具体的事実の錯誤(法定的符合説と具体的符合説)とは
ぐたいてきじじつのさくご
具体的事実の錯誤とは、行為者が認識した事実と現実に発生した事実が、同じ構成要件の範囲内で食い違うことです。法定的符合説は両者が構成要件の範囲内で一致していれば故意を認め、具体的符合説は「その人」という具体的な客体の点で一致していなければ故意を認めません。
友人に向かって投げた雪玉がそれて、隣を歩いていた別の人に当たったとします。投げた人は「あの人に当てるつもりはなかった」と言うでしょうが、人に当てるつもりで投げて人に当たったことは確かです。刑法でも、狙った人と別の人に結果が生じたときに、その結果についてまで故意があるといえるかが問題になります。故意は犯罪事実の認識を要するので、認識した事実と発生した事実がどの程度一致していれば足りるかを決めておく必要があるのです。
具体的事実の錯誤は、同じ構成要件の範囲内で認識した事実と発生した事実が食い違う場合です
行為者が認識した事実と現実に発生した事実が食い違うことを事実の錯誤といいます。このうち、食い違いが同じ構成要件の範囲内にとどまる場合が具体的事実の錯誤で、異なる構成要件にまたがる場合が抽象的事実の錯誤です。具体的事実の錯誤には三つの場合があります。客体の錯誤は、狙った客体そのものに結果が生じたが、その客体の同一性を取り違えていた場合です。方法の錯誤は、狙った客体とは別の客体に結果が生じた場合です。因果関係の錯誤は、狙った客体に結果が生じたが、そこに至る経過が認識と食い違った場合です。
- 客体の錯誤乙だと思って目の前の人を殺害したところ、その人は丙だった場合です
- 方法の錯誤乙を狙って発砲したところ、弾丸がそれて隣にいた丙に命中した場合です
- 因果関係の錯誤狙った乙が死亡したが、死亡に至る経過が認識と食い違った場合です
法定的符合説は「およそ人」で一致すれば故意を認め、具体的符合説は「その人」での一致を求めます
法定的符合説は、認識した事実と発生した事実が構成要件の範囲内で一致していれば故意を認めます。殺人罪でいえば、およそ「人を殺す」という点で一致していれば足ります。具体的符合説は、同じく構成要件を基準にしながら、「その人を殺す」という点で一致していなければ故意を認めません。最判昭和53年7月28日は、犯人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく、両者が法定の範囲内において一致することをもって足りるとして、法定的符合説をとりました。各説への批判は、どちらの説に向けられたものかを取り違えないことが大切です。法定的符合説に対しては、殺人罪は被害者ごとに成立する犯罪であるから被害者の個別性は構成要件的に重要な事実である、という批判が向けられます。故意以外の構成要件該当性は法益主体ごとに判断するのに、故意の有無についてのみ法益主体の相違を問題にしないのは論理的でない、という批判も法定的符合説に対するものです。したがって、この批判を「B説に対して」向けるという記述は、具体的符合説への批判としては成り立ちません。具体的符合説に対しては、客体の錯誤と方法の錯誤のいずれに当たるのかが必ずしも明らかではない場合に、故意の有無をどのように判断するのか明確ではない、という批判が向けられます。客体の錯誤の場合と方法の錯誤の場合とで故意の有無について結論が異なるのは不合理である、という批判も具体的符合説に対するものです。法定的符合説は両者で結論を分けないので、これらの批判を「A説に対して」あるいは法定的符合説をとる見解に対して向けるという記述は、批判として成り立ちません。
客体の錯誤では、法定的符合説からも具体的符合説からも故意が認められます
客体の錯誤では、行為者は目の前の「その人」を殺そうとして、まさにその人を死亡させています。人違いは動機の誤りにすぎず、「その人を殺す」という点でも一致しているので、具体的符合説からも故意は否定されません。「駅のホームにいた人を甲だと思い,甲を殺そうと考え」て突き落としたところ別人の乙であった事例について、「A説・B説のいずれによっても,乙に対する殺人罪の故意が認められることになる」という記述は、両説からの帰結として正しいです。「Xと似た者を見付けて,Xと思い,その者をナイフで刺し殺したが,実際には,その者はYであった」という事例でも、具体的符合説からは「甲にYに対する殺人既遂罪が成立する」という結論になります。結論が分かれるのは方法の錯誤の場合です。
方法の錯誤では、判例は結果が生じた人に対しても故意犯の成立を認めます
乙を狙って発砲したところ隣にいた丙に命中して丙が死亡した場合、法定的符合説からは、人を殺す意思で人を死亡させた以上、丙に対する殺人既遂罪が成立します。具体的符合説からは、丙を殺す意思はなかったので丙に対する故意は認められず、乙に対する殺人未遂罪と丙に対する過失致死罪が成立するにとどまります。「同弾丸が乙ではなく,乙の隣にいた丙の腹部に当たり,丙を死亡させた。この場合,甲には,乙に対する殺人未遂罪と丙に対する重過失致死罪が成立する」という肢は誤りです。判例は法定的符合説をとるので、丙に対する殺人既遂罪が成立し、過失犯にとどまるのは具体的符合説からの帰結だからです。弾丸がXの腕を貫通してYを死亡させた事例について、「Bの見解によれば」「甲にYに対する殺人既遂罪が成立する」という記述は、具体的符合説からの帰結として正しくありません。具体的符合説からは、Yに対しては過失致死罪が成立するにとどまります。
