管理・監督過失と過失の競合とは
かんりかんとくかしつとかしつのきょうごう
管理・監督過失とは、事故を防ぐための設備や体制を整える義務に違反する管理過失と、直接行為者が過失を犯さないよう監督する義務に違反する監督過失をあわせた呼び名です。過失の競合とは、複数の者の不注意が積み重なって結果が発生した場合をいいます。
飲食店で食中毒が出たとき、調理をした従業員だけでなく、衛生管理の仕組みを整えなかった店長や経営者の責任も問われます。現場で直接ミスをした人の背後に、設備を整えず、指導もしなかった人がいることが多いからです。刑法でも、事故の現場にいなかった経営者や上司について、安全のための体制を作らなかったことや部下を監督しなかったことを過失として問うことがあります。ただし、立場が上だというだけで処罰されるわけではなく、その人自身が結果を予見できたことが必要です。
管理過失は設備や体制を整える義務の違反で、監督過失は他人が過失を犯さないよう監督する義務の違反です
管理過失とは、物的・人的な設備や体制を整えておく注意義務に違反することをいいます。監督過失とは、直接に結果を発生させた行為者が過失を犯さないように監督する注意義務に違反することをいいます。ホテルの経営者がスプリンクラーや防火扉を設置しなかったことは管理過失に、従業員に消防訓練をさせなかったことは監督過失に当たります。いずれも、安全のための体制を確立しなかったという不作為が過失の実行行為とされるので、その者が結果の発生を防ぐべき立場にあったことが前提になります。
監督過失の成立には、監督者自身に結果の予見可能性があることが必要です
監督過失も過失犯である以上、過失犯の成立要件をすべて満たす必要があります。監督者が処罰されるのは、監督者自身が注意義務に違反したからであって、部下の過失の責任を肩代わりするからではありません。したがって、監督者自身が結果の発生を予見できたことが必要です。「監督過失を認めるには,直接行為者に構成要件的結果発生の予見可能性があれば足り,監督者にはその予見可能性は必要とされていない」という肢は誤りです。「直接行為者を監督すべき立場にある監督者には,構成要件的結果が発生することの予見可能性までは必要とされない」という肢も誤りです。予見できない結果について責任を問うことは責任主義に反するので、監督者についても予見可能性が要求されるからです。
火災時に現場にいなかった経営者にも、業務上過失致死傷罪が成立し得ます
最決平成5年11月25日(ホテルニュージャパン事件)は、スプリンクラー設備が設置されず、消防訓練も行われていなかったホテルで火災が起き、多数の宿泊客が死傷した事案を扱いました。最高裁は、代表取締役社長である被告人はホテルの経営・管理事務を統括する地位にあり、防火管理上の注意義務を負っていたとしました。そして、設備と防火管理体制の不備を認識していたのであるから、いったん火災が起これば宿泊客に死傷の危険が及ぶことを容易に予見できたとして、あらかじめ防火管理体制を確立しておくべき義務の違反を認めました。「ホテルの火災により死傷者が出た場合,火災発生時に現場にいなかったホテル経営者には業務上過失致死傷罪が成立することはない」という肢は誤りです。過失とされるのは、火災の時点の行動ではなく、それ以前に防火管理体制を確立しなかったことだからです。同じく大規模火災について経営者らの過失を認めた判例として、最決平成2年11月16日(川治プリンスホテル事件)、最決平成2年11月29日(千日デパートビル火災事件)があります。
公務員に裁量が認められていても、権限の不行使が注意義務違反になることがあります
最決平成20年3月3日(薬害エイズ事件厚生省ルート)は、非加熱の血液製剤の投与によって患者が死亡した事案で、当時の厚生省の担当課長について業務上過失致死罪の成立を認めました。最高裁は、被告人は薬品による危害の防止という薬務行政を遂行すべき立場にあり、必要かつ十分な対応を図るべき義務があったとしました。行政上の権限を行使するかどうかに裁量があるとしても、国民の生命に重大な危険が生じている状況では、権限を行使して危害を防止することが刑法上の注意義務の内容になります。「当該公務員に裁量が認められている場合,その権限の不行使を注意義務違反とする過失犯が成立することはない」という肢は誤りです。
複数の者の過失が競合しても、各人についてそれぞれ過失犯が成立します
複数の者の不注意が積み重なって結果が発生した場合を、過失の競合といいます。この場合は、各人の立場と職責に応じて、それぞれについて注意義務違反があるかを判断し、要件を満たせば各人に過失犯が成立します。直接行為者に過失が認められることは、監督者の過失を否定する理由になりません。現場監督者が作業員の不適切な工事を認識しながら黙認した事例で、「直接行為者である甲及び乙に過失が認められたとしても,更に丙に過失が認められる余地がある」という肢は正しいです。最決平成19年3月26日は、手術の患者を取り違えた事案で、患者の同一性について確実な確認措置を採らなかった麻酔医に業務上過失傷害罪の成立を認めました。最決平成22年10月26日(日航機ニアミス事件)は、便名を言い間違えた訓練中の航空管制官と、これを是正しなかった指導監督中の航空管制官の双方に同罪の成立を認めました。最決平成22年5月31日(明石花火大会歩道橋事件)は、警備を担当していた警察官と警備員に業務上過失致死傷罪の成立を認めました。他方で、他の関与者が適切に行動すると信頼するのが相当な場合には、信頼の原則によって過失が否定されることがあります。「過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際には,信頼の原則は適用されない」という肢は誤りです。
同一人の過失が段階的に重なるときは、どの時点の不注意を過失と捉えるかが問題になります
一人の行為者が複数の不注意を重ねて結果を発生させた場合を、段階的過失といいます。前方不注視のため歩行者の発見が遅れ、さらに急ブレーキを踏もうとして誤ってアクセルを踏んだという事例がこれに当たります。この場合にどの不注意を過失の実行行為とするかについて、二つの見解があります。直近過失一個説は、結果の発生に最も近い不注意だけを過失と捉えます。この見解には、それより前の不注意の方が結果にとって重要である場合に不都合が生じるという批判があります。過失併存説は、結果と因果関係のある不注意はすべて過失と捉えてよいとします。この見解には、重要でない落ち度まで過失とされ、争点が不明確になるという批判があります。実務では、過失併存説を基本としつつ、結果との関連が弱く前提事情にすぎない不注意は過失と捉えない取扱いが多いとされています。
刑法211条
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
論文ではこう使う
論文では、組織の中の複数の者が関与した事故について、一人ずつ過失犯の成否を検討します。まず、直接に結果を発生させた者について、予見可能性、結果回避義務とその違反、因果関係を認定します。次に、その者を監督する立場の者や、設備・体制を整える権限をもつ者について、同じ枠組みで検討します。監督者については、その地位と権限から、結果の発生を防ぐための措置を採るべき立場にあったことを認定します。そのうえで、監督者自身が、部下の過失やそれによる結果の発生を予見できたかを、過去の事故や体制の不備の認識といった事実から認定します。部下が適切に職務を行うと信頼してよい事情があれば、信頼の原則によって注意義務が限定されないかも検討します。直接行為者の過失が介在していても、監督者の義務違反がその過失を誘発したといえれば因果関係は否定されないことを確認します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。