利益衡量・比較衡量論とは
りえきこうりょう
利益衡量・比較衡量論とは、人権の制約が問題になる場面で、制約によって得られる利益と制約によって失われる利益とを比べ、前者が大きい場合に制約を合憲とする手法です。判例はこの手法を広く用いますが、衡量の基準が示されないと国家の利益に傾きやすいという批判があります。
学校で文化祭の出し物を制限するかどうかを決めるとき、制限で守られるもの(安全や授業時間)と失われるもの(生徒の表現の機会)を天秤にかけて判断することがあります。裁判所も、人権を制約する法律や処分が合憲かを、制約で得られる利益と失われる利益を比べて決めることがあり、これを比較衡量論と呼びます。柔軟ですが、何と何をどう比べるのかが決まっていないと国の利益に傾きやすいので、判例は場面ごとに衡量の要素や枠を示してきました。
比較衡量論は、対立する利益を具体的に衡量して結論を出す手法です
最大判昭和41年10月26日(全逓東京中郵事件)は、公務員の労働基本権について、勤労者を含む国民全体の共同利益との比較衡量によって必要最小限度の制約だけが許されるとしました。「公共企業体等労働関係法における争議権規制の合憲性が争われた全逓東京中郵事件判決(最高裁判所昭和41年10月26日大法廷判決)において,最高裁判所は,公務員の労働基本権を原則として保障し,比較衡量論に基づき,その制限が著しく合理性を欠き,立法府の裁量を明らかに逸脱しているか否かにより合憲性を判断するアプローチを採用した」という肢は誤りです。同判決がとったのは、立法府の裁量の逸脱の有無で決めるという緩やかな枠組みではなく、制約が必要やむをえない最小限度にとどまるかを裁判所が具体的に衡量する枠組みでした。その後、最大判昭和48年4月25日(全農林警職法事件)が国民全体の共同利益という観点を前面に出し、制約を広く認める方向へ判例が変わりました。同じ比較衡量という言葉でも、衡量の枠の置き方で結論が大きく動きます。
- 個別的比較衡量当該事案における具体的な事情を取り上げて衡量する。博多駅事件や取材源の秘密の事案で用いられる
- 一般的比較衡量人権の一般的価値と、対立する公益の一般的価値とを比較する。基準が粗く、国家の利益に傾きやすいと批判される
- 定式化された衡量審査基準として結論を左右する要素をあらかじめ示しておく方法。二重の基準論に基づく違憲審査基準がこれに当たる
博多駅事件は、公正な刑事裁判の実現と取材の自由を個別に衡量しました
最大決昭和44年11月26日(博多駅事件)は、報道の自由は21条の保障のもとにあり、取材の自由も十分尊重に値するとしたうえで、提出命令の可否を個別の事情の衡量で決めるとしました。「報道機関の取材結果に対する裁判所による提出命令の可否の判断に当たっては,個別事情を考慮することなく,公正な刑事裁判の一般的価値とこれと対立する取材の自由・報道の自由の一般的価値とを比較衡量して判断するという手法によるのが相当である」という肢は誤りです。個別事情を考慮しない一般的価値どうしの衡量は、判例のとるところではありません。「報道機関の取材結果に対する裁判所の提出命令の可否は、刑事手続の対象犯罪の性質、態様、軽重及び取材結果の証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するに当たっての必要性の有無と、取材結果の提出によって報道機関の取材の自由が妨げられる程度及びこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決するが、捜査機関が主体となって行う取材結果に対する差押の可否は、捜査機関と裁判所との性格の違いから、より慎重な検討が求められるため、このような比較衡量で決することはできない」という肢も誤りで、捜査機関による差押えについても、同様の比較衡量によって判断されています。
取材源の秘密も、比較衡量を経て初めて証言拒絶が認められます
取材源の秘密が民事訴訟法上の職業の秘密に当たるとしても、それだけで証言拒絶が認められるわけではありません。「報道機関の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることになるため,民事訴訟法上,取材源の秘密については職業の秘密に当たるので,当該事案における利害の個別的な比較衡量を行うまでもなく証言拒絶が認められる」という肢は誤りです。最決平成18年10月3日は、職業の秘密に当たる場合でも直ちに証言拒絶が認められるのではなく、そのうち保護に値する秘密についてのみ認められるとし、保護に値するかは、秘密の公表によって生じる不利益と、証言の拒絶によって犠牲になる真実発見と裁判の公正とを比較衡量して決めるとしました。保護される類型に当たるかという判断と、当該事案で保護するかという判断は、別の段階です。
財産権や職業の自由では、比較衡量が判断枠組みとして定着しています
経済的自由の分野では、判例は衡量すべき要素を列挙する形の枠組みを定着させています。「①及び②の判決は,財産権に対して加えられる規制が憲法第29条第2項に適合するものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較衡量して判断すべきであるとする点で共通する」という肢は正しいです。最大判昭和62年4月22日(森林法共有林事件)と最大判平成14年2月13日は、この枠組みを共有しています。職業の自由についても同じで、「職業の自由に対する規制措置が憲法上是認されるかどうかは、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならず、それは、第一次的には立法府の権限と責務であるから、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、その判断を尊重すべきである」という肢は正しいです。最大判昭和50年4月30日(薬事法距離制限事件)のこの一般論は、衡量の主体が第一次的には立法府であると述べることで審査密度を下げていますが、同判決は許可制という強い規制については目的と手段を厳しく検討しました。
表現の規制について、個別の衡量をとらない判例もあります
比較衡量が常に用いられるわけではありません。「広告物が貼付されている場所の性質,周囲の状況,広告物の数量や形状,貼付の仕方等を総合的に考慮し,地域の美観風致の侵害の程度と当該広告物に表れた表現の持つ価値とを比較衡量してその規制の合憲性を判断すべきである」という肢は誤りです。最大判昭和43年12月18日(大阪市屋外広告物条例事件)は、都市の美観風致を維持することは公共の福祉を保持するゆえんであるとして条例による規制を一般的に合憲とし、表現の価値と美観の侵害の程度を事案ごとに比べるという手法はとりませんでした。条例による一律の規制を合憲とした判断には、表現の場を確保する必要との衡量が十分でないという批判が向けられています。
衡量の結論を左右する要素を示すことで、基準としての働きが生まれます
素朴な比較衡量への批判に応える道は、衡量の枠を判決があらかじめ示すことです。「この決定は,プライバシーに属する事実を公表されない法的利益と,URL等の情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量し,前者の法的利益が優越することが明らかな場合には,その情報の削除を求めることができるという判断の枠組を示した」という肢は正しいです。最決平成29年1月31日(検索結果削除請求事件)は、衡量すべき事情を列挙したうえ、公表されない法的利益が優越することが明らかな場合という要件を立てました。優越が明らかであることを求める点で、単なる大小比較より削除を認めにくい枠組みになっています。
最大決昭和44年11月26日(博多駅事件)
取材の自由といつても、もとより何らの制約を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定することができない。
論文ではこう使う
論文では、判例の枠組みをそのまま使う場面で登場します。比較衡量を用いると書くときは、何と何を比べるのかを名指しし、衡量に影響する具体的な事情を挙げてから結論を出します。ここで抽象的な価値どうしを並べるだけで終わると、国家の利益に傾きやすいという批判がそのまま当てはまります。権利の性質から審査密度を設定できる場面では、定式化された審査基準を立てるほうが説得力があります。判例が個別的衡量を採用している分野では、その判旨の列挙する要素を落とさず拾うことが、当てはめの精度につながります。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。