賄賂罪の保護法益と「賄賂」の意義とは
わいろざいのほごほうえきとわいろのいぎ
賄賂とは、公務員の職務に対する対価としての不正な利益をいい、金銭や物品に限らず、有形無形を問わず、人の需要・欲望を満たす一切の利益を含みます。賄賂罪の保護法益について、判例は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼であるとしています。
市役所の担当者が、許可を出したお礼として業者から商品券を受け取ったとします。許可そのものが正しい判断だったとしても、周りからは「お礼をすれば有利に扱ってもらえるのではないか」と見えてしまいます。公務は金品で動かないと信じられているからこそ、人は役所の判断に従います。そこで刑法は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を守るために、職務の対価として利益をやり取りすること自体を賄賂罪として処罰しています。
賄賂罪の保護法益は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼です
判例は、賄賂罪は公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするとしています(最大判平成7年2月22日)。この立場からは、賄賂罪の基本類型は単純収賄罪(197条1項前段)です。現実に公務が賄賂によって左右されていない場合も処罰されるのは、公務が賄賂によって左右されたのではないかという不信感を国民に抱かせるからだと説明されます。「公務員が,その職務に関し,賄賂を収受したとき,当該職務が適切なものであっても単純収賄罪(刑法第197条第1項前段)が成立する」という肢は正しいです。これに対し、「社会一般の信頼」という概念は不明確であるとして、端的に公務員の職務の公正が保護法益であるとする見解もあります。この見解からは、不正な職務行為が行われた場合を処罰する加重収賄罪が賄賂罪の基本類型となり、単純収賄罪は、不正な職務行為が行われる危険を根拠に処罰する危険犯と位置付けられます。この見解に対しては、過去の職務行為に関して賄賂を収受した場合にも賄賂罪が成立することを説明するのが困難であるという批判が向けられます。すでに終わった職務が、後から受け取った賄賂によって不正なものになる危険は考えにくいからです。この見解の側は、職務遂行時における賄賂への期待に基づく職務への影響の可能性を理由に、可罰性を肯定することができると答えます。
- 職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とする見解(判例)基本類型は単純収賄罪。職務が適切でも、公務が賄賂によって左右されたのではないかという不信感を国民に抱かせるので処罰する。「社会一般の信頼」という概念が不明確であるという批判がある
- 職務の公正を保護法益とする見解基本類型は加重収賄罪。単純収賄罪は、不正な職務行為が行われる危険を根拠に処罰する危険犯と位置付ける。過去の職務行為に関する賄賂の収受を説明するのが困難であるという批判がある
賄賂は、有形無形を問わず、人の需要・欲望を満たす一切の利益を含みます
賄賂とは、公務員の職務に対する対価としての不正な利益をいいます。判例は、賄賂は財物に限られず、有形無形を問わず、人の需要若しくは欲望を満たすに足りる一切の利益を含むとしています(大判明治43年12月19日)。職務の対価として利益が授受されれば、その利益が財産的なものでなくても、職務の公正とこれに対する社会一般の信頼は害されるからです。「刑法上,賄賂の目的物は,有体物に限られないが,財産上の利益でなければならない」という肢は誤りです。「賄賂罪の客体である「賄賂」の対象となり得る利益は、有体物に限られないものの、財産上の利益である必要がある」という肢も誤りです。判例で賄賂に当たるとされたものには、金銭や物品のほか、債務の肩代わり、饗応接待、異性間の情交(最判昭和36年1月13日)、値上がりが確実な未公開株式を公開価格で取得できる利益(最決昭和63年7月18日)があります。
代金が時価相当額であっても、売れずにいた土地を換金できた利益は賄賂に当たります
通常の経済取引の形をとっていても、そこから得られる利益が職務の対価であれば賄賂に当たります。最決平成24年10月15日は、県知事であった被告人とその実弟が、実弟の会社が早期に売却する必要があったのに思うように売却できずにいた土地を、県発注の工事を受注した業者の側に、受注の謝礼の趣旨で買い取ってもらい、代金の支払を受けた事案です。最高裁は、土地の売買代金が時価相当額であったとしても、土地の売買による換金の利益は、職務についての対価性を有するものとして賄賂に当たるとしました。代金に上乗せがあったかどうかではなく、売却の機会を得て換金できたこと自体が利益と捉えられています。市の土木部長が、それまで買手が全く見付からなかった農地を、便宜を図ってきた業者に時価で買い取ってもらった事例について、「乙がCから交付を受けた現金700万円は通常の経済取引に基づく不動産の購入代金であり,不正な利益としての賄賂には当たらないので,乙に収賄罪(収受)は成立しない」という肢は誤りです。
