窃盗罪の保護法益(本権説と占有説)とは
せっとうざいのほごほうえき
窃盗罪の保護法益とは、窃盗罪が何を守るために処罰しているのかという問題で、所有権その他の本権と考える本権説と、占有それ自体と考える占有説が対立しています。判例は占有それ自体を保護しています。
自転車を盗まれた人が、数日後に犯人の家の前でその自転車を見つけて黙って持ち帰ったとします。自分の物を取り返しただけなのに窃盗になるのかが、ここでの問題です。窃盗罪が守っているのが所有権などの権利だと考えれば、権利のない犯人から取り返しても窃盗にはなりません。物を持っているという状態そのものだと考えれば、犯人の占有も守られます。判例は、力ずくの取戻しが横行するのを防ぐため、占有それ自体を保護しています。
本権説は所有権その他の本権を、占有説は占有それ自体を保護法益と考えます
本権説は、窃盗罪の保護法益を所有権その他の本権(賃借権や質権のように占有を正当化する権利)と考える見解で、私法上の正当な権利関係を保護しようとします。占有説(所持説)は、保護法益を占有それ自体と考える見解で、事実としての財産的秩序を保護しようとします。占有説の根拠は、占有が権利に基づくかどうかをその場で確かめることは難しく、権利者であっても実力で取り戻すことを許せば社会の秩序が保てないという点にあります。本権説からは、占有説に対して、窃盗犯人のような明らかに保護に値しない占有まで保護することになるという批判が向けられます。占有説からは、本権説に対して、民事上の権利関係が複雑な現代では刑事裁判で本権の有無を確定しなければならなくなるという批判が向けられます。両説の間に、一応の理由のある占有や平穏な占有に限って保護する中間的な見解もあります。
所有者が窃盗犯人から取り戻す事例と、賃借人から第三者が奪う事例で、各説の帰結が分かれます
事例Ⅰは、カバンを盗まれた所有者甲が数時間後に犯人乙からそのカバンを奪う事例、事例Ⅱは、乙が所有者丙から賃借しているカバンを甲が乙から奪う事例です。本権説からは、事例Ⅰの乙には保護されるべき本権がないので甲の行為は窃盗罪の構成要件に該当せず、事例Ⅱの乙には賃借権があるので構成要件に該当するという結論になります。占有説からは、どちらの事例でも乙の占有が侵害されているので構成要件に該当し、事例Ⅰは自救行為として違法性が阻却されるかどうかの問題になります。したがって、事例ⅠとⅡで結論が異なるのが本権説、一致するのが占有説です。事例Ⅰについて「自救行為として違法性が阻却されるから不可罰」と説明するのは占有説であり、「構成要件該当性を欠くから不可罰」と説明するのは本権説です。無関係な第三者が窃盗犯人の所持する盗品を奪った場合は、どちらの見解からも窃盗罪の構成要件に該当します。その理由を、占有説は窃盗犯人の占有を侵害したからと説明し、本権説は窃盗犯人が一度侵害した所有者の所有権を第三者が再度侵害するからと説明します。
- 事例Ⅰ(所有者が窃盗犯人から取り戻す)本権説=構成要件に該当しない/占有説=構成要件に該当し、自救行為による違法性阻却の問題になる
- 事例Ⅱ(賃借人から奪う)本権説=賃借権を侵害し構成要件に該当する/占有説=占有を侵害し構成要件に該当する
- 第三者が窃盗犯人から盗品を奪う本権説=所有者の所有権を再度侵害する/占有説=窃盗犯人の占有を侵害する
242条は、本権説からは例外を定めた規定、占有説からは当然のことを定めた注意的な規定になります
235条は「他人の財物」を客体としており、242条は「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす」と定めています。本権説からは、窃盗罪は他人の所有物を客体とする罪であり、自己の所有物を客体に含める242条は例外を定めた規定と解することになります。この見解は、242条の「他人が占有」を、賃借権や質権のような権原に基づく占有に限って読みます。占有説からは、他人が占有している物を奪えば窃盗罪が成立するのは当然であり、242条は当然のことを定めた注意的な規定と解することになります。この見解は、「他人が占有」を権原の有無を問わない占有一般と読みます。
判例は占有それ自体を保護し、所有者による取戻しは違法性の段階で判断します
判例は占有説と同じ考え方に立っています。最決平成元年7月7日は、買戻約款付きの自動車売買の形式で融資をしていた者が、借主の保管する自動車を合鍵などを使って無断で引き揚げた事案で、引揚げの時点で自動車は「借主の事実上の支配内にあった」として、かりに被告人に所有権があったとしても242条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するとしました。そのうえで、その行為は「社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なもの」であるとして、権利行使としての正当化も否定しています。この判断の順序からは、所有者であっても構成要件該当性は否定されず、取戻しが許されるかどうかは違法性の段階で判断されることになります。貸した自転車を期限を過ぎても返さない相手の家から無断で持ち帰ったという供述が窃盗罪の成立を否定する主張にならないのは、このためです。窃盗犯人の占有も保護されるので、他人が盗んできた宝石をその者の自動車の中から持ち去る行為にも、盗品と知りながら窃盗犯人の家に忍び込んで腕時計を持ち去る行為にも、窃盗罪が成立します。
刑法242条
自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
論文ではこう使う
論文では、所有者や権利者が自分の物を取り戻した事例で使います。まず、判例が占有それ自体を保護していることを示し、相手方が事実上その物を支配していた以上、242条により「他人の財物」に当たり、持ち去る行為は窃取に当たると認定します。次に、違法性の段階で、自救行為あるいは権利行使として許されるかを検討します。ここでは、最決平成元年7月7日の「社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なもの」かという基準を用い、権利の存在が明らかか、法的手続をとる余裕がなかったか、手段が相当かを事実から評価します。窃盗犯人からの即時の取戻しであれば相手方の占有を保護する必要が小さいこと、契約上の権利があっても期限の前後に合鍵で無断で持ち出すような態様であれば受忍の限度を超えることを、対比して書くと説得的です。
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