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用語集 / 刑法 / 推定的同意・治療行為・安楽死・危険の引受け

推定的同意・治療行為・安楽死・危険の引受けとは

すいていてきどういちりょうこういあんらくしきけんのひきうけ

刑法 違法性阻却

推定的同意とは、被害者の現実の同意はないものの、被害者が事態を正しく認識していれば同意したであろうと認められる場合をいい、違法性が阻却されます。治療行為、安楽死、危険の引受けも、被害者の意思を手がかりに違法性の阻却を論じる場面です。

留守の隣家で水道管が破裂して水があふれているのを見つけ、勝手に上がり込んで元栓を閉めたとします。家の人の許しは得ていませんが、もし家の人がその場にいれば「入って止めてほしい」と言ったはずです。このように、本人に聞くことはできないが、聞けば同意したに違いないといえる場合には、同意があった場合と同じように違法ではないと扱います。手術や延命治療の中止、危険なスポーツへの参加も、本人の意思をどこまで尊重するかという同じ発想で考えます。

住宅地の場面。左に留守の家(玄関に札「留守」)があり、開いた勝手口の奥の床に水たまりが広がり、破裂した水道管から水が噴き出している。先生が隣人役(札「隣人」)で勝手口から入り、水道の元栓のハンドルに手を掛けて閉めている。画面の右上に、外出先

推定的同意は、現実の同意を得られない場合に、同意したであろうといえることで違法性を阻却します

推定的同意が問題になるのは、被害者が不在であったり意識を失っていたりして、現実の同意を得ることができない場合です。留守の隣家で水道管が破裂したため無断で立ち入って元栓を閉めた行為は、住居侵入罪の構成要件に該当しますが、家主が事態を正しく認識していれば同意したであろうといえるので、違法性が阻却されます。同意したであろうかどうかの判断については、被害者本人の意思を基準にして、本人であれば同意したかを問う見解と、被害者の立場に置かれた一般人であれば同意したかを問い、行為の目的や手段が社会的に相当かどうかを見る見解があります。現実の同意を得ることができるのにそれを得なかった場合には、推定的同意による違法性の阻却は認められません。そのほかの要件は、被害者の同意の要件を参考にして判断します。

治療行為は、医学的に必要で、医術上正当な方法により、患者の同意を得て行われるときに正当化されます

手術は患者の身体を傷つける行為ですから、傷害罪の構成要件に該当し得ます。それでも医師の治療行為が処罰されないのは、治療が患者の生命と健康の維持・回復に必要であること、医学上一般に認められた正当な方法で行われること、患者が十分な説明を受けたうえで同意していること、という三つがそろうからです。条文上は35条の正当な業務による行為に当たります。患者が意識を失って救急搬送された場合のように、現実の同意を得られないときは、推定的同意によって補われます。反対に、患者が明確に拒否している治療を強行した場合は、医学的に適切な治療であっても違法性の阻却は認められにくくなります。

  • 医学的適応性その治療が患者の生命・健康の維持や回復に必要であること
  • 医術的正当性医学上一般に認められた方法で行われること
  • 患者の同意説明を受けたうえでの同意。得られないときは推定的同意で補う

治療の中止は、回復可能性と余命を的確に判断でき、患者の推定的意思に基づく場合でなければ許容されません

延命治療を中止して患者を死亡させた医師の刑事責任が争われたのが、最決平成21年12月7日です。意識不明で入院していた患者の主治医が、家族の要請を受けて気管内チューブを抜き取り、さらに筋弛緩剤を投与させて死亡させました。最高裁は、抜管の時点までに余命等を判断するために必要な脳波等の検査は実施されておらず、回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったとしました。また、家族の要請は患者の病状について適切な情報が伝えられたうえでされたものではなく、抜管行為が患者の推定的意思に基づくということもできないとしました。そのうえで、抜管行為は法律上許容される治療中止には当たらないとして、殺人罪の成立を認めました。この決定は、治療中止が適法になるための要件を一般的に示したものではありません。

