証明責任の分配とは
しょうめいせきにんのぶんぱい
証明責任とは、ある主要事実が審理の最後まで真偽不明に終わったときに、その事実を要件とする法律効果が認められないという一方当事者の不利益をいい、どちらの当事者がこの不利益を負うかを決めることを証明責任の分配といいます。判例・実務は、実体法の規定を権利根拠規定・権利障害規定・権利消滅規定・権利阻止規定に分け、それぞれの効果を主張する者が証明責任を負うとする法律要件分類説を基本にしています。
裁判官が証拠を全部調べても、お金を返す約束があったのかなかったのか、どうしても分からないことがあります。それでも裁判所は判決を拒めないので、分からなかった事実はなかったものとして扱い、どちらかの当事者に不利益を負わせて決着をつけます。この不利益を誰に負わせるかが証明責任の分配で、勝敗を直接左右します。だからこそ、条文の構造と公平の観点から、事前に分かる基準で決めておく必要があります。
証明責任は、事実が真偽不明に終わったときに一方の当事者が受ける不利益で、職権探知主義の訴訟でも働きます
争いのある主要事実は自由心証で認定しますが、審理を尽くしても存否が分からないこと(真偽不明)があります。裁判所はその場合も判決をしなければならないので、その事実はないものとして扱い、その事実を要件とする法律効果を認めません。この不利益が証明責任(客観的証明責任)です。証明責任は審理の最後に自由心証が尽きたところで働くものなので、資料を誰が集めるかとは関係がありません。職権探知主義がとられる人事訴訟でも、裁判所が職権で資料を集めた結果なお真偽不明になることはあり、そのときは証明責任で決着します。離婚の訴えについて「当該事実が真偽不明であるという状況は生じないので,証明責任が働くことはない」という肢は誤りです。また、証明責任は主要事実について問題となり、同じ事実について両当事者がそれぞれ証明責任を負うことはありません。証明責任を負う当事者は訴訟の経過によって変わらず、心証の動きに応じて生じる立証の必要(証明の必要)とは区別されます。
権利の発生を定める規定の事実はその権利を主張する者が、発生を妨げ・消滅させ・行使を阻む規定の事実は相手方が証明します
法律要件分類説は、実体法の規定を、権利の発生を定める権利根拠規定、権利の発生を妨げる権利障害規定、発生した権利を消滅させる権利消滅規定、権利の行使を一時的に阻む権利阻止規定に分け、権利根拠規定の事実は権利を主張する者が、その他の規定の事実は相手方が証明責任を負うとします。売買代金請求なら、売買契約の締結は原告が、錯誤による取消し・弁済・期限の定めは被告が証明します。条文の文言だけで機械的に決めるのではなく、原則と例外の関係、立証の難易、証拠との距離といった公平の観点も加えて規定の性質を決めるのが現在の考え方です。最判昭和43年2月16日は、準消費貸借契約は旧債務が存在しなければ効力を生じないものの、契約の効力を主張する者が旧債務の存在を証明する必要はなく、旧債務の不存在を理由に効力を争う者がその証明責任を負うとしました。被告の陳述が否認か抗弁かを振り分ける問題は、否認と抗弁の区別の語と要件事実の語で扱います。
- 権利根拠規定権利の発生を定める規定です。例は売買契約の締結(民法555条)で、権利を主張する者が証明します
- 権利障害規定権利の発生を妨げる規定です。例は錯誤による取消しで、相手方が証明します
- 権利消滅規定発生した権利を消滅させる規定です。例は弁済・消滅時効で、相手方が証明します
- 権利阻止規定権利の行使を一時的に阻む規定です。例は期限の定め・同時履行の抗弁権で、相手方が証明します
請求原因に何を含めるかも分配の問題であり、売買代金請求に引渡しは要らず、所有権に基づく請求に登記の具備は要りません
