公務執行妨害罪の「職務」と「執行するに当たり」とは
こうむしっこうぼうがいざいのしょくむとしっこうするにあたり
職務とは、公務執行妨害罪(刑法95条1項)では、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてをいいます。「執行するに当たり」とは、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してから終了するまでと、これと時間的に接着し切り離すことのできない一体的関係にある範囲をいいます。
市役所の窓口で制度の説明をしている職員も、街頭で職務質問をしている警察官も、公務を行っています。公務執行妨害罪は、公務員個人ではなく公務が円滑に行われることを守る罪なので、守られる「職務」は強制力を使う仕事に限られず、公務員が取り扱う事務の全体に及びます。他方で、勤務時間中であれば常に守られるわけではなく、具体的な職務を行っている最中か、まさに始めようとする場面などに限って守られます。
「職務」には、強制力を行使しない公務を含め、公務員が取り扱う事務のすべてが含まれます
公務執行妨害罪(95条1項)の保護法益は公務の円滑な執行であり、判例は「職務」について「ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれる」としています(最判昭和53年6月29日)。逮捕や強制執行のような権力的公務に限る理由はなく、窓口での説明や調査のような非権力的公務も「職務」に当たります。したがって、「強制力を行使しない公務は,業務妨害罪における「業務」には該当するが,公務執行妨害罪における「職務」には該当しない」という肢は誤りです。反対に、「強制力を行使しない非権力的公務は,公務執行妨害罪における「公務」に当たるとともに業務妨害罪における「業務」にも当たる」という肢は正しいです。判例は強制力を行使する権力的公務を業務妨害罪の「業務」から外していますから、非権力的公務は暴行・脅迫に対しては公務執行妨害罪で、威力・偽計に対しては業務妨害罪で守られることになります。
「公務員」は日本の法令により公務に従事する職員を指し、外国の大使館の職員は含まれません
公務執行妨害罪は「公務員が」職務を執行する場面でなければ成立しません。刑法7条1項は公務員を「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」と定めており、ここでいう国は日本国、法令は日本の法令を指します。判例も、外国の領事館員は刑法上の公務員に当たらないとしています(最判昭和27年12月25日)。日本国内にある外国大使館の職員が大使館の業務に従事していた際に顔面を殴った事例について、「乙は「公務員」に当たらないので,甲に公務執行妨害罪は成立しない」という肢は正しいです。この場合、暴行罪が成立するにとどまります。
「執行するに当たり」は、職務の開始から終了までと、これと切り離せない一体的関係にある範囲を指します
「執行するに当たり」は、職務を執行している最中よりも広く、職務を執行する際にという意味です。判例は、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲と、まさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように、当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為に限って保護されるとしています(最判昭和45年12月22日)。職務質問をしようと近づいてきた警察官に、質問が始まる前に暴行を加えた事例について、「乙が職務質問を開始する前に暴行を加えたにすぎないから,甲には公務執行妨害罪は成立しない」という肢は誤りです。通報を受けて飲食店に臨場した警察官を、「乙から事情聴取を受ける前に,その場から逃走する目的で乙を1回殴り,乙がひるんだ隙に同店から逃げた。甲には公務執行妨害罪は成立しない」という肢も誤りです。どちらも警察官は職務の執行をまさに開始しようとしており、暴行は職務の執行と切り離せない場面で加えられているからです。もっとも、この判例は、駅の助役が会議室での点呼を終え、数十メートル離れた助役室での事務引継ぎに向かうため退出しようとしたところで暴行を受けた事案では、公務執行妨害罪の成立を否定しました。職務は抽象的・包括的にではなく具体的・個別的に捉えるので、勤務時間中であるというだけでは「執行するに当たり」とはいえません。
休憩を宣言した直後の議長は、秩序を保持する職務を現に執行しています
職務の性質によっては、ある時点で職務が終わったと切り分けることが不自然な場合があります。判例は、県議会の委員会で議事が紛糾し、委員長が休憩を宣言して退出しようとした際に暴行を受けた事案について、委員長は休憩宣言により職務の執行を終えたものではなく、休憩宣言後も、委員会の秩序を保持し紛議に対処するための職務を現に執行していたとして、公務執行妨害罪の成立を認めました(最決平成元年3月10日)。したがって、議長が休憩を宣言した後、紛議に対処するために壇上から降りようとした際に腹部を蹴った事例について、「休憩宣言により職務の執行を終えているから、甲に公務執行妨害罪は成立しない」という肢は誤りです。議長が休憩を宣言して壇上から降りようとした際に顔面を殴った事例でも、公務執行妨害罪が成立します。判例は、運転士が乗務を交替した後、終業点呼を受けるために助役のもとへ赴く際に暴行を受けた事案でも成立を認めており(最決昭和54年1月10日)、一連の職務として把握できるかどうかを職務の性質に即して判断しています。
職務の内容を取り違えていても、公務員が職務を執行していることを認識していれば故意が認められます
公務執行妨害罪の故意は、公務員が職務を執行するに当たり、これに暴行・脅迫を加えることの認識です。行為者が、公務員の執行している職務を別の職務と取り違えていたとしても、公務員が職務を執行していること自体は認識していますから、同じ構成要件の中での取り違えにすぎず、故意は否定されません。公務員乙が法令上の職務Aを執行しているのに、別の職務Bを執行していると誤信して顔面を殴った事例について、「乙の執行する職務が職務Bでなく職務Aであると分かっていれば,甲は上記暴行には及ばなかったという事情があった場合でも,甲には公務執行妨害罪が成立する」という肢は正しいです。職務が違法であると誤信した場合の処理は、これとは別に、職務の適法性の錯誤として扱われます。
刑法95条1項
公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
刑法7条1項
この法律において「公務員」とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。
論文ではこう使う
論文では、暴行・脅迫が職務の執行中に加えられたとは言い切れない事例で、「職務を執行するに当たり」の認定が問われます。まず、公務執行妨害罪は公務員ではなく公務を保護する罪であることを示し、「職務を執行するに当たり」とは、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してから終了するまでの時間的範囲と、当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にある範囲をいうと規範を立てます。そのうえで、当該公務員がどの職務を担っていたのか、暴行の時点がその職務の開始・終了とどれだけ近いか、職務の性質上ひと続きのものとして捉えられるかを事実から拾って当てはめます。職務の適法性が争点になる事例では、時間的範囲を認定した後に適法性の検討へ進みます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。