募集株式の発行等の差止請求とは
ぼしゅうかぶしきのはっこうとうのさしとめせいきゅう
募集株式の発行等の差止請求とは、株式の発行又は自己株式の処分が法令若しくは定款に違反する場合、又は著しく不公正な方法により行われる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときに、株主が会社に対してその発行又は処分をやめることを請求できる制度です(会社法210条)。発行の効力が生じる前に株主の利益を守るための事前の救済で、通常は差止めの訴えを本案とする仮処分の申立てによって行います。
経営陣と対立している株主がいる会社で、取締役会が経営陣の味方にだけ大量の新株を割り当てれば、その株主の持株比率は下がり、支配権争いは経営陣の勝ちになります。新株がいったん発行されると、それを前提に多くの取引が積み重なるので、後から無効にするのは簡単ではありません。そこで会社法は、発行の前に株主が「やめてください」と請求できる差止請求を用意しています。公開会社が募集事項を払込期日の2週間前までに通知・公告しなければならないのも、株主がこの間に裁判所へ仮処分を申し立てられるようにするためです。
法令・定款に違反しなくても、著しく不公正な方法による発行なら株主は差止めを請求できます
株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合(210条1号)と、著しく不公正な方法により行われる場合(210条2号)において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は会社に対し、その発行又は処分をやめることを請求できます。二つの事由は並んでいて、どちらか一方があれば足ります。「募集に係る株式の発行が,法令又は定款に違反しない場合であっても,著しく不公正な方法により行われる場合において,株主が不利益を受けるおそれがあるときは,株主は,株式会社に対し,当該株式の発行をやめることを請求することができる」という肢は正しいです。法令違反には、公開会社でない会社で株主総会の特別決議を欠くこと、公開会社で特に有利な金額なのに特別決議を欠くこと、募集事項の通知・公告を欠くこと、発行可能株式総数を超えることなどが当たります。著しく不公正な方法とは、不当な目的を達成する手段として発行することをいい、裁判例は、会社の支配権に争いがある中で、特定の株主の持株比率を低下させて現経営陣の支配権を維持することを主要な目的とする発行を、著しく不公正な方法に当たるとしています。資金調達の必要があり事業計画に合理性があるときは、経営陣に支配権維持の意図がうかがわれても主要な目的とは認められません(東京高決平成16年8月4日)。株主が不利益を受けるおそれとは、持株比率の低下や株式の経済的価値の減少が生じる見込みをいいます。
差止めは非訟事件ではなく、差止めの訴えを本案とする仮処分によって行います
差止請求権は株主が会社に対して持つ実体法上の請求権で、裁判でこれを行使するときは会社を被告とする差止めの訴えによります。これは訴訟手続であって、株式買取請求の価格の決定や検査役の選任のような会社法上の非訟事件の手続ではありません。「株式の発行の差止め」は訴訟手続によるものに当たります。もっとも、本案の判決を待っていては払込期日が来て発行の効力が生じてしまうので、実際には差止請求権を被保全権利として、発行を仮に差し止める仮処分命令(民事保全法23条2項)を申し立てます。公開会社の募集事項の通知・公告(201条3項・4項)は、株主がこの仮処分を得る機会を確保するために払込期日の2週間前までとされています。株主が発行後に不利益を争うには、新株発行無効の訴え(828条1項2号)か取締役の責任追及によることになります。
通知・公告を欠いた発行と、差止めの仮処分命令に違反した発行は、無効原因になります
差止めの制度があるからこそ、差止めの機会を奪った発行は厳しく扱われます。判例は、募集事項の公示は株主が差止請求権を行使する機会を保障するための規定であるとして、公告も通知も欠いた新株発行は、差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、無効原因になるとしています(最判平成9年1月28日)。「判例の趣旨によれば,募集事項の株主に対する通知又は公告をいずれも欠いたことは,募集株式の発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り,募集株式の発行の無効原因となる」という肢は正しく、「募集事項の株主に対する通知又は公告のいずれも欠いたことは,無効原因とならない」という肢は誤りです。また、差止請求訴訟を本案とする差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえてこれに違反して新株発行がされたときも、判例は無効原因になるとしています(最判平成5年12月16日)。仮処分に違反しても発行が有効なら、差止請求権を株主の権利として認めてその実効性を担保した法の趣旨が失われるからです。「その仮処分命令に違反して募集株式の発行がされたことは,無効原因とならない」という肢は誤りです。これに対し、著しく不公正な方法による発行それ自体は、差止めの事由ではあっても無効原因にはなりません。
会社法210条
次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第百九十九条第一項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。
一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合
二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合
会社法201条3項
公開会社は、第一項の規定により読み替えて適用する第百九十九条第二項の取締役会の決議によって募集事項を定めたときは、同条第一項第四号の期日(同号の期間を定めた場合にあっては、その期間の初日)の二週間前までに、株主に対し、当該募集事項(前項の規定により払込金額の決定の方法を定めた場合にあっては、その方法を含む。以下この節において同じ。)を通知しなければならない。
論文ではこう使う
論文では、支配権争いの中で第三者割当てがされた事案で、株主が発行前に取れる手段として差止請求(会社法210条)を挙げ、法令・定款違反(1号)と著しく不公正な方法(2号)を分けて検討します。2号の規範は「著しく不公正な方法とは、不当な目的を達成する手段として募集株式の発行等をすることをいう。会社の支配権に争いがある状況で、特定の株主の持株比率を低下させ現経営陣の支配権を維持することを主要な目的とする発行は、これに当たる」と置き、資金調達の必要性や事業計画の合理性と、発行の時期・規模・割当先との関係からどちらが主要な目的かをあてはめます。「株主が不利益を受けるおそれ」は持株比率の低下で認定し、手続としては仮処分の申立てによることに一言触れます。発行後の事案なら、差止めの機会を奪った瑕疵(通知・公告の欠缺、仮処分違反)だけが無効原因になるという判例の筋を、無効原因の検討につなぎます。
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