違法収集証拠排除法則の根拠と判例の基準とは
いほうしゅうしゅうしょうこはいじょほうそくのこんきょとはんれいのきじゅん
違法収集証拠排除法則とは、捜査機関が違法な手続で収集した証拠物について、その証拠能力を否定する法則です。判例は、証拠物の押収等の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合に、証拠能力が否定されるとしています。
警察官が、承諾のないまま相手の上着のポケットに手を入れて覚醒剤を取り出したとします。覚醒剤そのものは本物で、鑑定すれば間違いなく覚醒剤だと分かります。それでも裁判所がこの証拠を使ってよいのかが、違法収集証拠排除法則の問題です。証拠物は手続が違法でも物としての価値は変わりませんが、違法な捜査の成果を裁判所が平気で使えば、憲法の令状主義は骨抜きになり、同じ違法が繰り返されます。そこで判例は、重大な違法があり、証拠として使うことが将来の違法捜査の抑制の見地から相当でないときに限って、証拠能力を否定しています。
明文の規定は無く、この問題は刑事訴訟法の解釈に委ねられています
違法に収集された証拠物の証拠能力について、憲法にも刑事訴訟法にも規定はありません。判例は、この問題は刑事訴訟法の解釈に委ねられているとしたうえで、刑事訴訟法1条の目的、すなわち事案の真相を明らかにし、個人の基本的人権の保障を全うしつつ適正な手続の下で刑罰法令を適用実現することに照らして判断するとしました(最判昭和53年9月7日)。「刑事訴訟法に何らの規定も置かれていないので、この問題は、刑事訴訟法の解釈ではなく、憲法の解釈に委ねられている」という肢は誤りで、憲法にも規定が無く、委ねられている先は刑事訴訟法の解釈です。「専ら憲法の解釈に委ねられており、憲法第31条の適正手続の保障自体の要請として」証拠能力が否定されるという肢も誤りです。判例は、憲法35条が令状主義を定め、これを受けて刑事訴訟法218条1項等が捜索・押収の手続を定めていること、憲法31条が法の適正な手続を保障していることに鑑みて基準を立てたのであって、憲法の条文を直接の根拠にしたのではありません。「刑事訴訟法の解釈として、憲法第31条による適正手続の保障並びに憲法第35条による住居の不可侵及び捜索・押収を受けることのない権利の保障にも鑑み、そのような証拠物の証拠能力が否定される場合がある」という肢は正しいです。排除法則の根拠として挙げられるのは、適正手続の保障、司法の廉潔性の保持、将来の違法捜査の抑制の三つです。司法の廉潔性とは、裁判所が違法な捜査の成果を利用すれば裁判に対する国民の信頼が害されるので、裁判所自身が汚れた証拠を受け取らないという考え方です。判例の基準は「将来における違法な捜査の抑制の見地」を要件の中に取り込んでいるので、「将来における違法捜査を抑制することではない」という肢は誤りです。
判例の基準は、令状主義の精神を没却するような重大な違法と、将来の違法捜査の抑制の見地からの排除相当性の二つで組み立てられています
判例は、証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑事訴訟法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきであるとしました(最判昭和53年9月7日)。前半を違法の重大性、後半を排除相当性と呼びます。「令状主義の精神を没却するような」は、令状主義に直接関係する違法に限るという意味ではなく、どれほど重大な違法かを示す例示として読むのが一般です。二つの要件の関係については、両方がそろって初めて排除されるとする見解、いずれか一方があれば排除されるとする見解、結局は違法の重大性だけが要件であるとする見解が並びます。同じ判決は、事案の結論として、押収手続の違法は必ずしも重大とはいえず、これを被告人の罪証に供することが違法な捜査の抑制の見地に立ってみても相当でないとは認めがたいとして、二つを順に否定して証拠能力を肯定しました。この書き方は、両方がそろう必要があると読む見解と整合します。
- 違法の重大性証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があること
- 排除相当性これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められること
- 判断の仕方違法の程度、令状主義を潜脱する意図の有無、違法な手続と証拠との関連性、証拠の重要性などの諸般の事情を総合して判断する
- 対象判例は証拠物について述べた。自白には319条1項の自白法則が別にある
違法の重大性は外形だけで決まらず、令状主義を潜脱する意図や押収後の糊塗行為も考慮されます
大阪覚せい剤所持事件では、職務質問の要件があり所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況で、諾否の態度が必ずしも明白でなかった被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたにすぎないこと、巡査に令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があったものではないこと、他に強制がされた事跡も認められないことを挙げて、違法は重大でないとしました(最判昭和53年9月7日)。したがって、「警察官の、令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図の有無を考慮することはできない」という肢は誤りです。