緊急避難の法的性格(違法性阻却説・責任阻却説・二分説)とは
きんきゅうひなんのほうてきせいかく
緊急避難の法的性格とは、37条1項の緊急避難がなぜ罰せられないのかという問題です。違法性が阻却されるとする違法性阻却事由説、責任が阻却されるとする責任阻却事由説、場合によって分ける二分説が対立します。
溺れかけた人が、他人のつかまっている浮き輪を奪って助かったとします。奪われた人が奪い返してよいかが問題になります。奪った行為が「法的に正しい行為」だとすれば、奪われた側は正当防衛として反撃することができません。奪った行為は「悪い行為だが、責められない」だけだとすれば、反撃することができます。緊急避難を、正しい行為とみるのか、悪いが責められない行為とみるのかによって、巻き込まれた人が何をできるかが変わります。
緊急避難が罰せられない理由について、三つの見解が対立します
違法性阻却事由説は、法益が衝突する状況の下で、害される法益と同等以上の法益を保全する行為は、社会全体の利益を減少させるものではないから、違法ではないと考えます。責任阻却事由説は、避難行為は無関係の第三者の法益を害する以上違法であるが、切迫した心理状態のために適法な行為を期待することができないから、責任が阻却されると考えます。二分説は、基本的には違法性阻却事由と解しつつ、一定の場合には責任阻却事由であると考えます。何を基準に分けるかについては、保全法益と被侵害法益が同価値である場合を責任阻却とする見解と、保全法益と被侵害法益がいずれも生命である場合を責任阻却とする見解があります。違法性阻却事由説が通説です。
- 違法性阻却事由説同等以上の法益を保全する行為は社会全体の利益を減少させない。避難行為は適法
- 責任阻却事由説避難行為は違法だが、切迫した心理状態のため適法な行為を期待し得ない
- 二分説原則は違法性阻却。法益が同価値の場合、または生命対生命の場合は責任阻却
違法性阻却事由説からは、緊急避難に当たる行為に対して正当防衛で対抗することはできません
違法性阻却事由説に立つと、緊急避難に当たる行為は適法ですから、「不正の侵害」に当たりません。「緊急避難が違法性阻却事由であると考えた場合,緊急避難と認められる行為に対して正当防衛が成立することはない」という肢は正しいです。侵害を転嫁される第三者は、自らも緊急避難の要件を充たす限りで対抗することができるにとどまります。この説の根拠として、37条1項が自己の法益だけでなく他人の法益を守るための緊急避難を認めていること、法益の権衡を要件としていることが挙げられます。法益の権衡が要件とされていることは、守った利益が害した利益を下回らないことを求めるものであり、違法性阻却の実質的理由を優越的利益の保護に求める考え方と結びつきます。したがって、この説は優越的利益の保護に求める考え方と矛盾しませんし、法益の権衡が要件とされていることはこの説の根拠になり得ます。
責任阻却事由説からは正当防衛で対抗できますが、他人のための緊急避難と整合しないという批判があります
責任阻却事由説に立つと、緊急避難に当たる行為は違法ですから、「不正の侵害」に当たり、侵害を転嫁される第三者は正当防衛で対抗することができるという結論になります。何の落ち度もない第三者に、厳しい要件の緊急避難でしか対抗を認めないのは不当であるという考慮が、この説の背後にあります。この説に対しては、37条1項が他人の法益を守るための緊急避難を認めていることと整合しないという批判が向けられます。無関係な他人を助ける場面では、切迫した心理状態のために適法な行為を期待し得ないとはいいにくいからです。「無関係な他人のためにする緊急避難が認められていることを説明できない」という批判は、責任阻却事由説に向けられるものであって、違法性阻却事由説に向けられるものではありません。法益の権衡が要件とされていることも、責任阻却事由説からは説明しにくいとされます。
二分説は、生命対生命の場合や法益が同価値の場合に限って責任阻却とします
