審判の対象(訴因対象説・公訴事実対象説)とは
しんぱんのたいしょう
審判の対象とは、裁判所が有罪か無罪かを審理し判決する対象のことで、現行法では検察官が起訴状に記載した訴因がこれに当たります(刑事訴訟法256条3項・312条1項)。訴因対象説は訴因そのものを審判の対象と考え、公訴事実対象説は訴因の背後にある公訴事実を審判の対象と考えます。
検察官が起訴状に「3月3日にY店で宝石を盗んだ」と書いて起訴したとします。裁判所は、その宝石の窃盗について有罪か無罪かを判断します。審理の途中で別の日の窃盗や強盗らしい事情が見えてきても、裁判所が勝手にそちらを裁くことはできません。裁判所が何について裁くかを決めるのは起訴した検察官であり、裁判所はその枠の中で判断するという役割分担が、現行法の当事者主義だからです。この「裁判所が裁く枠」のことを審判の対象といい、現行法ではそれが訴因です。
現行法は当事者主義を採り、裁判所が審判するのは検察官が起訴状に示した訴因であって、公訴事実の同一性の範囲に当然に及ぶのではありません
旧刑事訴訟法は職権主義を採り、裁判所は検察官が起訴状に書いた犯罪事実に縛られず、公訴事実の同一性のある事実であれば起訴状の記載を変えずに審理し判決できると考えられていました。窃盗の起訴に対して強盗を認定するようなことが実際に行われていたのです。現行法は当事者主義を採って訴因の制度を導入し、公訴事実は訴因を明示して記載しなければならず(刑事訴訟法256条3項)、訴因の追加・撤回・変更は検察官の請求によるものとしました(312条1項)。裁判所は、検察官が起訴状に記載した訴因についてだけ審理し判決する権限と責務を持ち、訴因と公訴事実の同一性のある事実であっても、検察官が訴因を変更しない限り裁判所がそれを認定することはできません。公訴事実の同一性は、審判の対象の広がりを示す概念ではなく、検察官がどこまで訴因を変更できるかという限界を画する概念です。したがって、「検察官が「訴因」として明示する犯罪事実に限定されることはなく,当該犯罪事実と「公訴事実の同一性」の関係が認められる事実にまで及ぶとすることにより,審判対象設定における「当事者主義」を採用した」という肢は誤りです。
訴因は、裁判所に対して審判の範囲を画定し、被告人に対して防御の範囲を示すという二つの機能を持ちます
訴因が審判の対象であるということは、訴因の記載が二つの働きをすることを意味します。一つは、裁判所が何について判断すべきかの範囲を画定し、他の犯罪事実と区別するという働きです。もう一つは、被告人に対して何について防御すればよいかを示すという働きです。判例も、訴因変更の要否を審判対象の画定という見地と被告人の防御にとって重要な事項かという見地の両面から判断しており、この二つの機能を前提にしています(最決平成13年4月11日)。「訴因は,裁判所に対し,審判の対象を限定するという機能を有するとともに,被告人に対し,防御の範囲を示すという機能を有する」という肢は正しいです。刑事訴訟法は訴因変更の要否の基準を直接には定めていないので、その基準は訴因制度の趣旨とこの二つの機能から導かれます。「刑事訴訟法は,訴因変更の要否の基準を直接に定めていないので,訴因制度の趣旨を踏まえつつ,訴因の果たすべき機能から,その基準を導き出すべきである」という肢も正しいです。どの程度の記載があれば訴因が特定されたといえるかは訴因の明示・特定の語で、訴因と異なる事実を認定するときに訴因変更が要るかは訴因変更の要否の語で扱います。
訴因対象説と公訴事実対象説の対立は、訴因変更の要否・可否や一事不再理効の範囲を考える出発点になります
