行政裁量とは
ぎょうせいさいりょう
行政裁量とは、法律が行政庁に認めた判断の幅です。裁量がある処分について、裁判所は行政庁の判断が枠を外れていないか、すなわち裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったかだけを審査します(行政事件訴訟法30条)。
法律は「相当の理由があるときは許可することができる」のように、行政庁に判断を任せる書き方をすることがあります。この任された幅が行政裁量です。外交や教育のように、その場の事情を見て決めるほかない場面では、法律が答えを一つに決めておくより、専門の行政庁に任せた方がよいからです。裁判所は、自分ならどう判断したかを考え直すのではなく、行政庁の判断が全く事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠くかを見て、枠の外に出ていたときだけ違法とします。
裁量には、要件の判断を任せるものと、効果の選択を任せるものがあります
「相当の理由があるか」のように、法律の要件に当てはまるかどうかの判断を任せるのが要件裁量です。要件を満たしたあとで、処分をするか、どんな内容にするかの選択を任せるのが効果裁量です。マクリーン事件(最大判昭53.10.4)で最高裁が法務大臣に広い裁量を認めたのは、在留期間の更新を適当と認める「相当の理由」があるかという要件の判断についてなので、要件裁量です。国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負わず、在留を続ける権利も憲法上保障されていないため、外交関係や国内の政治・経済・社会の諸事情を総合して判断するのは法務大臣にふさわしいと考えられたからです。公務員の懲戒処分では、国家公務員法82条1項が免職・停職・減給・戒告を並べて定めるだけなので、処分をするか、どの処分を選ぶかについて懲戒権者に効果裁量があります。
裁判所は当否を審査し直すのではなく、枠の外に出たかだけを見ます
裁量があるのに裁判所が自分の結論と比べて違えば違法とする、という審査は判例の採るところではありません。行政事件訴訟法30条が「裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り」と限定しているからです。神戸税関事件(最判昭52.12.20)は、裁判所が懲戒処分を審査するとき、懲戒権者と同じ立場に立って処分すべきだったか、どの処分を選ぶべきだったかを判断し、その結果と処分を比べて軽重を論じてはならないとしました。この理屈は処分の重さによって変わりません。「免職処分は、著しい不利益を伴うものであることから、裁判所が当該処分の適否を審査するに当たり、懲戒権者と同一の立場に立って、懲戒処分として免職処分を選択すべきと認められないと判断した場合は、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められ、違法となる」という肢は誤りです。判例は免職処分を特別に扱わず、免職であっても社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を濫用したと認められる場合に限って違法としています。
社会観念審査は、結論が事実の基礎を欠くか、著しく妥当性を欠くかで見ます
在留期間の更新について判例は、判断の基礎とされた重要な事実に誤認があって全く事実の基礎を欠くか、事実の評価が明白に合理性を欠いて社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかかを審理するとしました(マクリーン事件)。「法務大臣の判断が裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により上記判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により上記判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、上記判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるとすべきものである」という肢は正しいです。裁判所が自分で更新の当否を決め直すのではなく、行政庁の判断を前提にして、その結論が二つの物差しのどちらかに当たるときだけ違法とする言い回しになっているからです。公務員の懲戒処分も同じ審査の仕方で、社会観念上著しく妥当を欠くかどうかを見ます。
判断過程審査は、考慮すべき事項を尽くしたかで見ます
専門技術的な判断や、生命・身体にかかわる判断では、結論ではなく判断の過程を点検します。考慮すべき事項を考慮したか、考慮すべきでない事項を考慮していないか、審議会の調査審議と判断の過程に看過し難い過誤・欠落がないかを見る審査の仕方です。剣道実技拒否事件(最判平8.3.8)は、信仰上の理由による履修拒否を正当な理由のない履修拒否と区別せず、代替措置が不可能でもないのに代替措置の可否を何も検討しなかった校長の判断について、考慮すべき事項を考慮しておらず社会観念上著しく妥当を欠くとしました。退学処分のように学生の身分を奪う重大な不利益を与える処分では、要件の認定に特に慎重な配慮が要請されます。「代替措置を採ることが実際上可能であった場合であっても、当該学生が、剣道実技が必修でない学校を選択することができ、かつ、当該学校の入学手続時に剣道実技が必修であることを知っていた場合は、その裁量権の範囲を超える違法なものとはならない」という肢は誤りです。判例は、学生が自らの自由意思で剣道を採用している学校を選んだことを理由に、著しい不利益を与えることが当然に許容されるわけではないとしています。
裁量が認められない処分では、裁判所が自ら事実を判断します
法律が行政庁に判断を任せていない処分には裁量がなく、裁判所は行政庁の判断の過程を点検するのではなく、自ら事実を認定して結論を出します。水俣病の認定は、水俣病にり患しているという現在又は過去の客観的な事実を確認する行為であって、行政庁に申請者がり患しているかを判断する裁量を与えたものではありません。したがって「処分行政庁の判断の基準とされた認定の基準に現在の最新の医学水準に照らして不合理な点があるか否か、公害健康被害認定審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があってこれに依拠してされた処分行政庁の判断に不合理な点があるか否かといった観点から行われるべきものである」という肢は誤りです。裁判所は、経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、個々の症候と原因物質との個別的な因果関係の有無を審理の対象として、り患の有無を個別具体的に判断します(最判平25.4.16)。判断過程審査の言い回しが並んでいても、裁量がない処分にはその審査の仕方は使われません。
行政事件訴訟法 第30条
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
論文ではこう使う
論文では、裁量の有無を条文の文言と判断の性質から認定し、次に審査の仕方を選びます。生命・身体や専門技術的判断なら判断過程審査、公務員の懲戒や在留の可否なら社会観念審査です。裁量がない処分なら、裁判所が自ら事実を認定する判断代置になります。どの審査の仕方で見るかを宣言してから、考慮要素を具体的事実に当てはめます。宣言せずに当てはめると、答案が印象論になります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。