遺失物等横領罪とは
いしつぶつとうおうりょうざい
遺失物等横領罪とは、遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領する罪です。誰の占有にも属していない他人の物や、委託によらずに偶然自分の支配下に入った他人の物を自分の物にした場合に成立し、占有離脱物横領罪とも呼ばれます。
電車の網棚に誰かが忘れていったかばんを、自分の物にして持ち帰った場面を考えます。持ち主はもう電車を降りていて、かばんは誰の手元にもありません。人の手元から物を奪う窃盗とは違い、誰も持っていない物を拾って自分の物にするだけなので、刑は1年以下の拘禁刑などと軽く定められています。それでも、かばんが持ち主の物であることに変わりはないので、その所有権を守るために処罰されます。
遺失物等横領罪の客体は、占有を離れた他人の物です
「占有を離れた他人の物」とは、占有者の意思によらずにその占有を離れ、まだ誰の占有にも属していない物と、委託によらずに行為者の占有に入った物をいいます。落とし物や置き忘れた物のほか、誤って配達された郵便物、誤って多く渡された釣銭などがこれに当たります。「甲が,不在中の自宅に誤って配達された他人あての贈答品の高級食材を食べてしまった場合,甲の当該食材に対する占有は委託信任関係に基づくものではないので,甲には横領罪は成立しない」という肢は正しく、誤配達された物の占有は委託信任関係に基づかないので、252条の横領罪ではなく遺失物等横領罪が成立するにとどまります。法定刑は1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金もしくは科料です。他人の占有を侵害しておらず、委託信任関係を裏切ってもいないので、窃盗罪や252条の横領罪より軽く定められています。本罪にも親族間の犯罪に関する特例が準用されます(255条)。
持ち主の占有が残っていれば窃盗罪、失われていれば遺失物等横領罪になります
置き忘れられた物を持ち去った場合にどちらの罪になるかは、持ち去った時点で持ち主や場所の管理者の占有が及んでいたかで決まります。満員電車内で乗客が網棚にかばんを置き忘れたまま下車し、それを目撃した甲が次の駅で持ち去った事例では、窃盗罪は成立しません。大判大正15年11月2日は、乗客が列車内に置き忘れた物について、鉄道係員が当然に占有者となるわけではないとしており、一般の人が自由に出入りする電車内では管理者の支配も及ばないからです。「次のY駅に到着した時点で乙の財布を取得した上,同駅で下車し自宅に持ち帰った場合,窃盗罪が成立する」という肢は誤りで、成立するのは遺失物等横領罪です。これに対し、旅館の共同浴場の脱衣場に他の宿泊客が置き忘れた時計を持ち出した事例では、時計は旅館主の占有に属するので、窃盗罪が成立します。最決平成16年8月25日(窃盗か占有離脱物横領か)は、公園のベンチに置き忘れたポシェットを、被害者が約27メートル離れた時点で持ち去った事案で、被害者の占有はなお失われていないとして窃盗罪を認めました。
- 電車の網棚・座席に置き忘れられた物(持ち主は下車)持ち主の占有は失われ、乗務員の占有にも当然には属さない。遺失物等横領罪
- 旅館の脱衣場に置き忘れられた物旅館主の占有に属する。窃盗罪
- 公園のベンチに置き忘れ、持ち主が約27メートル離れた時点持ち主の占有はなお失われていない。窃盗罪(最決平成16年8月25日)
- 誤って配達された他人あての荷物委託によらない占有。遺失物等横領罪
無主物は「他人の物」ではないので、他人の物と思って持ち去っても本罪は成立しません
本罪の客体は「他人の物」でなければなりません。誰の所有にも属さない無主物や、所有者が所有権を放棄した物は、客体になりません。「甲は,隣人Aの居宅の玄関前に置いてあった自転車を,Aの所有物と認識して持ち去ったが,実際には,同自転車は無主物だった。甲には遺失物等横領罪が成立する」という肢は誤りです。「甲は,乙宅前路上に置かれていた自転車を,乙の所有物と認識して持ち去ったが,実際には同自転車は無主物だった。この場合,甲には遺失物横領罪が成立する」という肢も誤りです。「実際には同自転車は捨てられた物であり、誰の所有にも占有にも属さないものであった。この場合、甲に遺失物等横領罪が成立する」という肢も誤りです。行為者が他人の所有物だと思っていても、客観的に他人の物が存在しない以上、構成要件に該当する事実がなく、遺失物等横領罪は成立しません。窃盗罪についても、他人の占有する他人の財物が存在しないので成立しません。反対に、他人の物を無主物だと誤信して持ち去った場合は、他人の物を領得するという認識がないので、故意が否定されます。
警察に届ける目的で持ち出した場合は、不法領得の意思がなく本罪は成立しません
遺失物等横領罪も領得罪ですから、不法領得の意思が必要です。落とし物を警察に届けるために拾い上げて持ち出しただけでは、自分の物として利用・処分する意思がないので、本罪は成立しません。「甲が本件バッグを警察に届け出るために某所公園内から持ち出した行為は,Vによる占有の回復を困難にする行為であるため,窃盗罪又は占有離脱物横領罪が成立する」という肢は誤りです。持ち出しによって持ち主が取り戻しにくくなるとしても、不法領得の意思がなければ窃盗罪も遺失物等横領罪も成立しません。その後に気が変わって自分の物にしようと決め、領得する行為に出れば、その時点で本罪や窃盗罪が問題になります。
占有の有無について誤信があった場合は、重なり合う軽い罪の限度で本罪が成立します
持ち主の占有が残っている物を、置き忘れられた物だと誤信して持ち去った場合、客観的には窃盗罪に当たる事実を、遺失物等横領罪の認識で実現したことになります。重い罪に当たる事実の認識がないので窃盗罪では処罰できませんが(38条2項)、両罪は他人の物を領得するという点で構成要件が重なり合うので、軽い遺失物等横領罪が成立します。反対に、窃盗の故意で、実際には占有を離れていた物を持ち去った場合も、重なり合う限度で遺失物等横領罪が成立します。錯誤の処理の一般論は総論の抽象的事実の錯誤で扱います。なお、人を殺害した直後に、その場で被害者の財物を奪った場合は、被害者が生前に有していた占有がなお保護されます。「甲が乙の指輪を奪った行為については,その時点で乙は既に死んでいるから,甲には,窃盗罪ではなく,占有離脱物横領罪が成立する」という肢は誤りで、殺害した者との関係では窃盗罪が成立します(最判昭和41年4月8日)。
刑法254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
論文ではこう使う
論文では、窃盗罪との区別と、錯誤の処理で現れます。答案では、まず領得行為の時点を特定し、その時点で被害者の占有が残っていたかを、被害者と財物との時間的・場所的な近接性、置かれていた場所の性質、被害者が置き場所を覚えていたか、第三者の管理が及んでいたかから認定します。占有が認められれば窃盗罪、認められなければ遺失物等横領罪を検討します。次に、行為者の認識を確認し、客観的に成立する罪と認識した罪が食い違うときは、抽象的事実の錯誤として処理します。窃盗罪と遺失物等横領罪は、他人の物の領得という限度で構成要件が実質的に重なり合うので、軽い遺失物等横領罪の成立を認めます。被害者が死亡している事例では、行為者が死亡させた者か無関係の第三者か、死亡からの時間と場所の近接性を確認して、死者の占有の問題として論じます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。