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用語集 / 刑法 / 不正の侵害と防衛の対象

不正の侵害と防衛の対象(対物防衛・国家的法益の防衛)とは

ふせいのしんがいとぼうえいのたいしょう

刑法 違法性阻却

不正の侵害とは、違法に他人の法益を害し、または害する危険を生じさせる行為をいい、正当防衛はこの不正の侵害に対してだけ成立します。防衛の対象である「権利」には、生命・身体だけでなく財産も含まれ、判例は国家的・社会的法益も含まれ得るとしています。

正当防衛は「悪いことをしてきた相手に対して」やり返すから許される制度です。そこで、相手のしていることが法に反しているかどうかが出発点になります。わざとでなく不注意で突っ込んできた相手でも、法に反していることに変わりはないので、身を守ってかまいません。反対に、相手が正当防衛として向かってきているときは、相手は悪くないので、こちらが正当防衛を主張することはできません。守ってよいものは、体や命に限られず、財産も含まれます。

歩道の場面。スマートフォンを見ながら自転車で走ってくる男性(札「不注意で走る人:過失」)が、歩道を歩く先生(札「防衛する者」)に正面からぶつかりそうになっている。先生は片手を前に出して自転車のハンドルを押し返そうとしている。先生の吹き出し「

「不正」とは違法であることをいい、可罰的であることも、故意があることも要りません

判例は、36条にいう「不正」とは違法であることを指すとしています(大判昭和8年9月27日)。「とは,違法であることを意味し,侵害が全体としての法秩序に反することをいう」という肢は正しいです。侵害者を処罰するための要件ではなく、反撃を許すための前提ですから、侵害行為が処罰に値するものである必要はありません。「というには,可罰的な行為であることを要しない」という肢は正しいです。侵害者に責任能力があることも要りません。同じ理由で、故意による侵害か過失による侵害かも問いません。「その侵害が相手方の過失に基づくものであれば,正当防衛が成立する余地はない」という肢は誤りです。「加害者の過失行為に対しては正当防衛は成立し得ない」という肢も、「相手方の過失行為に対しては、正当防衛は成立し得ない」という肢も誤りです。過失行為も違法であることに変わりはなく、不正の侵害に当たり得るからです。

適法な行為は「不正」ではないので、正当防衛に対する正当防衛は成立しません

正当防衛が成立する行為は、違法性が阻却された適法な行為です。適法な行為は「不正」の侵害ではありませんから、これに対して反撃しても正当防衛にはなりません。「正当防衛が成立する行為に対しては,正当防衛が成立する余地はない」という肢は正しいです。「正当防衛行為に対する正当防衛は成立し得ない」という肢も、「正当防衛が成立する行為に対して反撃した場合、正当防衛が成立することはない」という肢も正しいです。正当防衛は「不正」対「正」の関係でだけ成り立つからです。緊急避難を違法性阻却事由と解する立場では、緊急避難に当たる行為も適法ですから、これに対する正当防衛も成立しません。適法な行為によって危難を受ける者は、要件を充たせば緊急避難で対抗することができます。

動物による侵害に正当防衛で対抗できるかは、「不正の侵害」を人の行為に限るかどうかで分かれます

他人の飼い犬が突然襲ってきた場合に、その犬を傷つける行為は器物損壊罪の構成要件に該当します。飼い主に故意または過失がある場合は、飼い主の行為による不正の侵害ですから、正当防衛が成立し得ます。問題は、飼い主に故意も過失もない場合で、これを対物防衛と呼びます。「不正の侵害」は人の行為に限られると考える見解からは、正当防衛の成立は認められず、緊急避難の成否が問題になるという結論になります。この見解に対しては、補充性と法益均衡を必要とする緊急避難の限度でしか対抗できないのでは、襲われた側の保護が不十分であるという批判が向けられます。これに対して、違法性は客観的に判断されるから動物による侵害も「不正」であると考える見解からは、正当防衛が成立するという結論になります。なお、判例には、猟犬を救うために襲ってきた他人の犬を傷つけた事案で、緊急避難の法益の均衡を認めたものがあります(大判昭和12年11月6日)。

  • 人の行為に限る見解飼い主に故意・過失がなければ正当防衛は不成立。緊急避難(補充性・法益均衡が必要)で対抗する。襲われた側の保護が不十分との批判がある
  • 動物の侵害も不正とする見解違法性は客観的に判断するので、動物による侵害にも正当防衛が成立する
公園の散歩道の場面。先生が飼い主役(札「甲:襲われた犬の飼い主」)で小型の犬を連れ、傘を体の前に構えている。リードの外れた大型の犬が先生の犬に向かって走ってくる。離れたベンチのそばに大型犬の飼い主の男性(札「乙:故意も過失もない」)が驚いて

「権利」には財産も含まれ、財産を守るために相手の身体へ反撃しても正当防衛になり得ます

36条1項の「権利」は、法律上保護される利益を広く指します。「には、個人の生命、身体、自由のみならず、財産も含まれる」という肢は正しいです。守ろうとする利益と反撃で害する利益の種類が違っても、それだけで正当防衛が否定されることはありません。正当防衛では、緊急避難と異なり、法益の権衡が要件とされていないからです。「自己の財産権への侵害に対して相手の身体の安全を侵害する反撃行為に及んでも正当防衛となり得る」という肢は正しいです。「財産的権利を防衛するために相手方の身体に暴行を加えて傷害を負わせた場合,その暴行行為については,正当防衛が成立する余地はない」という肢は誤りです。最判平成21年7月16日は、建物に看板を取り付けようとする相手方の行為を、財産権や業務、名誉に対する急迫不正の侵害であるとして、これを防ぐための暴行に正当防衛の成立を認めています。もっとも、守ろうとする利益に比べて反撃が大きすぎる場合は、防衛行為の相当性の問題として過剰防衛になり得ます。

国家的・社会的法益のための正当防衛は、極めて緊迫した場合に限って認められます

36条1項は「自己又は他人の権利」と定めています。最判昭和24年8月18日は、国家的・公共的法益についても正当防衛が許されるべき場合があることを認めました。「は個人的法益を指し,国家的法益や社会的法益は含まれない」という肢は誤りです。「は,個人的法益に限られ,国家的・社会的法益は,これに含まれない」という肢も、「国家的法益を防衛するための正当防衛が成立する余地はない」という肢も誤りです。ただし同判決は、国家公共の法益を守ることは本来国家または公共団体の機関の任務であり、私人の行動に委ねるとかえって秩序を乱すおそれがあるとしています。そのため、国家公共の機関の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合においてのみ、例外的に許容されるにとどまります。含まれ得ることと、認められる場面が狭いことの両方が問われます。

刑法36条1項

急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

論文ではこう使う

論文では、急迫性の次に、侵害が「不正」であることを簡潔に認定します。相手方の行為が違法であることを示せば足り、相手方の故意や責任能力に触れる必要はありません。動物や物からの侵害が問題になる事案では、まず飼い主や管理者に故意・過失があるかを検討し、あればその者の行為による不正の侵害として正当防衛を論じます。故意・過失がない場合は、対物防衛として、不正の侵害を人の行為に限るかどうかについて自分の立場を示します。正当防衛を否定する立場に立つときは、続けて緊急避難の要件を検討します。第三者の権利を守るために反撃した事案では、「他人の権利」を防衛するための行為であることを条文の文言に当てて認定します。

試験ではこう問われる

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