手形の善意取得とは
てがたのぜんいしゅとく
手形の善意取得とは、裏書の連続した手形を裏書によって悪意・重過失なく取得した者が、譲渡人が無権利者であっても手形上の権利を原始取得することです(手形法16条2項)。取得時に善意であれば足り、盗まれた者に2年間の回復請求は認められません。
盗まれた手形が裏書されて流通し、事情を知らない人の手に渡ったとします。民法の動産なら、盗まれた物は2年間は取り戻せますが、手形でそれを認めると、受け取る人がいちいち前の持ち主の素性を調べなければならず、手形が安心して使えません。そこで手形法は、裏書の連続した手形を悪意・重過失なく取得した人は、前の人が無権利者でも権利を取得すると定め、盗まれた側には2年間の回復請求もありません。
裏書の連続した手形を悪意・重過失なく取得した者は権利を原始取得し、取得時に善意なら足ります
事由を問わず手形の占有を失った者がある場合でも、所持人が裏書の連続によって権利を証明するときは、所持人は手形を返還する義務を負いません。ただし、所持人が悪意又は重大な過失によって取得したときは返還しなければなりません(手形法16条2項、77条1項1号)。条文は返還請求の制限として書かれていますが、取得者に権利行使を認める必要があるので、善意取得者は手形上の権利を原始取得すると解されています。「善意取得は,手形の承継取得の一例である」という肢は誤りです。「約束手形の取得者には,手形法所定の要件の下で善意取得が認められる」という規律は、約束手形の流通性を高める趣旨のものです。悪意・重過失の有無は取得時を基準に判断し、取得時に善意・無重過失であれば、後に譲渡人の無権利を知っても善意取得は妨げられません。「その後に事情を知ったときであっても,当該手形を善意取得することができる」という肢は正しいです。善意取得は裏書(最後の裏書が白地式なら交付)による取得にだけ認められ、債権譲渡の方法や相続・合併による取得には適用がありません。「相続による手形の取得にも,善意取得の適用がある」という肢は誤りです。
所持に疑念を抱くべき事情があるときは、照会などの調査をしなければ重過失になります
判例は、譲渡人が手形を所持することについて疑念を抱いてしかるべき事情が認められる場合には、手形の振出名義人又は支払担当銀行に照会するなど何らかの方法で振出しの真否を調査すべき注意義務があり、何の調査もしなかった取得者には重大な過失があるとしています(最判昭和52年6月20日)。「当該所持人が当該手形を所持することにつき疑念を抱いてしかるべき事情が認められる場合には,振出人又は支払担当銀行に照会するなどの方法で調査をしなければ,手形を善意取得することができない」という肢は正しいです。裏書の連続があるからといって、不自然な事情を見過ごして取得すれば保護されません。
善意取得者から取得した者は悪意でも権利を取得し、盗まれた者に2年間の回復請求はなく、除権決定があっても善意取得者は権利を失いません
いったん善意取得が成立すると、元の所持人はその時点で権利を失い、善意取得者は完全な権利者になります。したがって、善意取得者から手形を譲り受けた者は、盗難の事実を知っていても、譲渡人が完全な権利者である以上その権利を承継取得します。「Fが,この手形をEから取得した際,DがCから盗取したものであることを知っていた場合,Aは,Dによる盗取の事実とFの悪意を証明することにより,Fに対する手形金の支払を拒むことができる」という肢は、Eが善意取得している事案で、誤りです。動産の即時取得では盗品・遺失物について2年間の回復請求が認められますが(民法193条)、手形法にはそのような規定は無く、盗まれた者は善意取得者やその後の取得者に返還を請求できません。「Cは,盗難の時から2年間,この手形がCから盗まれたことを証明することにより,Fに対し,この手形の返還を請求することができる」という肢は誤りです。手形を失った者が公示催告を経て除権決定を得ても、判例は、除権決定の効果は手形を無効にして申立人に手形を所持するのと同じ地位を回復させるにとどまり、実質的な権利者であることを確定するものではないので、除権決定より前に手形を善意取得した者は権利を失わないとしています(最判平成13年1月25日)。「手形を善意取得した者は,その手形について除権決定があったときは,その手形に表章された手形上の権利を失う」という肢は誤りで、「これよりも前に当該手形を善意取得した者は,当該手形に表章された手形上の権利を失わない」という肢は正しいです。
善意取得の要件と効果
- 要件: 裏書の連続した手形を、裏書(白地式なら交付)によって、悪意・重過失なく取得。善意は取得時に判断
- 効果: 原始取得。元の所持人は権利を失い、2年間の回復請求(民法193条)は無い
- 善意取得者からの取得者: 悪意でも承継取得する
- 除権決定: 除権決定より前の善意取得者は権利を失わない(最判平成13年1月25日)
- 重過失: 所持に疑念を抱くべき事情があるのに照会などの調査をしないと重過失(最判昭和52年6月20日)
- 適用なし: 相続・合併・債権譲渡の方法による取得
手形法16条2項
事由ノ何タルヲ問ハズ為替手形ノ占有ヲ失ヒタル者アル場合ニ於テ所持人ガ前項ノ規定ニ依リ其ノ権利ヲ証明スルトキハ手形ヲ返還スル義務ヲ負フコトナシ但シ所持人ガ悪意又ハ重大ナル過失ニ因リ之ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
論文ではこう使う
論文では、盗難・紛失した手形を取得した第三者が振出人に請求できるかを問われたときに使います。「裏書の連続した手形を悪意又は重大な過失なく取得した者は、譲渡人が無権利者であっても手形上の権利を原始取得する(手形法16条2項、77条1項1号)。善意・無重過失は取得時を基準に判断し、譲渡人の所持に疑念を抱くべき事情がある場合には照会などの調査をしなければ重過失がある(判例)」と規範を示し、裏書の連続の有無と取得の経緯(取得の時期・対価・譲渡人との関係)を当てはめます。交付前に盗まれた手形では、権利がまだ成立していないとする見解からは善意取得が問題にならず権利外観理論で処理することを、手形理論の語とつなげて書きます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。