原告が請求原因として主張し証明すべきなのは、権利の発生に必要な最小限の事実です。売買契約は諾成契約で、代金支払請求権は契約の成立によって発生するので、売主は目的物を引き渡したことまで主張する必要はありません。「Aは,Bに対し,平成11年1月5日,甲絵画を,代金200万円で売り,これを即日,Bに引き渡した。」を請求原因の要件事実とする肢は誤りです。所有権に基づく明渡請求で原告が売買による所有権取得を主張するときも、特定物の売買では契約の時に所有権が移転するので(最判昭和33年6月20日)、売買契約の締結を主張すれば足ります。登記は第三者への対抗要件であって所有権取得の要件ではないので、「当該売買契約に基づく所有権移転登記を具備したことについて主張立証責任を負う」という肢は誤りです。同じ理由で、被告が「原告は第三者に売却して所有権を失った」と主張するときも、売買契約の締結を証明すれば足り、代金が支払われたことまで証明する必要はありません。「売買代金が支払われた事実については主張立証責任を負わない」という肢は正しいです。
占有権原、債務の履行、無断転貸の背信性を否定する特段の事情は、それを主張する側が証明します
所有権に基づく明渡請求で、被告が賃借権などの占有権原を主張するときは、占有権原は原告の請求権の発生を妨げる事実なので被告が証明します。最判昭和35年3月1日も、占有権原の証明責任は占有者にあるとしました。原告が「賃貸借契約は息子が無断でしたものだ」と争っても、賃貸借の成立を証明するのは被告であり、原告が無断契約の事実を証明する必要はないので、「Xにおいて,息子がYと甲土地につき賃貸借契約を締結したことの主張立証責任を負うものではない」という肢は正しいです。賃料不払による解除では、債権者である賃貸人は賃料の支払期限の経過、催告と相当期間の経過を主張すれば足り、賃料を支払ったことは債務者である賃借人が証明します。「Xは,法定解除権の発生要件として,所定の期限までに賃料を支払わなかった事実について主張立証責任を負う」という肢は誤りです。無断転貸を理由とする解除(民法612条2項)について、判例は、転貸が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるときは解除できないとしたうえで、その特段の事情は賃借人が主張立証すべきであるとしています。「賃借人の転貸借が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があることを基礎付ける事実は,賃借人が主張立証責任を負う」という肢は正しいです。
証明責任の転換は法律で分配を変えることで、訴訟の経過によって証明責任が移ることはありません
証明責任の転換とは、法律が一般の分配を変えて、特定の場合に相手方に証明責任を負わせることです。不法行為では過失は原告が証明しますが、自動車損害賠償保障法3条は、運行供用者の側が注意を怠らなかったことを証明しない限り責任を免れないとして、証明責任を転換しています。法律上の推定も、推定される事実について相手方に反対の証明責任を負わせるので、転換と同じ働きをします(推定の語で扱います)。これに対し、最判平成4年10月29日(伊方原発訴訟)は、原子炉設置許可の判断に不合理な点があることの主張立証責任は本来原告にあるとしつつ、資料をすべて行政庁側が持っていることから、まず行政庁の側で判断に不合理な点がないことを相当の根拠と資料に基づいて主張立証する必要があり、それを尽くさないときは不合理な点があることが事実上推認されるとしました。これは証明責任そのものを移したのではなく、証明責任を負わない側に主張立証の必要を課したものです。なお、主張責任と証明責任は同じ当事者に帰属すると考えるのが実務です。
論文ではこう使う
証明責任の分配が問題になる事例では、まず証明責任の意義(真偽不明の場合の不利益)を示し、法律要件分類説を基準として、問題の事実が権利根拠規定・権利障害規定・権利消滅規定・権利阻止規定のどれに当たるかを条文の構造から検討します。条文の形式だけでは決めにくいときは、原則と例外の関係、立証の難易、証拠との距離、事実の蓋然性を考慮して修正します(準消費貸借の旧債務の判例が例になります)。証拠が一方に偏在する事案では、証明責任を動かすのではなく、相手方に主張立証の必要を課し、尽くさなければ事実上推認するという判例の枠組みで調整します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。