訴因の明示・特定(白山丸事件・覚醒剤使用・概括的記載・共謀と実行行為者・求釈明)とは
そいんのめいじとくてい
訴因の明示・特定とは、起訴状の公訴事実に、できる限り日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定して訴因を記載することです(刑事訴訟法256条3項)。判例は、他の犯罪事実と識別できる程度に特定されていればよく、日時・場所・方法の表示が概括的でも、検察官が起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものであれば訴因の特定に欠けないとしています。
起訴状の公訴事実には「いつ、どこで、どのように」罪を犯したかを書きます。しかし、死体が見つかっただけで犯行の日も場所も方法も分からない殺人や、尿から覚醒剤が出ただけの使用事件では、細かく書きようがありません。そこで法律は「できる限り」特定すればよいとし、判例も、他の事件と区別がつき、検察官が証拠から書ける限りのことを書いていれば足りるとしています。審判の範囲を決め、被告人に何について防御すればよいかを示すという目的が果たせればよいからです。
訴因は他の犯罪事実と識別できる程度に特定されていればよく、概括的な記載でも検察官ができる限り特定したものなら欠けません
公訴事実は訴因を明示して記載し、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定しなければなりません(刑事訴訟法256条3項)。この特定の趣旨は、裁判所に審判の対象を画定し、被告人に防御の範囲を示すことにあります。大法廷判決は、密出国の日時を「昭和27年4月頃から昭和33年6月下旬まで」、場所を「本邦より」としか書けなかった事案で、犯罪の日時・場所・方法は罪となるべき事実そのものではなく訴因を特定する一手段であって、犯罪の種類・性質等によりこれを詳らかにできない特殊事情がある場合には、できる限り特定したものである以上、訴因の明示に欠けるところはないとしました(白山丸事件、最大判昭和37年11月28日)。その後の判例は、覚醒剤使用の訴因で日時を「9月26日ころから10月3日までの間」、場所を「県内及びその周辺」、方法を不特定とした記載も、他の犯罪事実と識別でき検察官ができる限り特定したものとして欠けないとし(最決昭和56年4月25日)、傷害致死で「手段不明の暴行を加え」「何らかの傷害により死亡させた」という記載も、暴行態様・傷害の内容・死因の表示が概括的であるにとどまるが、検察官が当時の証拠に基づきできる限り特定して明示したものと認められるから欠けないとしました(最決平成14年7月18日)。「暴行態様,傷害の内容及び死因の表示が概括的なものにとどまるから,…訴因の特定に欠ける」という肢は誤りです。殺人の共同正犯で日時を「3月15日ころから同月18日ころまでの間」、場所を「H市内又はその周辺」、方法を「何らかの方法でVの頸部を圧迫し」とした記載について、「検察官において,起訴当時の証拠に基づき,できる限り日時,場所,方法等をもって殺人の罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものと認められるから,訴因の特定に欠けるところはない」という肢は正しいです。
共謀共同正犯では、共謀の日時・場所・内容や実行行為者の明示は訴因の特定に不可欠ではありません
共謀共同正犯の訴因は、共謀に基づく実行行為の日時・場所・態様が特定されていれば他の犯罪事実と識別できるので、共謀の日時・場所・内容や、共謀者のうち誰が実行したかの記載は不可欠ではありません。判例は、殺人罪の共同正犯の訴因について、実行行為者が誰であるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるとはいえないとしました(最決平成13年4月11日)。同じ判例は、実行行為者が誰かは一般的に被告人の防御にとって重要な事項なので、争いがある場合などには争点の明確化のため検察官が明示するのが望ましいと述べましたが、義務とはしていません。「検察官は,訴因に実行行為者を明示しなければならない」という肢と、「実行行為者を甲とする記載がない<公訴事実>は,訴因の特定に欠ける」という肢は誤りです。共謀の日時・場所・内容の記載がなくても訴因の特定に欠けるわけではなく、仮に明示に欠ける点があっても裁判所はまず釈明を求めるべきなので、「共謀の日時,場所,内容等は訴因の明示に不可欠であるので,…裁判所は,検察官に釈明を求めるまでもなく,公訴棄却の判決をすることができる」という肢は誤りです。いったん明示された実行行為者と異なる認定をするのに訴因変更が要るかは、訴因変更の要否の語で扱います。
- 特定に欠けないとされた記載密出国の日時・場所の概括的記載(白山丸事件)/覚醒剤使用の「○日ころから○日までの間、県内及びその周辺で、何らかの方法で」(最決昭和56年4月25日)/傷害致死の「手段不明の暴行」「何らかの傷害」(最決平成14年7月18日)/殺人の「3月15日ころから18日ころまでの間、H市内又はその周辺、何らかの方法で頸部を圧迫」
- 明示が不可欠でない事項共謀共同正犯の共謀の日時・場所・内容/殺人の共同正犯の実行行為者(明示が望ましいが義務ではない。最決平成13年4月11日)
訴因の明示に必要な範囲の求釈明は裁判所の義務で、検察官が応じなければ公訴棄却でき、それ以外の求釈明は裁量です
訴因の記載が明示に欠けるときは、裁判所はまず検察官に釈明を求め、釈明により補正させます。求釈明は裁判長の訴訟指揮権(294条)に基づく処分で、見解問題では、裁判所が求釈明の義務を負うのは訴因の明示に必要な範囲に限られるとする見解と矛盾するかどうかで肢を分けます。この見解からは、訴因の明示にとって補正が必要な事項については、弁護人の要求がなくても裁判所が自ら検察官に求釈明しなければならず、「弁護人から求釈明要求がない場合であっても,自ら検察官に対して求釈明しなければならない」という記述はこの見解と矛盾しません。義務的な求釈明に検察官が応じなければ、訴因の明示を欠く起訴として公訴提起の手続が無効となり、判決で公訴を棄却できるので(338条4号)、「公訴棄却の判決をせず,そのまま次の手続に進むしかない」という記述はこの見解と矛盾します。義務的な求釈明は訴因を補うためのものなので、検察官の釈明の内容は訴因の内容になります。したがって「検察官が釈明した内容が当然に訴因の内容となるとは限らない」という記述もこの見解と矛盾します。他方、訴因の明示に欠けるところはないが防御の観点から重要と考える事項について裁判所が求釈明することや、必要がないと考える事項について弁護人から要求があったときに検察官に任意の釈明を打診することは、裁量の範囲として認められるので、この見解と矛盾しません。裁判長が釈明を求めなかったことへの異議の申立ては、裁判長の処分に対する異議(309条2項)として、法令の違反があることを理由とする場合に限られます。「裁判長が釈明を求めなかったことについての異議申立ては,法令の違反があることを理由とする場合に限られる」という肢は正しいです。異議の仕組みは証拠調べに関する異議と裁判長の処分に対する異議の語で扱います。
刑事訴訟法256条3項
公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
論文ではこう使う
訴因の特定の論述は、①256条3項の趣旨を審判対象の画定と防御範囲の明示に求め、②訴因は他の犯罪事実と識別できる程度に特定されていれば足り、日時・場所・方法は特定の一手段であって、犯罪の性質上詳らかにできない特殊事情があるときは、検察官が起訴当時の証拠に基づきできる限り特定していれば欠けないという判例の規範を示し、③事案の記載が概括的でも識別でき、検察官がそれ以上書けなかったかを当てはめ、④欠けるなら求釈明による補正、補正されなければ公訴棄却、という順で書きます。共謀共同正犯では、共謀や実行行為者の明示が不可欠でないことを加えます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。