審判の対象を何と考えるかには二つの見解があります。訴因対象説は、当事者主義のもとで検察官が設定した訴因そのものが審判の対象であり、裁判所は訴因の範囲でのみ審判できると考えます。公訴事実対象説は、訴因の背後にある社会的事実としての公訴事実が審判の対象であり、訴因はその公訴事実を法律的に構成した検察官の主張にすぎないと考えます。公訴事実対象説に対しては、裁判所が訴因の外の事実まで探って認定することになり、当事者主義と被告人の防御の保障に反するという批判が向けられます。訴因対象説が通説で、判例も、訴因制度を採用した現行法のもとでは少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると述べています(最判平成15年10月7日)。見解問題では、この判例の文章を示したうえで、同じ立場から論じている記述を選ばせます。「単純窃盗として起訴された以上,訴因を動かす権限のない裁判所としては,訴因の範囲において審判すべきである」という記述は、訴因を基準にして公訴事実の単一性を判断するこの見解と同じ立場です。これに対し、「免訴や公訴棄却といった形式裁判をする場合に関する限り訴因に拘束されることはない」という記述と、「確定判決の有無という訴訟条件の存否は職権調査事項である上,……訴因に拘束力を認める理由も必要性も存しない」という記述は、形式裁判については訴因の外の事実で判断してよいとするもので、この見解とは異なる立場です。「いずれの訴因の記載内容にもなっていないところの犯行の常習性という要素について証拠により心証形成をし,……公訴事実の単一性を肯定できる場合には,前訴の確定判決の一事不再理効が後訴にも及ぶとすべきである」という記述は、訴因の外にある常習性を心証で認定して単一性を判断するもので、この見解と対立します。「検察官の選択によって両極端の結果を生じさせるのは,不合理である」という記述は、この見解に向けられた批判です。
常習特殊窃盗の一部を単純窃盗として起訴した前訴の確定判決の効力は、訴因どうしを比べて判断します
実体法上は一つの常習特殊窃盗罪を構成する複数の窃盗のうち、一部が単純窃盗の訴因で起訴されて有罪判決が確定し、その後に残りの窃盗が単純窃盗の訴因で起訴された事案で、判例は、前訴と後訴の訴因の間の公訴事実の単一性の判断は基本的に両訴因のみを基準として比較対照して行うのが相当であり、両訴因とも単純窃盗で常習性の発露という面は訴因として訴訟手続に上程されていないから、常習特殊窃盗による一罪という観点を持ち込むのは相当でないとして、前訴の確定判決の一事不再理効は後訴に及ばないとしました(最判平成15年10月7日)。見解問題では、訴因に記載された事実のみを基礎として併合罪関係にあり一罪を構成しないなら公訴事実の単一性はないとする見解Ⅰと、訴因に記載されていない常習性を証拠で認定して常習特殊窃盗一罪を構成するなら単一性を肯定できるとする見解Ⅱを示し、後訴の裁判所がすべき判決を問います。見解Ⅰからは、後訴の訴因は前訴と別個の窃盗で確定判決を経ていないので、窃盗罪により有罪の判決をすべきことになり、免訴や公訴棄却にはなりません。見解Ⅱからは、前訴と後訴が一つの常習特殊窃盗を構成して公訴事実の単一性があり、後訴は確定判決を経た事件に当たるので、免訴の判決をすべきことになります(337条1号)。見解Ⅱからも、起訴されていない常習特殊窃盗罪で有罪判決をすることはできず、公訴棄却の判決にもなりません。判例は見解Ⅰの立場です。一事不再理効の客観的範囲と時間的範囲は一事不再理効の範囲の語で扱います。
刑事訴訟法256条3項
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
刑事訴訟法312条1項
裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
論文ではこう使う
審判の対象は、訴因変更の要否・可否や一事不再理効の範囲を論じる冒頭で短く示します。①現行法は当事者主義を採り(256条6項・298条1項・312条1項)、審判の対象は検察官が設定した訴因である(訴因対象説)、②訴因は裁判所に審判の範囲を画定し、被告人に防御の範囲を示す機能を持つ、③したがって裁判所は訴因と異なる事実を認定できず、訴因の変更は検察官の請求による、という順で書き、そのうえで個別の論点に入ります。一事不再理効の範囲では、判例が公訴事実の単一性の判断を訴因のみを基準に行うとしたことを加えます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。