商人間の留置権と流質契約(債務の履行の場所)とは
しょうにんかんのりゅうちけんとりゅうしちけいやく
商人間の留置権とは、商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときに、債権者がその弁済を受けるまで、債務者との間の商行為によって自己の占有に属した債務者所有の物又は有価証券を留置できる権利のことで、民法の留置権と違って債権と物の牽連性を要しません(商法521条)。流質契約とは、弁済期前に質物の所有権を質権者に取得させる約定のことで、商行為によって生じた債権を担保する質権では民法の禁止が外れます(商法515条)。
自動車整備の会社が、取引先の運送会社からトラックの修理を預かっている間に、別に売った部品の代金を払ってもらえなかったとします。民法の留置権は「その物に関して生じた債権」でなければ使えませんが、商人同士が営業で取引を重ねているときは、個々の取引ごとに担保を取るのは面倒なので、商法は、商行為で預かっている相手の物なら、別の商行為で生じた債権のためにも留置できることにしました。相手も自分も商人で、債権も占有も商行為から生じていることが条件です。
商人間の双方的商行為で生じた債権が弁済期にあれば、商行為で占有した債務者所有の物を、債権との牽連性が無くても留置できます
商法521条本文は、商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができると定めます。要件は、当事者双方が商人であること、債権が双方のために商行為となる行為によって生じ弁済期にあること、目的物が債務者との間の商行為によって債権者の占有に属したこと、目的物が債務者の所有物であることの4つです。民法の留置権(民法295条1項)と違い、債権がその物に関して生じたことは要りません。「甲社が乙社から買った目的物の代金をその弁済期になっても支払わない場合には、別段の意思表示がない限り、乙社は、甲社から修理のために預かっていた別の動産であって甲社が所有するものの返還を拒むことができる」という肢は正しいです。占有を取得した時に債務者の所有であればよく、その後に債務者が所有権を失っても留置を続けられます。「その物の占有取得後に債務者がその物の所有権を失ったときであっても,その物を留置することができる」という肢は正しいです。当事者の別段の意思表示があれば成立しません(521条ただし書)。
当事者の一方が商人でなければ商人間の留置権は成立せず、判例は信用金庫を商人に当たらないとします
商人間の留置権は双方が商人であることを要するので、商人と商人でない顧客との取引では成立しません。写真の撮影を業とする商人が商人でない顧客に対して弁済期の債権を持ち、その顧客の物を占有している場合でも、その債権が物に関して生じたものでなければ民法の留置権も成立せず、留置できません。「当該債権がその物に関して生じたものでなくても,その商人は,当該債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる」という肢は誤りです。判例は、信用金庫は国民大衆のための協同組織の金融機関で、その業務は営利を目的とするものではないから商法上の商人に当たらないとしました(最判昭和63年10月18日)。信用金庫が会社から取立委任を受けて占有する約束手形について、その会社に対する貸金債権を被担保債権とする商人間の留置権は成立しません。「B信用金庫は,…この約束手形について商事留置権を有する」という肢は誤りです。これに対し、代理商の留置権(31条)と問屋の留置権(557条・31条)は、本人のために占有する物又は有価証券であればよく、債務者の所有物であることや商行為によって占有したことは要件でないので、「代理商の留置権の目的物は,個人商人の所有する物又は有価証券であることを要する」という肢は誤りです。
商行為によって生じた債権を担保する質権では、弁済期前に質物の所有権を質権者に取得させる流質契約ができます
民法349条は、質権設定者が設定行為又は債務の弁済期前の契約で、質権者に弁済として質物の所有権を取得させることを約することを禁じます(流質契約の禁止)。窮迫した債務者が高価な質物を安く取られるのを防ぐ趣旨です。商法515条は、商行為によって生じた債権を担保するために設定した質権には民法349条を適用しないと定め、流質契約を有効とします。商取引の当事者は利害計算ができ、担保の簡易な実行を認める方が取引の実情に合うからです。被担保債権が商行為によって生じたものであればよく、当事者双方が商人である場合に限り適用される規律ではありません。「商行為によって生じた債権を担保するために設定された質権の質権設定者は,債務の弁済期前の契約において,質権者に弁済として質物の所有権を取得させることを約することができる」という肢は正しいです。
商行為によって生じた債務の履行の場所が定まらないときは、特定物の引渡しは行為の時にその物があった場所、その他の債務は債権者の現在の営業所でします
商法516条は、商行為によって生じた債務の履行をすべき場所がその行為の性質又は当事者の意思表示によって定まらないときは、特定物の引渡しはその行為の時にその物が存在した場所において、その他の債務の履行は債権者の現在の営業所(営業所が無い場合はその住所)においてしなければならないと定めます。不特定物の引渡しは「その他の債務」なので債権者の現在の営業所です。「不特定物の引渡しは、債務者の現在の営業所においてしなければならない」という肢は誤りです。出題当時の516条2項は、指図債権と無記名債権の弁済は債務者の現在の営業所でしなければならないと定めていましたが、平成29年民法改正に伴い削除され、現在は民法520条の8が、指図証券の弁済は債務者の現在の住所でしなければならないと定めています。「商行為によって生じた債務に係る債権が指図債権である場合でも,…その債務の履行は,債権者の現在の営業所においてしなければならない」という肢は、出題当時は旧516条2項により誤りで、現行法でも民法520条の8により債権者の営業所ではないので誤りです。「当該債務に係る債権が指図債権であっても,取引の性質又は当事者の意思表示によってその履行をすべき場所が定まらない限り,債権者の現在の営業所で履行しなければならない」という肢も同じ理由で誤りです。
商人間の留置権・流質契約・履行の場所(商法515条・516条・521条)
- 521条 商人間の留置権: ①双方が商人、②双方的商行為で生じた弁済期の債権、③債務者との商行為で占有、④債務者所有の物・有価証券。牽連性不要。別段の意思表示で排除可
- 占有取得後に債務者が所有権を失っても留置できる。一方が商人でないと成立しない(信用金庫は商人でない: 最判昭63.10.18)
- 代理商の留置権(31条)・問屋の留置権(557条): 本人のために占有する物でよく、所有・商行為による占有は不要。運送人・運送取扱人の留置権(574条・562条)は運送品に関する債権だけ
- 515条 流質契約: 商行為によって生じた債権を担保する質権には民法349条を適用しない。双方が商人である必要は無い
- 516条 履行の場所: 特定物の引渡しは行為の時に物があった場所、その他は債権者の現在の営業所。旧2項(指図債権は債務者の営業所)は削除され民法520条の8へ
商法521条
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。
商法516条
商行為によって生じた債務の履行をすべき場所がその行為の性質又は当事者の意思表示によって定まらないときは、特定物の引渡しはその行為の時にその物が存在した場所において、その他の債務の履行は債権者の現在の営業所(営業所がない場合にあっては、その住所)において、それぞれしなければならない。
論文ではこう使う
債務者の倒産場面で債権者が商人間の留置権を主張する事案では、521条の4要件(双方が商人、双方的商行為で生じた弁済期の債権、債務者との商行為による占有、債務者の所有物)を順に当てはめ、民法の留置権と違って債権と物の牽連性が要らないことを示します。目的物が不動産や取立委任を受けた手形である場合は、「物又は有価証券」に当たるかを論点として立て、判例が不動産も対象になるとしたことに触れます。当事者の一方が商人でない事案では521条は使えず、民法295条の牽連性の有無に戻ります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。