例
- 振出人が制限行為能力者で振出しが取り消された場合でも、裏書人の担保的効力は影響を受けない
- 偽造された署名による手形行為が無効であっても、他の署名者の手形債務は有効に存続する
善意取得(手形法16条2項)
制度の意義
手形法16条2項は、「事由ノ如何ヲ問ハズ手形ノ占有ヲ失ヒタル者アル場合ニ於テ所持人ガ前項ノ規定ニ依リ其ノ権利ヲ証明スルトキハ之ヲ返還スル義務ヲ負フコトナシ但シ所持人ガ悪意又ハ重大ナル過失ニ因リ之ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ」と定める。
要件
- 裏書の連続のある手形を取得したこと(形式的資格を有すること)
- 手形の取得が悪意又は重大な過失によるものでないこと
- 手形行為(裏書等)によって手形を取得したこと
効果
- 前所持人が無権利者であっても、善意・無重過失の取得者は手形上の権利を原始的に取得する
- 民法の善意取得(192条)に相当するが、不動産登記のような公示制度がない手形取引において流通の安全を図るための制度
人的抗弁の切断(手形法17条)
制度の意義
手形法17条は、「為替手形ニ依リ請求ヲ受ケタル者ハ振出人其ノ他所持人ノ前者ニ対スル人的関係ニ基ク抗弁ヲ以テ所持人ニ対抗スルコトヲ得ズ但シ所持人ガ其ノ債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ」と定める。
人的抗弁の意義
人的抗弁とは、特定の手形所持人に対してのみ主張できる抗弁をいう。
抗弁の種類 意義 具体例 人的抗弁 特定の所持人にのみ対抗できる 原因関係の不存在・消滅、相殺、詐欺・強迫 物的抗弁 すべての所持人に対抗できる 手形要件の欠缺、偽造、変造、時効人的抗弁の切断の要件
- 所持人が債務者を害することを知って手形を取得した場合(手形法17条ただし書:悪意の抗弁)を除き、前者に対する人的抗弁は切断される
- 「債務者を害することを知りて」とは、単に原因関係の存在を知っていただけでは足りず、積極的に債務者を害する意図をもって手形を取得したことを要する(判例)
試験対策での位置づけ
有価証券法(手形法)は、予備試験・司法試験の商法の出題範囲に含まれているが、近年は出題頻度がやや低下している。
- 約束手形の手形要件(75条)は短答式での基本知識
- 裏書の3つの効力(権利移転・担保・資格授与)を正確に述べられるようにする
- 手形行為独立の原則の趣旨と具体的な適用場面を理解する
- 善意取得の要件(悪意又は重過失がないこと)と人的抗弁の切断の区別を明確にする
- 民法の善意取得(192条)との比較が問われることがある
- 論文式では、原因関係の消滅と手形金請求の可否、融通手形の問題が出題される可能性がある
関連判例
- 最判昭46.11.16:人的抗弁の切断における「害することを知りて」の意義
- 最判昭43.12.25:手形の善意取得と重過失の判断基準
- 最判昭36.11.24:白地手形の補充権の消滅時効
- 最判昭46.6.10:融通手形の抗弁と人的抗弁の切断
まとめ
有価証券法は、権利と証券の結合という基本原理に基づき、手形取引の安全と流通性を確保する法的枠組みを提供している。約束手形の手形要件(75条)を正確に挙げられることが出発点であり、そのうえで裏書の効力・手形行為独立の原則・善意取得・人的抗弁の切断という手形法固有の法理を体系的に理解することが重要である。これらの法理は、いずれも手形の文言性・無因性・流通性という有価証券の本質から導かれるものであり、その趣旨に遡って理解することが試験対策の鍵となる。