公訴時効の根拠と法改正(実体法説・訴訟法説・新訴訟法説・遡及適用)とは
こうそじこうのこんきょとほうかいせい
公訴時効の根拠とは、なぜ時間の経過によって起訴できなくなるのかの説明で、時間の経過により犯罪の可罰性が消滅するとする実体法説、証拠が散逸して公正な審理ができなくなるとする訴訟法説、長く訴追されなかった犯人の法的地位の安定を図るとする新訴訟法説があります。判例は、処罰の必要性と法的安定性の調和を図る訴訟法規と捉え、時効が完成していない罪に改正後の長い時効期間を適用しても遡及処罰の禁止に反しないとしています。
なぜ時間がたつと起訴できなくなるのかには、三つの説明があります。時間とともに社会の処罰感情が薄れ罪そのものの罰する値打ちが消えるからだという説明、証拠が散って正しい裁判ができなくなるからだという説明、長く放っておかれた犯人の生活の安定を守るためだという説明です。どの説明を採るかで、時効完成の裁判がなぜ免訴なのか、犯人が海外にいる間なぜ止まるのか、法改正で期間を延ばしたとき昔の犯罪にも新しい期間を使えるのか、といった問いへの答えが変わります。見解問題はこの対応を問います。
実体法説は可罰性の消滅、訴訟法説は証拠の散逸、新訴訟法説は犯人の法的地位の安定から公訴時効を説明します
実体法説(可罰性消滅説)は、時間の経過により犯罪行為の可罰性が消滅するので訴追の対象としないと説明します。この説は、重い罪ほど可罰性が消えるのに時間がかかると考えるので、刑の軽重により公訴時効の期間が異なることをよく説明できます。したがって、この見解に対して「刑の軽重により,公訴時効が異なることを説明できないとの批判がある」という記述は、批判として成り立たず誤りです。他方、可罰性が消滅したのなら本来は無罪の実体判決をすべきはずなのに、法律が時効完成の場合を免訴という形式裁判にしていることは説明しにくいので、「公訴時効完成後に公訴が提起された場合の判決が免訴という形式裁判であることを説明できないとの批判がある」という記述は正しいです。訴訟法説(証拠散逸説)は、時間の経過により証拠が散逸し公正な審理ができなくなるので訴追の対象としないと説明します。この説からは、犯人が国外にいても証拠は同じように散逸するはずなので、国外にいる間に時効が停止すること(255条1項)を説明できないという批判が向けられ、この趣旨の記述は正しいです。新訴訟法説(法的地位安定説)は、時間の経過により長期間訴追されなかったという犯人の法的地位の安定を図る必要があるので訴追の対象としないと説明します。この説に対しては、犯人の法的地位の安定は正当な利益や権利といえるものではなく、公訴時効制度があることによる反射的利益にすぎないという批判があり、この趣旨の記述は正しいです。
- 実体法説(可罰性消滅説)根拠: 時の経過で可罰性が消滅する/説明できること: 刑の軽重で期間が異なる/批判: 時効完成が免訴という形式裁判であることを説明できない
- 訴訟法説(証拠散逸説)根拠: 証拠が散逸し公正な審理ができない/説明できること: 時効完成が形式裁判であること/批判: 犯人が国外にいる間の停止を説明できない。重い罪ほど期間が長いことも説明しにくい
- 新訴訟法説(法的地位安定説)根拠: 長く訴追されなかった犯人の法的地位の安定/説明できること: 国外にいる間の停止(安定の必要がない)/批判: 法的地位の安定は反射的利益にすぎない
- 判例(最判平成27年12月3日)公訴時効は、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図る制度
判例は、公訴時効を処罰の必要性と法的安定性の調和を図る訴訟法規と捉えています
最高裁は、公訴時効制度の趣旨について、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあると述べています(最判平成27年12月3日)。可罰性の消滅という実体法の説明を採らず、処罰の必要性(実体法の要請)と法的安定性(訴訟法の要請)の両方を調和させる手続の規律と見る立場です。時効の完成が免訴という形式裁判で処理されること(337条4号)、犯人が国外にいる間は停止すること(255条1項)、重い罪ほど期間が長いこと(250条)は、いずれもこの調和の表れとして説明できます。この定式は、改正法を既に行われた犯罪に適用できるかという次の問題の前提になります。
時効が完成していない罪に改正後の長い期間や時効の廃止を適用しても、遡及処罰の禁止には反しません
平成22年の改正は、人を死亡させた罪で死刑に当たるものの公訴時効を廃止し、人を死亡させた罪の時効期間を延長したうえで、附則で施行の際に時効が完成していない罪にも新しい規定を適用することとしました。判例は、公訴時効制度の趣旨は時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにあり、改正法は時効を廃止し又は期間を延長したにすぎず行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないこと、施行の際に時効が完成していない罪に適用するにとどまり既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするものでもないことから、この経過規定は憲法39条・31条に違反しないとしました(最判平成27年12月3日)。実体法説を徹底すれば時効期間は刑罰法規の一部になり、期間を延長する法律を過去の犯罪に適用することは遡及処罰の禁止に触れやすくなります。これに対し、訴訟法説からは時効は手続の規律なので、特別の定めがなくても改正後の期間を既に行われた犯罪に適用することに憲法上の障害はないと考えやすくなります。したがって、訴訟法説に対して「法改正により,公訴時効の期間が延長された場合,特別の定めを置かない限り,既に行われた犯罪行為に対し,新法を適用することができないとの批判がある」という記述は、むしろ実体法説に向く批判で、訴訟法説への批判としては誤りです。令和5年の改正で性犯罪の時効期間が延長されたときも、施行の際に時効が完成していない罪には改正後の期間が適用されています。平成22年改正の前は殺人罪の時効が25年だったので、改正前に出題された肢の中には殺人の時効完成を前提にしたものがあります。
憲法39条
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
論文ではこう使う
公訴時効の根拠は論文では稀で、書くとしても判例の定式を引いて短く済ませます。「公訴時効は、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図る制度である(最判平成27年12月3日)」と書き、そこから、時効が完成していない罪への改正法の適用は行為時の違法性の評価や責任の重さを遡って変えるものではなく憲法39条に反しない、という帰結を導きます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。