判例は、狙った人と予期しなかった人の双方に故意犯を認める数故意犯説をとります
法定的符合説の内部では、1人を殺す意思しかない場合に故意犯がいくつ成立するかについて見解が分かれます。数故意犯説は、狙った人に対しても、結果が生じた別の人に対しても故意犯の成立を認め、両罪を観念的競合とします。一故意犯説は、故意は1個である以上、故意犯は1個しか成立しないとします。最判昭和53年7月28日は、巡査を狙って発射したびょうが巡査を貫通して通行人にも当たり、双方に傷害を負わせた事案で、双方に対する強盗殺人未遂罪の成立を認めており、数故意犯説をとったものと理解されています。「同弾丸は,Aの身体を貫通し,甲が認識していなかったBにも命中し,Bも死亡した。甲にはA及びBに対する殺人罪の故意が認められる」という肢は正しいです。「甲が,乙に抱かれている丙の存在を認識していなかった場合でも,甲には乙及び丙に対する殺人罪が成立する」という肢も正しいです。「甲には,乙に対する強盗殺人未遂罪,丙に対する強盗殺人未遂罪がそれぞれ成立し,両罪は観念的競合となる」という肢も正しいです。これに対して、「Aが死亡し、Bが重傷を負った。この場合、甲には、Aに対する殺人罪が成立するが、Bに対する殺人未遂罪は成立しない」という肢は誤りです。予期しなかったBに対しても殺人の故意が認められ、殺人未遂罪が成立するからです。
乙を狙った弾丸が予期しなかった丙にも当たった場合
- 乙も丙も死亡した場合数故意犯説からは乙と丙に対する殺人既遂罪が成立します。一故意犯説と具体的符合説からは乙に対する殺人既遂罪と丙に対する過失致死罪が成立します
- 乙は負傷し、丙が死亡した場合数故意犯説からは乙に対する殺人未遂罪と丙に対する殺人既遂罪が成立します。具体的符合説からは乙に対する殺人未遂罪と丙に対する過失致死罪が成立します
- 乙も丙も負傷した場合数故意犯説からは乙と丙に対する殺人未遂罪が成立します。具体的符合説からは乙に対する殺人未遂罪と丙に対する過失傷害罪が成立します
数故意犯説には責任主義に反するという批判があり、観念的競合になるという点から反論されます
最判昭和53年7月28日と同じ見解を前提にすると、乙は死亡せず丙が死亡した事例では、乙に対する殺人未遂罪と丙に対する殺人既遂罪が成立します。したがって、この見解から「丙に対する殺人既遂罪が成立するが,乙に対する犯罪は成立しない」という結論にはなりません。乙も丙も死亡した事例では、双方に対する殺人既遂罪が成立するので、「乙に対する殺人既遂罪,丙に対する過失致死罪が成立する」という結論にもなりません。法定的符合説を示したうえで「V1に結果が発生した以上,V2に対する殺人罪の成立を肯定する余地はない」とする記述も、数故意犯説からはV2に対する殺人罪を肯定できるので、この見解からの帰結として正しくありません。数故意犯説に対しては、Xを狙った弾丸が予想外にYにも当たった事例で、行為者に過剰な故意責任を課すことになり、責任主義に反するとの批判が向けられます。これに対して数故意犯説は、成立した複数の故意犯は観念的競合として最も重い刑により処断されるので、不当に重くはならないと反論します。そのため、「1人を殺す故意しかないのに,1人を殺した場合より処断刑が重くなるのは妥当ではない」という批判は、処断刑が重くならない以上、この見解に対する批判として成り立ちません。
刑法199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
刑法54条1項
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
論文ではこう使う
論文では、狙った客体と別の客体に結果が生じた事例で書きます。まず、結果が生じた客体について、実行行為・結果・因果関係という客観面を認定します。次に、行為者はその客体を認識していなかったので故意が認められるかを問題にします。故意責任の本質は、規範に直面して反対動機を形成できたのにあえて行為に出たことへの非難にあり、規範は構成要件として与えられているので、認識した事実と発生した事実が構成要件の範囲内で一致していれば故意が認められると論じます。そのうえで、故意の個数に進みます。構成要件の範囲内で故意を抽象化する以上、故意の個数は問題にならず、狙った客体と結果が生じた客体の双方に故意犯が成立すると書きます。最後に、両罪は1個の行為によるものなので観念的競合になると罪数まで示します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。