判例の拘束力と判例変更とは
はんれいのこうそくりょく
判例の拘束力とは、先に示された最高裁判所の判断が後の裁判をどこまで縛るかという問題で、判例に法律上の拘束力はなく事実上の拘束力にとどまります。判例変更とは最高裁判所が従来の判例を改めることで、大法廷で行わなければなりません(裁判所法10条3号)。
学校で前の年に決まった判断があれば、同じような相談にはふつう同じ答えが返ってきます。そうでないと、誰に当たるかで結果が変わってしまうからです。裁判も同じで、最高裁判所が示した判断は、同種の事件で事実上強く尊重されます。ただし日本では判例が法律のように裁判官を縛るわけではなく、裁判官は憲法と法律にのみ拘束されます。判例を改めるときは、小法廷ではなく大法廷で行い、社会の変化を理由に結論を変えることがあります。
拘束力が及ぶのは、結論を支える判断の部分です
判決文のすべてが後の裁判を縛るわけではありません。拘束力が認められるのは、その事件の結論を導くために不可欠な法的判断、すなわち判決理由の中核部分です。これに対し、結論に必要でない説示は傍論と呼ばれ、参考にはされても従うべきものとはされません。判例の射程を論じるときは、まず結論を支える判断を取り出し、次にその判断が前提としていた事実を確かめます。事案の事実が違えば、同じ判断がそのまま当てはまるとは限りません。判例に反すると言われたときに、射程外であると反論する道は、ここから開けます。
- 判決理由のうち結論を支える部分その事件の結論を導くために不可欠な法的判断。後の裁判が従う対象はこの部分
- 傍論結論を導くのに必要でない付随的な説示。拘束力は弱い
- 大法廷回付憲法問題の判断や、従来の判例を変更するときは大法廷で審理・裁判する(裁判所法10条)
判例には、事実上の拘束力があります
判例の効力は、法令の違憲判断についても同じです。「嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする民法の規定は,遅くとも同規定が違憲とされた事案の被相続人の相続が開始した時点において,憲法第14条第1項に違反していたとする最高裁判所の決定は,当該事案限りのものであって,先例としての事実上の拘束性はない」という肢は誤りです。最高裁が法令を違憲とした判断は、個別的効力説に立っても、後の同種事件で当然に参照されます。実際、この決定を受けて民法は改正されました。当該事案限りという言い方は、違憲判決の効力の議論と判例の拘束力の議論を混ぜたものです。個別的効力説は法令が当然には失効しないというだけであって、後の裁判が先例を無視してよいという意味ではありません。
下級裁判所は憲法と法律にのみ拘束され、判例に法律上拘束されるわけではありません
76条3項は、裁判官が憲法と法律にのみ拘束されると定めます。「憲法第76条第3項は,裁判官は「この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定しているが,ここにいう「法律」には,国会によって制定される法律はもとより,政令や条例も含まれる」という肢は正しいです。ここに判例は挙げられていませんから、下級審が最高裁の判例と異なる判断をすること自体は違法ではありません。上級審の判断が下級審を拘束するのは、裁判所法4条により、破棄差戻しを受けた当該事件についてのみです。「下級裁判所は,最高裁判所が制定した裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する規則に拘束されるから,最高裁判所が,下級裁判所の裁判官に対して,具体的事件について,どのような判断を行うべきか指示することも許される」という肢は誤りで、具体的事件の判断について指示することは職権の独立を侵します。もっとも、判例に反する判断は上訴で覆される可能性が高く、その意味での抑制は働きます。判例違反が上告受理申立ての理由とされていることも、事実上の拘束力を支えています。法律上の拘束力がないことと、実際に従われることは、両立します。下級審が判例と異なる判断を示すことは、判例変更を促す契機にもなります。
判例の変更は、大法廷で行われます
従来の判例を変更するには、大法廷で審理・裁判しなければなりません(裁判所法10条3号)。小法廷の判断で判例が動いてしまうと、法の適用が裁判体ごとに分かれかねないからです。「地方議会の議員に対する出席停止の懲罰に関し、その懲罰を受けた議員が取消しを求める訴えは、法令の適用によって終局的に解決し得る法律上の争訟に当たるところ、議会により出席停止の懲罰処分を科されると、その議員は、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなるから、当該処分が議会の自律的な権能に基づいてなされたものとして、議会に一定の裁量が認められるとしても、裁判所は、常にその適否を判断することができ、司法審査の対象となる」という肢は正しいです。最大判令和2年11月25日(岩沼市議会事件)は、地方議会議員の出席停止の懲罰が司法審査の対象にならないとしてきた従来の判例を変更しました。大法廷判決であることが、判例変更の形式的な目印になります。
判例変更は、社会の変化を受けて行われます
判例が変更される理由の多くは、前提としていた社会の状況や価値観が変わったことにあります。最大決平成25年9月4日(嫡出でない子の法定相続分差別違憲決定)は、家族形態の多様化と国際的な動向を挙げて、従来の合憲判断を改めました。公務員の労働基本権の分野でも、最大判昭和44年4月2日(都教組事件)が示した限定解釈は、最大判昭和48年4月25日(全農林警職法事件)によって否定されています。判例が変更されたときは、どの判決がどの判決を改めたのかが、後の事件の扱いを決めます。逆に、大法廷判決であっても、判例を変更せずに事案の違いを理由に別の結論を出すことがあります。変更なのか事案の区別なのかで、前の判例が生き残るかどうかが違います。
判例変更の遡及効は、法的安定との調整を受けます
判例が変更されると、それ以前に形成された法律関係の扱いが問題になります。「嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とした民法の法定相続分規定は,遅くとも当該規定が違憲とされた事案の相続が開始した当時に憲法第14条第1項に違反していたため,その当時以降に開始された他の相続につき,関係者間の法律関係が確定的な段階に至っていない事案であれば,違憲無効とされた当該規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当である」という肢は正しいです。同決定は、違憲判断が先例としての事実上の拘束性という形で既に行われた遺産分割などの効力にも影響し解決済みの事案にも及ぶとすると著しく法的安定性を害するとして、すでに確定的となった法律関係には影響を及ぼさず、まだ確定していない事案については新しい判断に従う、という線引きをしました。法令の違憲判断の遡及効と同じ構造の調整です。判例を信頼して行動した者の保護と、新しい判断による救済のどちらを優先するかを、事案の熟度で区切る考え方です。
裁判所法 第10条 第3号
前項の規定により小法廷が審理及び裁判をすることのできない場合として、憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するときが定められている。
論文ではこう使う
論文では、判例と異なる立論をする場面や、判例の射程を論じる場面で使います。まず判例のどの部分が結論を支える判断なのかを特定し、傍論と区別します。そのうえで、自分の事案が判例の前提とした事実と同じかを確かめ、違う点があればそこを足がかりに別の結論を導きます。判例の変更を主張するときは、前提となる社会状況の変化や、他の判例との整合性の欠如を具体的に示します。判例に法律上の拘束力がないことは、異なる立論を許す根拠になりますが、それだけでは説得力がないため、判旨の理由づけに立ち入った検討が要ります。逆に判例に従って書く場合でも、判旨のどの部分を使っているのかを明示すると、当てはめが正確になります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。