二分説のうち、保全法益と被侵害法益がいずれも生命である場合を責任阻却事由と解する見解は、自己または第三者の生命に対する危難を避けるために無関係の第三者の生命を犠牲にする行為を、違法でないと評価するのは不当であるという考え方に基づきます。生命は比較することができず、犠牲にされる者に受忍を求めることはできないからです。法益が同価値である場合を責任阻却事由と解する見解は、同価値の場合には優越的利益が守られたとはいえないことを理由にします。二分説からは、違法性阻却とされる場合には正当防衛で対抗できず、責任阻却とされる場合には正当防衛で対抗できるという結論になります。二分説に対しては、37条1項が一つの条文で同じ効果を定めているのに、場合によって性格を分けるのは条文の文言から離れるという批判が向けられます。
強要されて犯罪を実行した者に37条1項を適用するかどうかでも、帰結が分かれます
けん銃で脅されて第三者の腕をバットで殴ろうとした甲と、殴られるのを避けるために甲の腕を蹴って骨折させた丙の事例を考えます。違法性阻却事由説をとり、犯罪者に利用されて不法を行う側に立つ者には37条1項を適用しないという立場からは、甲の行為は違法であり、丙の行為は正当防衛として違法性が阻却されるという結論になります。違法性阻却事由説をとり、そのような者にも37条1項を適用するという立場からは、甲の行為は緊急避難として違法性が阻却され、丙の行為も、適法な甲の行為に対する緊急避難として違法性が阻却されるという結論になります。法益が同価値の場合を責任阻却とする二分説をとり、甲に37条1項を適用するという立場からは、甲は生命を守るために身体を害しているので違法性が阻却され、丙は身体を守るために同じ程度の身体の害を生じさせているので責任が阻却され得るにとどまるという結論になります。同じ二分説でも、甲に37条1項を適用しないという立場からは、甲の行為は違法であり、丙の行為は正当防衛として違法性が阻却されるという結論になります。
共犯の成否や民事上の責任にも、法的性格の理解が影響します
共犯が成立するためには正犯の行為に構成要件該当性と違法性が必要であるとする制限従属性説を前提にすると、違法性阻却事由説からは、正犯が緊急避難に当たる行為をした場合、正犯の行為は適法ですから、これを幇助した者も不可罰になるという結論になります。責任阻却事由説からは、正犯の行為は違法ですから、幇助した者に共犯が成立し得るという結論になります。民事上の責任は別の問題です。違法性阻却事由説に立っても、刑法上の緊急避難に当たる行為について、民法上の損害賠償責任を問われることがないとはいえません。なお、違法性の阻却は行為者ごとに判断されます。判例は、医師でない者が妊婦の依頼を受けて堕胎手術を始め、妊婦の生命に危険が生じたため医師に胎児を排出させた事案で、医師に排出を求めたその者に堕胎罪の成立を認めています(大判大正10年5月7日)。「Bに緊急避難が成立する場合、甲に同意堕胎罪は成立しない」という肢は誤りです。医師の行為が緊急避難として適法であっても、自らの違法な行為で危難を生じさせ、医師の適法な行為を利用した者の行為まで適法になるわけではないからです。
刑法37条1項
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
論文ではこう使う
論文では、緊急避難の法的性格を正面から長く論じる場面は多くありません。避難行為を受けた者が反撃した事案で、その反撃に正当防衛が成立するかを論じる前提として使います。まず、避難行為者について緊急避難の成否を検討します。成立する場合、違法性阻却事由説に立つことを条文の根拠(他人のための緊急避難、法益の権衡)とともに1〜2文で示し、避難行為は「不正の侵害」に当たらないから、これに対する正当防衛は成立しないと論じます。そのうえで、反撃した者について緊急避難の成否を検討します。共犯が関与する事案では、正犯の緊急避難が共犯の成否にどう影響するかを、共犯の従属性の議論とあわせて示します。
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