取消訴訟の立証責任とは
とりけしそしょうのりっしょうせきにん
取消訴訟の立証責任とは、取消訴訟で処分の適法性を基礎づける事実を原告と被告のどちらが主張立証するかという問題です。明文の規定はなく、法律要件分類説を出発点に、処分の性質や資料の偏在を考えて個別に決めます。
役所が営業停止を命じたのなら、その理由となる事実があったことは役所が裁判で示すのが筋です。逆に、許可の申請を断られた人が争うなら、自分が許可の要件を満たしていたことはその人が示します。処分の根拠になる資料は行政庁の側に偏っているので、裁判所が自ら証拠を集めたり、行政庁に理由を明らかにする資料を出させたりする手当ても用意されています。どちらが何を証明しなければならないかで、裁判の結論が分かれることがあります。
明文はなく、民事訴訟の考え方を出発点に処分の性質に応じて決めます
取消訴訟の立証責任については行政事件訴訟法に規定がなく、7条により民事訴訟の例によります。もっとも行政処分は行政庁が一方的にするものであり、資料も行政庁の側に偏在しているので、民事訴訟の分配をそのまま当てはめるわけにはいきません。学説は次の考え方を立て、判例は事案ごとに個別に決めています。
- 法律要件分類説根拠法規の要件を権利根拠規定と権利障害規定に分け、自己に有利な規定の要件事実を各自が立証する
- 侵害処分・授益処分二分説義務を課し権利を制限する処分は被告が適法性を立証し、授益処分の拒否では原告が要件充足を立証する
- 個別具体説処分の性質、当事者の資料への接近可能性、法の趣旨を考慮して個別に決める
侵害処分は被告が、授益処分の要件は原告が立証するのが出発点です
営業停止命令や課税処分のように、国民の自由や財産を奪う処分については、根拠法令が定める要件が備わっていたことを被告が主張立証します。法律による行政の原理から、行政庁は自ら処分の根拠を示すべきだからです。逆に、許認可や給付の申請を拒否された原告が取消しを求める場合、許認可の要件を満たしていたことは原告が立証します。申請者は自分に有利な事実の資料を持っているのが通常だからです。この振り分けは情報公開の場面で試されます。行政機関情報公開法は開示請求の対象を行政機関が保有する行政文書に限っているので、文書を保有していることは開示請求権が成立するための要件です。最判平成26年7月14日は、行政機関が文書を保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟では、その取消しを求める者が、不開示決定時に行政機関がその文書を保有していたことについて主張立証責任を負うとしました。「開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、その取消しを求める者が、当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負う」という肢は正しいです。裏返しに「開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては、被告が、当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していなかったことについて主張立証責任を負う」という肢は誤りです。過去のある時点で文書が作成・取得されたことが立証されても、決定時に保有していたと推認できるかは、文書の性質や保存期間、事務処理の実際に照らして判断されます。これに対し、文書を保有していることを前提に不開示事由を主張する類型では、不開示事由の存在は被告が立証します。
裁量処分では原告が逸脱・濫用を立証しますが、専門技術的な判断では被告が根拠を示します
行政庁に行政裁量が認められる処分では、裁判所は裁量権の逸脱・濫用があるかを審査します(30条)。逸脱・濫用は処分の効力を否定する事由なので、原告がその基礎となる事実を主張立証するのが原則です。ただし専門技術的な判断が介在する場面では修正されます。最判平成4年10月29日(伊方原発訴訟)は、原子炉設置許可の安全審査について、被告行政庁の側において、調査審議に用いられた具体的審査基準に不合理な点のないこと、および当該原子炉施設がその基準に適合するとした判断に不合理な点のないことを相当の根拠と資料に基づいて主張立証する必要があり、これを尽くさない場合には行政庁の判断に不合理な点があることが事実上推認されるとしました。安全審査の資料はすべて行政庁の側が持っていることを踏まえた、実質的な負担の転換です。裁量審査の密度と立証責任の分配は連動して動きます。
無効確認訴訟では、原告が重大かつ明白な瑕疵を具体的な事実に基づいて立証します