病院の面談室の場面。先生が医師役(札「主治医」)で机の前に座り、向かいに患者の家族の男性(札「家族」)が座っている。机の上に二つの書類があり、一つは「脳波等の検査:未実施」と書いたカルテ、もう一つは「病状の説明書」で空欄のまま。壁に札「治療

積極的安楽死を正当化する要件を示した裁判例はありますが、無罪とした例はありません

安楽死とは、死期が迫り激しい苦痛にあえぐ患者を、苦痛から解放するために死なせることをいいます。治療の不開始や中止による消極的安楽死、苦痛を除く措置が副作用として死期を早める間接的安楽死、死なせること自体によって苦痛を除く積極的安楽死に分けられます。積極的安楽死について、名古屋高判昭和37年12月22日は、不治の病で死期が目前に迫っていること、苦痛が甚だしいこと、本人の真摯な嘱託・承諾があること、原則として医師の手によること、方法が倫理的に妥当であることなどの6要件を示したうえで、要件を欠くとして嘱託殺人罪の成立を認めました。横浜地判平成7年3月28日(東海大学安楽死事件)は、耐えがたい肉体的苦痛があること、死が避けられず死期が迫っていること、苦痛を除くために方法を尽くし他に方法がないこと、患者の明示の意思表示があることの4要件を示したうえで、要件を欠くとして殺人罪の成立を認めました。安楽死や尊厳死が問題になった事案で無罪となったものはありません。

  • 消極的安楽死治療行為の不開始・中止によるもの
  • 間接的安楽死苦痛を除く措置が副作用として死期を早めるもの
  • 積極的安楽死死なせることによって苦痛から解放するもの。裁判例は4要件(横浜地判平成7年3月28日)を示す

危険の引受けは、被害者が結果の発生までは承諾していない点で、被害者の同意と区別されます

危険の引受けとは、被害者が、結果は発生しないだろうと考えながら、あえて危険な行為に身をさらしたところ、結果が発生してしまった場合をいいます。被害者が容認しているのは危険な行為が行われることにとどまり、死亡や傷害という結果の発生までは承諾していません。同意の対象は結果でなければならないと考える以上、被害者の同意そのものとしては扱えず、過失犯の成否の場面で別に論じられます。千葉地判平成7年12月13日(ダートトライアル事件)は、競技の初心者が指導役の上級者を同乗させて練習走行中に事故を起こし、同乗者を死亡させた事案です。裁判所は、同乗者は運転者が予見の範囲内の運転方法をとることを容認し、それに伴う危険を自己の危険として引き受けたとみることができ、競技も社会的相当性を欠かないとして、違法性の阻却を認めて無罪としました。行為が社会的に相当かどうかを重視する見解からは、競技のルールの範囲内の行為かどうかが判断の中心になります。

未舗装の競技コースのスタート地点の場面。競技用の車が停まり、運転席の横に初心者の男性(札「運転者(初心者)」)がヘルメットを持って立つ。先生が指導役(札「同乗者(上級者)」)でヘルメットをかぶり、助手席のドアに手を掛けている。コース脇に看板

刑法35条

法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

論文ではこう使う

論文では、住居侵入罪や器物損壊罪の構成要件該当性を認めた後、被害者の現実の同意がないことを確認したうえで、推定的同意による違法性阻却を検討します。現実の同意を得ることができなかった事情を指摘し、被害者が事態を認識していれば同意したであろうといえるかを、行為の目的、手段、被害者に生じる不利益の程度から当てはめます。危険の引受けは、過失犯の事案で使います。被害者が結果の発生までは承諾していないことを指摘して被害者の同意と区別したうえで、被害者が認識していた危険の内容、行為者の行為がその危険の範囲内にあったか、行為が社会的に相当といえるかを検討します。どの段階で犯罪の成立を否定するのかを明示して書きます。

試験ではこう問われる

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