手形上の権利の消滅時効と利得償還請求権とは
てがたじょうのけんりのしょうめつじこうとりとくしょうかんせいきゅうけん
手形上の権利の消滅時効とは、約束手形の振出人に対する権利は満期の日から3年、裏書人に対する遡求権は1年、受け戻した裏書人の再遡求権は6か月で消滅するという短期の時効のことです(手形法70条)。利得償還請求権とは、手形上の権利が時効や手続の欠缺で消滅したときに、所持人が振出人・引受人・裏書人に対してその受けた利益の限度で償還を求める権利です(85条)。
手形の債務者は、いつまでも支払の準備をしておくわけにはいきません。そこで手形上の権利の時効は、普通の債権より短く定められています。振出人への権利は満期から3年、裏書人への遡求権は1年、払って受け戻した裏書人がさらに前の人に請求する権利は6か月で、小切手の遡求権は呈示期間の経過から6か月です。しかも、一人に請求して時効を止めても他の人には効きません。手形上の権利が時効で消えて、債務者が手形と引換えに受け取った対価だけ得をした形になるときは、所持人は利得の償還を求められます。
振出人への権利は満期から3年、遡求権は1年、再遡求権は6か月、小切手の遡求権は呈示期間経過後6か月で時効にかかります
約束手形の振出人に対する請求権は、満期の日から3年で時効にかかります(手形法70条1項、77条1項8号、78条1項)。所持人の裏書人に対する請求権(遡求権)は、適法な時期に作らせた拒絶証書の日付から、拒絶証書の作成が免除されている場合は満期の日から1年です(70条2項)。裏書人の他の裏書人と振出人に対する請求権(再遡求権)は、その裏書人が手形を受け戻した日又は訴えを受けた日から6か月です(70条3項)。「裏書人の他の裏書人及び振出人に対する手形上の請求権は,その裏書人が手形を受け戻した日又は手形金請求の訴えを受けた日のいずれかの日から6月をもって,時効に罹る」という肢は正しく、「手形上の権利は,振出人に対するものであっても,裏書人に対するものであっても,満期の日から1年間行使しないときは,時効により消滅する」という肢は、振出人に対する権利を1年とする点で誤りです。小切手の所持人の裏書人・振出人その他の債務者に対する遡求権は、呈示期間経過後6か月で時効にかかります(小切手法51条1項)。「小切手の所持人の裏書人,振出人その他の債務者に対する遡求権は,支払呈示期間経過後3年をもって時効によって消滅する」という肢は誤りです。
手形上の権利の時効期間
- 約束手形の振出人(為替手形の引受人)に対する請求権: 満期の日から3年(70条1項)
- 所持人の裏書人(為替手形では振出人も)に対する遡求権: 拒絶証書の日付から、作成免除なら満期の日から1年(70条2項)
- 受け戻した裏書人の前者に対する再遡求権: 受戻しの日又は訴えを受けた日から6か月(70条3項)
- 小切手の遡求権: 呈示期間経過後6か月(小切手法51条1項)
- 白地補充権: 行使できる時から5年(白地手形の語で扱う)
時効の完成猶予・更新はその事由が生じた者に対してだけ効力を生じ、支払猶予の特約があれば猶予期間の満了から進行します
時効の完成猶予又は更新は、その事由が生じた者に対してのみ効力を生じます(71条)。手形債務は各自独立しているので、所持人が振出人に請求しても、裏書人や手形保証人の時効は止まりません。「手形所持人が振出人に対して手形上の債務の履行を請求しても,裏書人に対しては時効の中断の効力を生じない」という肢と、「約束手形の受取人が振出人に対して手形上の債務の履行を請求した場合には,手形保証人に対しては時効の中断の効力が生じない」という肢は正しく、「手形所持人の約束手形の振出人に対する手形債権の消滅時効が中断された場合,その手形保証人に対する手形債権についても,消滅時効の中断の効力が生ずる」という肢は誤りです。民法の保証では主たる債務者に生じた完成猶予・更新が保証人にも及びますが(民法457条1項)、手形保証では71条がこれを変えています。