過失犯の共同正犯とは
かしつはんのきょうどうせいはん
過失犯の共同正犯とは、二人以上の者が共同の注意義務に共同して違反し、結果を生じさせた場合に、全員を過失犯の共同正犯とすることです。誰の行為から結果が生じたかを特定できなくても、全員が結果について責任を負います。
二人で屋上から交互に資材を投げ下ろす作業をしていて、どちらも下を確かめなかったために、通行人に資材が当たったとします。どちらが投げた資材が当たったのか分からなければ、一人ずつに分けて考える限り、誰の責任も問えなくなります。しかし、二人は一緒に作業をしており、互いに下の安全を確かめ合うべき立場にありました。そこで、共同で負っていた注意義務に二人そろって違反したときは、二人とも結果について責任を負うと考えます。
判例は、過失犯にも60条を適用して共同正犯を認めています
共同正犯には意思の連絡が必要です。過失犯は結果を意図していないので、結果を生じさせることについて意思を通じることはあり得ません。そのため、大審院の判例の多くは過失犯の共同正犯を否定していました。しかし、最判昭和28年1月23日(メタノール事件)は、共同して飲食店を経営していた二人が、仕入れた液体にメタノールが含まれていないかを検査しないまま、意思を連絡して客に販売した事案で、二人の間に共犯関係の成立を認めました。過失犯で共同するのは、結果を生じさせる意思ではなく、注意義務に違反する危険な行為です。「共同正犯に関する刑法第60条は,意思の連絡を要件としているので,過失犯には適用されない」という肢は誤りです。強度の弱い鋼材で工事をすることを二人で相談して実行し、橋脚が崩落して死者が出た事例について、「不注意の共同はあり得ないから,甲及び乙に業務上過失致死罪の共同正犯が成立する余地はない」という肢も誤りです。
過失犯の共同正犯は、共同の注意義務に共同して違反したときに成立します
最決平成28年7月12日(明石花火大会歩道橋事件)は、業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要であるとしました。必要なのは、同じ内容の注意義務を共同で負っていることと、その義務に共同して違反したことであり、結果の発生について共謀することではありません。結果の発生について共謀があれば、それは故意犯の問題になります。危険な作業を共同して行う二人が、事故を防止するための共同の業務上の注意義務に共同して違反して人を負傷させた事例について、「甲と乙の間にAの傷害発生についての共謀がなかった以上、甲及び乙に業務上過失致傷罪の共同正犯は成立しない」という肢は誤りです。「共同の注意義務違反と発生した結果との間に因果関係が認められる場合には,過失犯の共同正犯が成立し得る」という肢は正しいです。下級審にも、地下の洞道でトーチランプを使って共同で作業していた二人について、立ち去る際にランプの火が消えたことを互いに確認し合う義務があったのに二人とも怠ったとして、業務上失火罪の共同正犯を認めたものがあります(東京地判平成4年1月23日)。
- 共同の注意義務同じ結果を防ぐために、同じ内容の注意義務を共同して負っていることです。互いに相手の行為にも注意を払うべき関係にあることが必要です
- 共同の違反その注意義務に、共同して違反したことです
- 因果関係共同の注意義務違反と結果との間に因果関係があることです
明石花火大会歩道橋事件では、役割が基本的に異なるとして共同の注意義務が否定されました
平成28年の決定は、基準を示したうえで、その事案については共同正犯の成立を否定しています。この事件では、警察署の地域官は警備計画の策定の第一次的責任者であり、現地警備本部の指揮官でした。これに対し、副署長は、署長が組織全体を指揮監督するのを補佐する立場にありました。決定は、二人が分担する役割は基本的に異なり、事故を回避するために求められる行為も、地域官については流入規制の実施や適切な警備計画の策定、副署長については署長への進言などによる補佐であって、二人が負うべき具体的注意義務が共同のものであったとはいえないとしました。同じ事故について複数の者に過失があっても、それぞれの注意義務の内容が異なるときは、共同正犯ではなく、各自に過失犯の単独犯が成立します。これを過失の競合といいます。上司と部下のように立場が違う者の過失は、通常は過失の競合として処理されます。
過失犯の共同正犯を認める実益は、誰の行為から結果が生じたか特定できない場合にあります
過失犯には未遂の処罰がありません。そのため、各自の過失行為と結果との因果関係を証明できなければ、単独犯としては誰も処罰できないことになります。二人が交互に資材を投げ下ろしていて、どちらの資材が当たったか分からない場合がその例です。過失犯の共同正犯が成立すれば、共同の注意義務違反と結果との間に因果関係があれば足りるので、どちらの行為が直接の原因かを特定できなくても、二人とも結果について責任を負います。他方、過失によって他人に犯行を決意させたり、他人の犯行を容易にしたりする、過失による教唆や過失による幇助は処罰されません。教唆や幇助は故意がある場合に限られると解されており、過失による行為を処罰する特別の規定もないからです。
刑法60条
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
最決平成28年7月12日
業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要である
論文ではこう使う
論文では、複数の者の不注意が重なって結果が生じ、誰の行為が直接の原因か特定できない事例で使います。まず、各自の行為と結果との因果関係を証明できないため、単独犯としては処罰できないことを指摘します。次に、過失犯にも60条が適用され、共同の注意義務に共同して違反した場合に共同正犯が成立するという基準を示します。そのうえで、関与者の地位、作業の分担、危険の内容を事実から拾い、各自が同じ内容の注意義務を負い、互いに相手の行為にも注意を払うべき関係にあったかを認定します。対等な立場で同じ作業を共同していたのであれば共同の注意義務を肯定し、立場や役割が基本的に異なるのであれば否定して、各自の単独の過失を検討します。最後に、共同の注意義務違反と結果との因果関係を認定します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。