死者の占有とは
ししゃのせんゆう
死者の占有とは、人を死亡させた後にその人が身に付けていた財物を取った場合に、窃盗罪の客体となる占有がなお認められるかという問題です。判例は、殺害した犯人が死亡の直後に奪った場合には、被害者が生前有していた占有を保護して窃盗罪の成立を認めます。
占有は財物に対する事実上の支配なので、人が死亡すれば、その人が身に付けていた物に対する支配も支配する意思もなくなるはずです。そうすると、死体から財布を取っても遺失物等横領罪にしかならないことになります。しかし、自分で人を殺しておいて、その直後に財布を取った者まで軽い罪にとどめるのは不当です。そこで判例は、殺害した犯人との関係では、死亡の直後に限って、被害者が生前に有していた占有をなお保護しています。
当初から財物を奪う意思で殺害して奪えば、強盗殺人罪が成立します
財物を奪う意思で人を殺害し、その財物を取った場合は、殺害が財物奪取の手段である暴行に当たるので、強盗殺人罪(240条後段)が成立します。この場合は、殺害と奪取が一体として評価され、死亡後の占有を問題にする必要がありません。現金を手に入れる計画で被害者を山奥で殺害し、入手した鍵で被害者方に立ち入って現金500万円を持ち出した事例について、「生前のAの財物に対する占有を侵害しているから、甲に殺人罪及び窃盗罪が成立し、強盗殺人罪は成立しない」という肢は誤りです。殺害の前から財物を奪う意思があり、殺害がその手段として計画され実行されているからです。死者の占有が問題になるのは、殺害の時点では財物を奪う意思がなかった場合に限られます。
殺害した後に領得の意思を生じて奪えば、窃盗罪が成立します
殺害の時点で財物を奪う意思がなければ、殺害は財物奪取に向けられた暴行ではないので、強盗罪も強盗殺人罪も成立しません。「甲が,乙を殺害した後に初めて財物奪取の意思を生じ,乙が身に付けていた腕時計をその場で奪った場合,強盗殺人既遂罪(刑法第240条後段)が成立する」という肢は誤りです。けんかで相手を刺して殺害したすぐ後に腕時計に気付いて持ち去った事例について「甲には強盗殺人既遂罪が成立する」という肢も誤りです。では窃盗罪か遺失物等横領罪かが次の問題になります。最判昭和41年4月8日は、野外で人を殺害した後に領得の意思を生じ、犯行直後その現場で被害者が身につけていた腕時計を奪取した事案で、「被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなう」とし、被害者から占有を離脱させた自己の行為を利用して財物を奪取した一連の行為を全体的に考察して、窃盗罪の成立を認めました。したがって、「その時点で乙は既に死んでいるから,甲には,窃盗罪ではなく,占有離脱物横領罪が成立する」という肢は誤りです。成立するのは殺人罪と窃盗罪で、両罪は併合罪になります。この判例が占有の保護を認めるのは、殺害した犯人との関係で、死亡の直後に、その現場で奪った場合です。死亡から時間がたった後や、離れた場所にある財物については、同じ結論になるとは限りません。
殺害と無関係の第三者が死体から財物を取れば、遺失物等横領罪にとどまります
判例が死亡直後の占有を保護するのは、自分で占有を離脱させた者がその結果を利用することを許さないためです。この理由は、殺害に関与していない第三者には当てはまりません。第三者との関係では、死者に占有はなく、身に付けていた物は占有を離れた他人の物になります。見知らぬ者どうしのけんかで一方が刺し殺され、犯人が走り去った直後に、見ていた者が死亡した者の上着のポケットから財布を持ち去った事例では、窃盗罪は成立しません。路上で倒れて急死した人の財布を取り出した事例でも同じです。「一人暮らしだった住人の焼死体に付いていた金のネックレスを発見して自分のものにしようと考え,これを取り外して持ち去った行為には,窃盗罪は成立しない」という肢は正しいです。いずれも遺失物等横領罪が成立します。
- 当初から奪う意思で殺害して奪う強盗殺人罪
- 殺害後に領得の意思を生じ、直後に現場で奪う殺人罪と窃盗罪(併合罪)
- 殺害と無関係の第三者が死体から取る遺失物等横領罪
判例の考え方に対しては、死者に占有を認めることはできないという批判があります
殺害後に領得の意思を生じた場合について、見解は分かれています。判例のように、被害者が生前有していた占有を、殺害した犯人との関係で死亡直後もなお保護すると考える見解からは、殺人罪と窃盗罪が成立するという結論になります。この見解に対しては、死者には支配の事実も支配の意思もなく、占有は死亡によって失われるのだから、死者の占有を認めることになって占有の概念に合わないという批判が向けられます。この批判をする見解からは、殺人罪と遺失物等横領罪が成立するという結論になります。この見解に対しては、自ら被害者を殺害して占有を失わせた者が、第三者と同じ軽い罪にとどまるのは均衡を失するという批判が向けられます。
最判昭和41年4月8日
被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなう
論文ではこう使う
論文では、人を死亡させた後に財物を取った事例で、まず財物を奪う意思がいつ生じたかを認定します。殺害の前から意思があれば、殺害を手段とする強盗殺人罪を検討し、死者の占有には触れません。殺害の後に意思を生じた場合は、強盗罪が成立しないことを暴行と財物奪取の関係から示したうえで、窃盗罪の「他人の占有」が認められるかを論じます。死者には占有がないという原則を述べ、最判昭和41年4月8日に従い、被害者から占有を離脱させた自己の行為を利用して奪取した一連の行為を全体的に考察すれば、被害者が生前有していた占有は死亡直後もなお保護に値する、と規範を立てます。当てはめでは、殺害から奪取までの時間、殺害の現場かどうか、被害者が身に付けていた物かどうかを拾います。奪った者が殺害に関与していない場合は、この理由が当てはまらないので遺失物等横領罪にとどまることを指摘します。
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