賄賂は職務行為に対するものであれば足り、個々の職務行為との間の対価関係は要りません
利益が賄賂に当たるためには、公務員の職務との間に対価関係があることが必要です。もっとも、判例は、賄賂は職務行為に対するものであれば足り、個々の職務行為と賄賂との間に対価的関係のあることを必要とするものではないとしています(最決昭和33年9月30日)。どの職務行為に対する謝礼かが特定されていなくても、その公務員の職務に対する謝礼として利益が授受されれば、職務の公正に対する社会一般の信頼は害されるからです。「賄賂罪の「賄賂」は,公務員の職務に関する不正な利益であれば足り,個別の職務行為との間に具体的な対価関係があることを要しない」という肢は正しいです。単純収賄罪が請託を要件としていないことも、これと対応しています。特定の職務行為の依頼を受けたという事情が加わると、刑が重い受託収賄罪(197条1項後段)になります。
中元・歳暮の名目の贈与でも、職務との対価関係が認められれば賄賂に当たります
社交儀礼としての贈答が賄賂に当たるかについて、判例は、職務との対価関係が認められるかどうかを基準にしています。古い判例は、中元や歳暮における社交上の慣習儀礼と認められる程度の贈物であっても、公務員の職務に関して授受される以上は賄賂罪が成立するとしています(大判昭和4年12月4日)。「公務員が物品の贈与を受けた場合,それが中元・歳暮の名目で贈与されたものであっても,同人の職務との対価関係が認められる限り,単純収賄罪(刑法第197条第1項前段)が成立する」という肢は正しいです。他方で、名目ではなく実質として慣行的社交儀礼にとどまる贈答は、職務行為の対価とはいえません。最判昭和50年4月24日は、中学校の教諭が新たに学級担任となった際に生徒の保護者から贈答用小切手を受け取った事案で、慣行的社交儀礼として行われたものとみる余地が十分にあり、教育指導の職務行為そのものに関する対価的給付であると断ずるには合理的な疑いが残るとして、収賄罪の成立を認めた原判決を破棄しました。「公立中学校の教員が、自らが担任を務める生徒の保護者から商品券を受け取った場合、それが慣行的社交儀礼としてなされたものであっても、常に「賄賂」に当たる」という肢は誤りです。学説には、慣習上社交儀礼として是認される範囲内の贈与であれば、対価関係があっても賄賂に当たらないとする見解もあります。
公務員が恐喝や欺罔の手段で利益を交付させた場合も、職務執行の意思があれば収賄罪が成立します
公務員が、職務に関して相手方を恐喝し、又は欺いて金品を交付させた場合に、恐喝罪・詐欺罪のほかに収賄罪が成立するかについては、見解が分かれています。恐喝罪・詐欺罪のみが成立するとする見解は、脅し取られることを贈賄として禁止するのは不合理なので贈賄罪は成立せず、これに対応して収賄罪も成立しないと考えます。恐喝罪・詐欺罪と収賄罪の両方が成立するとする見解は、収賄罪の成立には賄賂が全く任意に交付されたことまでは必要でなく、財産犯では職務の公正とこれに対する社会一般の信頼の侵害を評価できないと考えます。判例は、公務員に職務執行の意思がなく、職務執行に名を借りて金品を脅し取ったにすぎない場合には恐喝罪のみが成立するとしています(最判昭和25年4月6日)。職務執行の意思がなければ、交付された金品を職務に対する対価とみることができないからです。職務執行の意思がある場合には、収賄罪も成立し、恐喝罪・詐欺罪とは保護法益が異なるので観念的競合になります。交付した相手方についても、判例は、畏怖していたとしても交付に任意性が認められる以上、贈賄罪が成立するとしています(最決昭和39年12月8日)。
刑法197条1項
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の拘禁刑に処する。
最大判平成7年2月22日(ロッキード事件丸紅ルート)
賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではない。
論文ではこう使う
論文では、公務員が受け取った利益が賄賂に当たるかを認定する場面で使います。まず、賄賂罪の保護法益が職務の公正とこれに対する社会一般の信頼にあることを示し、賄賂とは職務に対する対価としての不正な利益であって、人の需要・欲望を満たす一切の利益を含むと定義します。次に、問題文の利益が何であるかを特定します。時価での売買のように取引の形をとっている場合は、売れずにいた物を換金できたことなど、取引によって得た利益そのものを指摘します。そのうえで、その利益が公務員の職務に対する謝礼の趣旨で授受されたことを、依頼の内容や両者の関係から認定します。公務員が脅して交付させた事例では、公務員について恐喝罪と収賄罪の成否を検討し、職務執行の意思があれば両罪が成立して観念的競合になると書きます。相手方については、交付に任意性が残っていることを理由に贈賄罪の成立を認めます。
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