行政指導とは
ぎょうせいしどう
行政指導とは、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって、処分に当たらないものです。相手方の任意の協力によってのみ実現される働きかけで、法的拘束力はありません。
マンションを建てようとしたら、区役所の担当者から「近所の住民と話し合ってから工事を始めてください」と言われたとします。これは命令ではなく、お願いです。断っても罰はなく、従うかどうかは建築主が決めます。役所は許可や命令のような一方的な処分だけでなく、こうした働きかけで仕事を進めることが多く、これを行政指導といいます。相手の同意で動くものだからこそ、行政手続法は、所掌事務の枠を守ること、内容と責任者をはっきり示すこと、断った人に不利益を与えないことを求めています。
行政指導は相手方の任意の協力によってのみ実現されるので、法律の根拠は要りません
行政手続法2条6号は、行政指導を、行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものと定義しています。処分ではないので相手方の権利を一方的に制限したり義務を課したりする力はなく、内容はあくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されます(同法32条1項)。侵害留保の原則が法律の根拠を求めるのは、国民の権利を制限し義務を課す権力的な作用ですから、行政指導に作用法上の個別の根拠規定は要りません。判例も、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導が一定の場合に違法とならないとし(最判昭和59年2月24日)、行政機関はその任務ないし所掌事務の範囲内で指導、勧告、助言等をすることができ、これは公務員の職務権限に基づく職務行為であるとしています(最大判平成7年2月22日)。したがって「行政指導をすることができる旨を定めた明文の規定がない場合であっても、これをすることができる」という肢は正しいです。根拠規定が要らない代わりに、行政指導に携わる者はいやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないという枠が条文で明示されています。組織規範が与えた任務の外に出ることは、法律の根拠の有無以前に許されないからです。
行政指導に携わる者は、趣旨・内容・責任者を相手方に明確に示し、求められれば書面を交付します
行政指導は処分ではありませんが、事実上の影響力が大きく、責任の所在があいまいなまま行われると、相手方は従うかどうかを自主的に判断できず、後から争う手がかりも失います。そこで行政手続法35条1項は、行政指導に携わる者は、その相手方に対して、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明確に示さなければならないと定め、例外を置いていません。口頭の行政指導でもこの義務は変わりません。「処分に該当しない行為であるから、必ずしも明確に示すことは要しない」という肢は誤りです。示すことと書面にすることは別の義務です。書面の交付は、行政指導が口頭でされた場合に相手方から求められたときに、行政上特別の支障がない限り行う義務です(同条3項)。また、許認可等をする権限や不利益処分をする権限を行使し得る旨を示して行政指導をするときは、その権限の根拠となる法令の条項、要件、要件に適合する理由も示さなければなりません(同条2項)。権限をちらつかせる指導は相手方の任意性を弱めるので、根拠を明らかにさせるという趣旨です。
従わなかったことを理由とする不利益な取扱いは禁止されますが、法令に基づく公表は別です
行政手続法32条2項は、行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないと定めています。任意の協力で実現されるべきものである以上、断った人に事実上の制裁を加えて従わせることは行政指導の性質と矛盾するからです。もっとも、この規定が禁じているのは、法令上の根拠を欠いたまま、従わないことに対する事実上の制裁として不利益を課すことです。勧告に従わない場合にその旨及び勧告の内容を公表できる旨を法令が明文で定めているときは、その公表は行政指導の効果としてではなく法令の規定に基づく独立の措置として行われるので、同項に反しません。侵害留保の考え方からも、国民の権利を制限し義務を課す作用は法律の根拠があれば許されます。国土利用計画法や大規模小売店舗立地法に、勧告に従わない者の氏名や勧告の内容を公表する規定があります。「法令上の規定がある場合でも許されない」という肢は誤りです。
申請の処分を留保して行政指導を続けることは、相手方が真摯かつ明確に拒否した後は原則として違法です
建築確認の申請を受けた東京都が、付近住民との紛争を解決するよう行政指導を続け、確認処分を留保した事案で、最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)は二段階に分けて判断しました。建築主が確認処分の留保に不服を述べることなく行政指導に応じて住民との話合いを続けている間は、留保は直ちに違法にはなりません。しかし、建築主が行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し、確認処分の留保に不服を表明した後は、建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは許されません。この段階では、建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量し、建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法になります。公益上の必要性が残っているというだけでは特段の事情に当たりません。したがって「公益上の必要性が失われていないときは違法ではない」という肢は誤りです。行政手続法33条も、申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導は、申請者が従う意思がない旨を表明したにもかかわらず継続して申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならないと定め、この判例の考え方を条文にしました。
行政指導の限度を超えて事実上強制すれば違法になり、相手方は中止等の措置を求めることもできます
最判平成5年2月18日(武蔵野マンション事件)は、市の宅地開発指導要綱に基づく教育施設負担金の納付を求めた行政指導について、水道の給水を拒否するなどの制裁措置を背景に、任意の協力を求める範囲を超えて納付を事実上強制したものとして違法とし、国家賠償責任を認めました。行政指導自体は根拠なくできても、相手方の任意性が失われれば行政指導の限度を超え、国家賠償法1条1項の違法になります。平成26年の改正で、相手方が行政過程の中で是正を求める手続も置かれました。法令に違反する行為の是正を求める行政指導で、その根拠となる規定が法律に置かれているものの相手方は、当該行政指導が当該法律に規定する要件に適合しないと思料するときは、当該行政指導をした行政機関に対し、その旨を申し出て、当該行政指導の中止その他必要な措置をとることを求めることができます(行政手続法36条の2第1項本文)。ただし、その行政指導が相手方について弁明その他意見陳述のための手続を経てされたものであるときは、この限りではありません(同項ただし書)。申出を受けた行政機関は必要な調査を行い、要件に適合しないと認めるときは中止その他必要な措置をとらなければなりません(同条3項)。「法令に違反する行為の是正を求める行政指導を受けた者は、原則として、当該行政指導をした行政機関に対して、当該行政指導の中止等の措置を求めることができる」という肢は正しいです。行政指導は処分ではないので取消訴訟で争いにくく、そのぶん行政の内側で正す入口を用意したものです。
行政手続法 第32条 第1項
行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)
行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは、違法である。
論文ではこう使う
論文では、指導自体の適法性と、指導を続けるために処分を留保したことの適法性を分けて書きます。前者は所掌事務の範囲と目的の正当性、後者は相手方の任意性が失われた時点を事実から特定し、その後の留保を違法と評価する流れです。任意性が失われた時点は、相手方が行政指導には応じられないとの意思を真摯かつ明確に表明した事実から認定し、公益上の必要性との比較衡量で特段の事情がないことを述べます。給水拒否のような制裁を背景にした指導は、任意の協力を求める限度を超えたものとして違法と評価します。国家賠償につなげる問題が多いので、損害と因果関係まで書ききります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。