無効等確認訴訟は出訴期間の制限を受けない代わりに、瑕疵が重大かつ明白であることを要します。この瑕疵は処分の効力を否定する事由であり、出訴期間を過ぎてもいつでも処分の効力を否定できる例外的な救済なので、これを主張して利益を受ける原告が具体的に主張立証しなければなりません。最判昭和34年9月22日は、無効原因となる重大かつ明白な違法とは処分要件の存在を認めた処分庁の認定に重大明白な誤認がある場合をいうとした上で、原告はその誤認が重大明白であることを具体的な事実に基づいて主張すべきであり、単に抽象的に処分に重大明白な瑕疵があると主張するだけでは足りないとしました。最判昭和42年4月7日(無効確認訴訟における主張・立証責任)も、この負担が原告にあることを明らかにしています。したがって「処分が無効であることを主張する原告は、当該処分に重大かつ明白な瑕疵がある旨を抽象的に主張すれば足り、当該処分が有効であることを主張する被告が、当該処分が有効であることを基礎付ける具体的な事実を主張立証する必要がある」という肢は誤りです。取消訴訟では被告が適法性を立証すべき類型の処分であっても、無効確認訴訟に切り替えれば原告の負担が重くなるという非対称があり、出訴期間を徒過した原告にとって無効確認が容易な道ではない理由がここにあります。無効と取消しの区別はこの負担の差として現れます。
職権証拠調べはできますが、当事者の意見を聴く必要があり、職権探知までは認められません
行政事件訴訟法24条は、裁判所が必要があると認めるときは職権で証拠調べをすることができるとしつつ、その結果について当事者の意見をきかなければならないと定めます。取消訴訟は行政の適法性の確保という公益に関わり、証拠が行政庁の側に偏在しがちなので、当事者の申出を待たずに裁判所が証拠を調べることを認めたものです。「裁判所は、取消訴訟において、必要があると認めるときは、当事者の申出を待たずに証拠調べをすることができるが、その証拠調べの結果について、当事者の意見をきかなければならない」という肢は正しいです。当事者の関与しないところで集めた証拠で不意打ちの認定をしないように、意見聴取は必須です。したがって「取消訴訟においては職権証拠調べが認められているから、裁判所は、必要があると認めるときは、当事者の申立てを待たずに証人尋問を行うことができ、尋問の結果について当事者の意見をきく必要はない」という肢は誤りです。職権で調べられるのは証拠だけで、当事者が主張していない事実を裁判所が拾い上げて判決の基礎にすること、すなわち職権探知は認められません。「裁判所は、取消訴訟において、必要があると認めるときは、当事者が主張していない事実を職権で認定することができる」という肢は誤りです。行政事件訴訟法に定めがない事項は民事訴訟の例によるので(7条)、弁論主義は取消訴訟でも維持され、24条は補充的な調整にとどまります。これに対し、行政不服審査の審査請求では審査庁が職権で事実を取り上げて判断できると解されており、裁判所の取消訴訟とは違います。
釈明処分の特則で行政庁が持つ資料を早期に出させますが、不開示文書そのものは裁判所も見られません
立証責任の分配だけでは、資料の偏在を埋められません。そこで平成16年改正は釈明処分の特則を置きました(23条の2)。裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため必要があると認めるときは、処分の内容、根拠となる法令の条項、原因となる事実その他処分の理由を明らかにする資料であって処分をした行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求めることができます。「処分の取消しの訴えにおいて、裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため、必要があると認めるときは、処分の理由を明らかにする資料であって当該処分をした行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求める釈明処分をすることができる」という肢は正しいです。審査請求を経た事件では、審査請求の記録の提出を求めることもできます(同条2項)。もっとも釈明処分は証拠調べではないので、提出された資料をそのまま証拠とするには当事者が書証として提出する必要があります。また、不開示決定の当否を判断するために裁判所だけが問題の文書そのものを見る手続は、現行法には用意されていません。最決平成21年1月15日は、不開示とされた文書を対象とする検証を被告に受忍させると、不開示決定を取り消して文書が開示されたのと実質的に同じ事態を生じさせて訴訟の目的を達成させてしまうこと、原告が立会権を放棄しても事実上のインカメラ審理を求めるにほかならず、現行法はそのような審理を情報公開訴訟について採用していないことから、これを許しませんでした。「行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消訴訟において、不開示とされた文書を目的とする検証を被告に受忍義務を負わせて行うことは、原告が検証への立会権を放棄した場合であっても、許されない」という肢は正しいです。
論文ではこう使う
論文では、まず処分の性質を侵害処分か授益処分かで切り分け、法律による行政の原理と資料の偏在を理由に立証責任の分配を宣言します。侵害処分なら要件該当事実は被告が立証すべきだと述べ、被告が尽くさなければ処分は取り消されると結びます。裁量処分では、逸脱・濫用の基礎事実は原告が負うのが原則としつつ、専門技術的判断が介在する事案では伊方原発訴訟の枠組みを引き、審査基準の合理性と適合性の判断の合理性を被告が相当の根拠と資料で示すべきだと修正します。無効確認訴訟を選んだ設例では、原告が重大明白な瑕疵を具体的に立証する負担を負うと述べ、訴訟選択の当否に触れます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。