逮捕状を呈示せず緊急執行の手続もとらずに逮捕し、警察官がその違法を糊塗するため逮捕状に呈示した旨の虚偽を記入し、内容虚偽の捜査報告書を作成し、公判廷で事実と反する証言をした事案では、本件の経緯全体を通して表れた警察官の態度を総合的に考慮して、逮捕手続の違法の程度は令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないとしました(最判平成15年2月14日)。虚偽の記入や証言は逮捕の後の行為ですが、逮捕手続そのものの違法の評価に取り込まれています。「これらは逮捕後に生じたものであるから、その逮捕当日に任意に採取された尿の鑑定書の証拠能力を判断するに当たり、これを考慮することはできない」という肢、「押収後に行ったことが考慮されることはない」という肢、「本件逮捕後にされたものであるから、これらの行為の存在が本件逮捕自体の違法性の程度に影響を及ぼすことはない」という肢は、いずれも判例に整合せず誤りです。「「違法の重大性」は、手続の客観的な違法の程度に着目するものであるから、その要件を充足するか否かの判断に際して、捜査機関側の主観的事情が考慮されることはない」という肢も、潜脱の意図や糊塗の態度という主観的事情が重大性の評価に使われているので誤りです。
証拠の重要性も考慮要素で、密接関連性は排除相当性の中で働きます
同じ平成15年の判決は、逮捕当日に任意提出された尿は重大な違法のある逮捕と密接な関連を有する証拠であり、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないとして、尿の鑑定書の証拠能力を否定しました。逮捕の被疑事実は窃盗で、採尿と鑑定は覚醒剤使用のためのものでしたが、被疑事実が違うことを考慮しても密接関連性は否定されませんでした。他方で、この鑑定書を疎明資料の一つとして発付された捜索差押許可状により押収された覚醒剤とその鑑定書については、鑑定書以外の疎明資料もあり司法審査を経て発付された令状による押収であって、収集手続に重大な違法があるとまではいえず、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると証拠能力を否定できないとしました。したがって、「捜査の違法の程度は考慮されるが、当該証拠の重要性は考慮されない」という肢は誤りです。もっとも、重要な証拠だから排除されないという関係にはなく、覚醒剤使用罪の立証に不可欠な尿の鑑定書が現に排除されています。「証拠物が犯罪の立証上重要なものであればあるほど、その証拠能力を否定することは、事案の真相の究明との抵触が大きくなるため」逮捕手続に重大な違法があっても鑑定書の「証拠能力が否定されることはない」という肢は誤りです。鑑定書が専門家の客観的な鑑定の結果で信用性が高いことも、排除の可否を左右しません。排除法則は証明力が乏しいから排除するのではなく、手続の違法を理由に信用できる証拠をあえて使わない法則だからです。「鑑定書は定型的に高度の信頼性を有する証拠といえるから」証拠能力に「影響を及ぼすことはない」という肢は誤りです。違法な手続と証拠との関連性の程度は、判例が密接関連性を排除相当性の判断の中で正面から用いているので、「「排除相当性」の判断においては考慮されない」という肢も誤りです。先行する手続の違法が後の証拠収集に及ぶ場面と派生証拠の扱いは、違法性の承継と派生証拠の語で整理します。
- 最判昭和53年9月7日承諾なく上衣の内ポケットから覚醒剤を取り出した所持品検査。違法だが限度をわずかに超えたにすぎず、潜脱の意図も無い→証拠能力を肯定
- 最判昭和61年4月25日承諾の不明確な寝室への立入り・任意同行・留め置きの後の任意の採尿。先行手続の違法を考慮しても重大でない→鑑定書の証拠能力を肯定
- 最判平成15年2月14日逮捕状の不呈示と糊塗のための虚偽記入・虚偽証言。逮捕当日の尿の鑑定書→排除。その鑑定書を疎明資料の一つとする令状で押収した覚醒剤→肯定
最判昭和53年9月7日
違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当である。(中略)証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。
日本国憲法35条1項
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
刑事訴訟法1条
この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
論文ではこう使う
論文では、まず問題となる証拠収集手続(所持品検査・任意同行・逮捕・採尿)が違法かどうかを、その処分の規範で先に判定します。違法と評価したら、証拠物の証拠能力について明文が無く刑事訴訟法の解釈に委ねられることを一言で述べ、適正手続の保障と将来の違法捜査の抑制の見地から、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合に証拠能力が否定されるという規範を立てます。当てはめは違法の重大性と排除相当性の順に書き、重大性では適法な行為からの逸脱の程度、侵害された法益、令状主義を潜脱する意図の有無、事後の糊塗行為を、相当性では同種の違法が繰り返されるおそれと証拠の重要性や事件の重大性を拾います。証拠を直接得た手続自体は適法でも先行手続に違法がある事案では、同一目的・直接利用の関係と密接関連性を使って先行手続の違法を取り込みます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。