出題当時の「中断」は、平成29年民法改正後は「完成猶予・更新」に当たり、手形法71条の文言もそのように改められました。時効の起算点について判例は、所持人と裏書人の間で裏書人の手形債務につき支払猶予の特約がされたときは、所持人は猶予期間中は請求できないので、裏書人に対する請求権の時効は猶予期間が満了した時から進行するとしています(最判昭和55年5月30日)。「手形所持人の当該裏書人に対する手形上の請求権の消滅時効は,当該猶予期間が満了した時から進行する」という肢は正しいです。なお、債務の支払のために手形が授受された当事者間で債権者がする手形金請求の訴えの提起は、原因債権の時効も止める効力を持ち(最判昭和62年10月16日)、受取人白地のままの訴え提起にも手形債権の時効を止める効力があると判例はしています(最大判昭和41年11月2日)。
手形上の権利が時効や手続の欠缺で消滅したときは、消滅時の正当な所持人が振出人などに利得の償還を請求できます
手形から生じた権利が手続の欠缺又は時効によって消滅したときでも、所持人は、振出人、引受人又は裏書人に対し、その受けた利益の限度で償還を請求できます(85条)。短期の時効や厳格な権利保全の手続で所持人が権利を失い、その反面で債務者が対価を受け取ったまま手形債務を免れて利得する結果を調整する制度です。利得償還請求権を取得するのは、権利が消滅した当時に実質的な権利者であった所持人に限られ、無権利者は取得しません。受取人から手形を預かっただけの者が受取人欄を勝手に書き換えて所持していても、実質的な権利者ではないので、「手形上の権利が時効により消滅した場合,丙は,利得償還請求権を取得する」という肢は誤りです。判例は、原因債務の支払に代えて手形が振り出され、原因債務が消滅して手形上の権利だけが残っていた場合に、手形上の権利が時効で消滅したときは、振出人の受けた利益は手形上の権利の時効消滅によって生じたものとして85条の利得に当たるとしています(最判昭和43年3月21日)。「AとBが,本件手形の振出しの際,本件原因債務を消滅させ,本件手形上の権利だけを残すことを合意していた場合において,本件手形上の権利が時効により消滅したときは,Bは,Aに対し,利得償還請求権を取得しない」という肢は誤りです。原因債務が残っている(支払のために振り出された)場合は、所持人は原因債権を行使すればよいので、振出人に利得は生じません。
手形法70条1項
引受人ニ対スル為替手形上ノ請求権ハ満期ノ日ヨリ三年ヲ以テ時効ニ罹ル
手形法70条2項
所持人ノ裏書人及振出人ニ対スル請求権ハ適法ノ時期ニ作ラシメタル拒絶証書ノ日附ヨリ、無費用償還文句アル場合ニ於テハ満期ノ日ヨリ一年ヲ以テ時効ニ罹ル
手形法71条
時効ノ完成猶予又ハ更新ハ其ノ事由ガ生ジタル者ニ対シテノミ其ノ効力ヲ生ズ
手形法85条
為替手形又ハ約束手形ヨリ生ジタル権利ガ手続ノ欠缺又ハ時効ニ因リテ消滅シタルトキト雖モ所持人ハ振出人、引受人又ハ裏書人ニ対シ其ノ受ケタル利益ノ限度ニ於テ償還ノ請求ヲ為スコトヲ得
論文ではこう使う
論文では、手形債権が時効にかかった所持人の最後の救済手段として使います。まず原因債権が残っていないかを確かめ、支払のために振り出された手形なら原因債権を行使できる(手形金請求の訴えが原因債権の時効も止めている)ことを書きます。原因債務が支払に代えて消滅している場合や、原因債権も時効にかかっている場合には、「手形上の権利が時効によって消滅したときは、所持人は振出人に対し、その受けた利益の限度で償還を請求できる(手形法85条)。請求できるのは権利消滅時の実質的な権利者であり、利得は手形の授受の基礎となる原因関係において債務者が対価を得たまま手形債務を免れたことによって生じる」と立て、振出人が受け取った対価の額を利得として当てはめます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。