違法判断の基準時とは
いほうはんだんのきじゅんじ
違法判断の基準時とは、取消訴訟で処分が違法かどうかを、いつの時点の法令と事実に照らして判断するかという問題です。判例は取消訴訟では処分時を基準とし、義務付け訴訟・不作為の違法確認訴訟・差止訴訟では判決時(事実審の口頭弁論終結時)が基準になります。
営業許可の申請を断られ、裁判で争っている間に法律が変わって要件が緩くなったとします。それでも裁判所は、処分の時点の法律で処分が正しかったかを見ます。取消訴訟は、行政庁がその時に手にしていた法令と事実で正しく判断したかを後から審査する制度であり、裁判所が行政庁の代わりに今の状況で決め直す制度ではないからです。これに対し、これから処分をせよと命じる義務付け訴訟では、判決の時点で処分をすべきかを見ます。
取消訴訟の基準時は処分時であり、処分後の法令と事実の変動は考慮しません
判例は一貫して処分時を基準とします。最判昭和27年1月25日(違法判断の基準時)は、裁判所が判断すべきことは係争の処分が違法に行われたかどうかであり、処分の後に法律が改正されても、行政庁は改正後の法律によって処分をしたのではないから、裁判所が改正後の法律によって処分の当否を判断することはできないとしました。取消訴訟は行政庁がした処分が当時の法に照らして適法だったかを事後的に審査する制度であり、判決時を基準にすると裁判所が自ら行政庁の立場に立って処分をやり直すことになって、第一次的な判断権を行政庁に委ねた法の建前に反するからです。したがって、処分後に法令が改正されて要件が緩められても、処分時に要件を欠いていた以上は違法のままです。逆に、処分時には適法だった処分が、後の法改正で違法になることもありません。処分後に相手方の事情が改善しても、処分時の判断は覆りません。もっとも、基準時を処分時に置くことは、訴訟に提出できる資料を処分時に行政庁が現実に手にしていたものに限るという意味ではありません。処分時に客観的に存在していた事実であれば、訴訟で初めて提出された資料によって認定してかまいません。行政庁が見落としていた事実を被告が立証して処分の適法性を基礎づけることも、原告が処分時の瑕疵を新たな証拠で明らかにすることも、いずれも基準時の問題にはなりません。なお、処分後の事情は違法性の判断からは外れても、訴えの利益の消滅や事情判決の可否という別の入口で考慮されます。
- 法令の変動処分後に根拠法令が改正されても、原則として処分時の法令で適否を判断する
- 事実の変動処分後に生じた事情は、処分の違法性を左右しない
- 新資料処分時に存在した事実であれば、訴訟で新たに提出された資料によって認定してよい
- 訴訟類型義務付け訴訟・不作為の違法確認訴訟・差止訴訟では判決時(事実審の口頭弁論終結時)が基準になる
原子炉の安全性は、処分時ではなく現在の科学技術水準に照らして審査します
専門技術的な判断が争われる場面では、基準時の意味がはっきり現れます。原子炉設置許可の適否は、専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた行政庁の判断に不合理な点があるかという枠組みで審理されます。最判平成4年10月29日(伊方原発訴訟)は、この審理と判断を現在の科学技術水準に照らして行い、調査審議で用いられた具体的審査基準に不合理な点があるか、あるいは調査審議と判断の過程に看過し難い過誤、欠落があって行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、その判断に不合理な点があるものとして許可処分は違法になるとしました。原子炉の安全性の判断は将来にわたる災害の防止を目的とするものであり、万一の被害が重大であることから、許可時の知見で固定してしまうと制度の趣旨に反するからです。したがって「取消訴訟の違法判断の基準時は処分時であるから、原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟において、裁判所の審理、判断は、当該処分当時の科学技術水準に照らして行われるべきである」という肢は誤りです。同じく「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであるから、その合理性の有無は当該設置許可処分時の科学技術水準に照らして審理、判断されるべきである」という肢も誤りです。前半の審理の枠組みは判例のとおりですが、後半で処分時の科学技術水準としている点が判例と違います。この判例は、基準時そのものを判決時に移したものではなく、処分時にされた判断の合理性を審査するための資料として現在の知見を用いるものだと説明されています。審理の対象はあくまで許可の時点でされた調査審議と判断であり、その過程に看過し難い過誤や欠落があるかを問うています。
処分時に存在した事実でも、処分の同一性を失わせる理由には差し替えられません
基準時と理由の差替えは別の問題です。処分時に存在した事実なら基準時の壁には触れませんが、その事実を処分の理由として後から主張できるかは、処分の同一性という別の物差しで決まります。「飲酒運転を理由とする公務員の懲戒処分の取消訴訟において、当該公務員が処分時以前に公金横領をしていたことが判明したとして、被告がこれを懲戒事由として主張することは許されない」という肢は正しいです。公金横領は処分時より前の事実なので基準時には反しませんが、懲戒処分はどの非違行為を理由とするかが処分の内容と不可分に結び付いており、飲酒運転を理由とする懲戒処分に公金横領という別の非違行為を持ち出すと処分の同一性が失われるため、理由の差替えとして許されません。処分時以前の事実だからという理由だけで主張できると考えると、この結論を誤ります。基準時は「いつの法令と事実で測るか」を決める規律であり、理由の差替えは「どの事実を処分の根拠として主張できるか」を決める規律なので、二つの関門を順に通す必要があります。処分後に判明した事実であっても、処分時に存在していた事実であれば前者の関門は通りますが、後者で止まることがあります。
義務付け訴訟と不作為の違法確認訴訟は判決時が基準です
義務付け訴訟は、裁判所が行政庁に一定の処分をせよと命ずる訴訟です。命令は判決の時点から将来に向けて効力を持つので、判決時に処分をすべきであるといえなければなりません(37条の2第5項、37条の3第5項)。したがって基準時は事実審の口頭弁論終結時です。不作為の違法確認訴訟も、申請に対して応答がないという状態が今も続いているかを問う訴訟なので、判決時が基準になります。「不作為の違法確認の訴えにおける当該不作為の違法性の判断は、事実審の口頭弁論終結時を基準にすべきである」という肢は正しいです。この点を正面から判示した最高裁判例はありませんが、不作為の継続的な性質から、事実審の口頭弁論終結時を基準とする理解が一般的です。差止訴訟も、将来される処分を止める以上は判決時を基準とします。申請拒否処分の取消訴訟と申請型義務付け訴訟が併合されている場合、同じ事件の中で二つの基準時が併存します。拒否処分の適否は処分時、義務付けの可否は判決時で判断するので、法令が改正された設例では結論が分かれることがあります。拒否処分の時点では要件を欠いていたが判決の時点では要件を満たすという場合、拒否処分の取消請求は認められないのに義務付け請求は認められるという組合せもあり得ます。逆に、拒否処分は違法だが判決時には法令が厳格化されて処分をすべきとはいえない場合には、取消しだけが認められ、義務付けは棄却されます。
取消判決の後の再処分は、判決時の法令と事実に従います
処分時説は、行政庁が処分をやり直す場面には及びません。取消判決が確定すると、行政庁は判決の効力のうち拘束力により、判決の趣旨に従って改めて処分をしなければならない場合があります(33条2項)。この再処分は判決後の時点でされるので、そのときに有効な法令と、そのときの事実を前提に判断します。申請が拒否され、取消判決を得た後に根拠法令が改正されて要件が厳しくなっていれば、行政庁は新法の下で再び拒否することがあり得ます。拘束力は同じ理由で同じ処分をすることを封じるだけで、法令改正という別の理由による拒否まで禁じるものではないからです。処分時説を採ったからといって、行政庁が古い法令に縛られ続けるわけではありません。原告が確実に許認可を得たいのであれば、拒否処分の取消訴訟に申請型義務付け訴訟を併合し、判決時を基準とする判断を求めることになります。行政不服審査の裁決は、審査庁が行政機関として処分の違法だけでなく不当も審査するので、裁決時を基準に判断するのが一般的な理解であり、取消訴訟の処分時とは違います。
論文ではこう使う
論文では、まず訴訟類型を確定してから基準時を宣言します。取消訴訟なら、取消訴訟は行政庁の第一次判断の事後審査であることを理由に処分時説を立て、処分後の事情は違法性の判断から除くと述べます。その上で、処分後の事情は訴えの利益の消滅や事情判決の要件として別に評価すると補います。安全性の審査が問題になる設例では、伊方原発訴訟の枠組みを引き、現在の科学技術水準による審査が例外として認められる理由を将来の災害防止という趣旨から説明します。義務付け訴訟を併合する設例では、拒否処分の取消しは処分時、義務付けは判決時と基準時を書き分け、法令改正の影響を各請求ごとに当てはめます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。