立法裁量と審査密度とは
りっぽうさいりょう
立法裁量とは、憲法の規定を具体化する立法について、立法府に認められる判断の幅です。審査密度とは、裁判所がその立法の合憲性をどこまで踏み込んで審査するかの度合いで、社会権・選挙制度・租税の分野では広い裁量が認められ、審査密度はその分だけ下がります。
学校の予算をどの部活にいくら配るかは、生徒会の判断に委ねるほかなく、先生が細かく口を出すことは少ないでしょう。ただ、特定の部だけを理由なく締め出せば、さすがに見過ごされません。国の年金制度や選挙制度、税制も同じで、憲法は方向だけを示して具体的な設計を国会に委ねているので、裁判所は国会の判断を尊重して緩やかに審査します。それでも、裁量にも限界があり、逸脱や濫用があれば違憲になります。
社会権の具体化には、広い立法裁量が認められます
社会保障の制度設計は、財源の配分という政策判断を伴います。もっとも、裁量が広いことは平等原則の審査を免れることを意味しません。「国民年金制度は,憲法第25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるから,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除いて,裁判所が審査判断するに適しない事柄であり,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いがあっても,憲法第14条違反の問題は生じ得ない」という肢は誤りです。前半の立法裁量の説明は最大判昭和57年7月7日(堀木訴訟)が確立した枠組みどおりですが、最判平成19年9月28日(学生無年金障害者訴訟)は、25条の趣旨にこたえて制定された法令が受給権者の範囲や支給要件について何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に14条違反の問題を生じうるとしており、末尾で14条違反の問題が生じえないとしている点が誤りです。在留外国人の処遇についても同じで、「この判決は,社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかは,立法府の広い裁量に委ねられており,国は特別の条約の存しない限り,その政治的判断によりこれを決定できるという考え方を前提としている」という肢は正しく、最判平成元年3月2日(塩見訴訟)がこの考え方を示しています。
- 社会権の具体化25条の趣旨にこたえてどのような立法措置を講ずるかは立法府の広い裁量。著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえない場合に限り違憲
- 選挙制度の仕組み47条が法律に委ねており、国会の広い裁量。投票価値の平等は憲法上の要請だが、他の政策的考慮との調和が図られる
- 租税立法課税要件の定めには専門技術的な判断と政策的な判断を要するため、著しく不合理でない限り合憲
- 国家賠償・刑事補償17条・40条が「法律の定めるところにより」とするが、制度設計が全面的に裁量に委ねられるわけではない
選挙制度の仕組みの決定にも、広い裁量が認められます
47条は選挙区や投票の方法を法律事項とし、国会に広い裁量を与えています。「選挙権の平等には各選挙人の投票価値の平等も含まれるが,国会によって定められた選挙制度における投票価値が不平等であっても,その不平等が国会の有する裁量権の行使として合理的と認められるのであれば,憲法第14条に違反しない」という肢は正しいです。政党を媒介とする制度設計についても同じで、「憲法は,政党について規定するところがないが,政党の存在を当然に予定しており,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であるから,国会が,参議院議員の選挙制度の仕組みを決めるに当たり,このような政党の国政上の重要な役割を踏まえて,政党を媒体として国民の政治意思を国政に反映させる名簿式比例代表制を採用することは,国会の裁量の範囲内である」という肢は正しく、最大判昭和58年4月27日がこのように述べています。選挙制度の分野では、投票価値の平等が唯一絶対の基準ではなく、他の政策的な考慮との調和が図られると理解されています。
裁量が広くても、限界を超えれば違憲になります
広い裁量が認められる分野でも、違憲になる余地がないわけではありません。「議員定数をどのように配分するかは,立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であるが,衆議院議員選挙において,選挙区間の投票価値の格差により選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合には,例外的に,立法府の裁量の範囲を超えるものとして,憲法違反となる」という肢は誤りで、極端な不平等を生じさせる場合に例外的に違憲となるという判示は、参議院議員選挙の定数不均衡に関する最大判昭和39年2月5日のものであり、衆議院議員選挙に関するものではありません。衆議院については、最大判昭和51年4月14日以来、合理的期間を経過してもなお是正されない場合に違憲となるという枠組みがとられています。もっとも、裁量に限界があること自体は正しく、「衆議院の小選挙区選挙について,候補者届出政党にのみ政見放送を認め,候補者を含むそれ以外の者には政見放送を認めないものとする公職選挙法の規定は,選挙運動をする上で,候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異を設ける結果となり,国会に与えられた合理的裁量の限界を超えるものであるから,憲法第14条第1項に違反する」という肢は誤りです。最大判平成11年11月10日は、政見放送を候補者届出政党に限ることが単なる程度の違いを超える差異を設けるものであることは認めつつ、導入の理由に全く根拠がないとはいえず、他の選挙運動は十分に行えることなどから、裁量の限界を超えないとしました。
租税立法には、政策的・技術的な裁量が認められます
最大判昭和60年3月27日(サラリーマン税金訴訟)は、租税法の定立について立法府の政策的・技術的な判断に委ねるほかなく、著しく不合理であることが明らかでない限り違憲とならないとしました。もっとも、法的安定に関わる場面では具体的な検討が行われます。「暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得る場合の憲法第84条適合性については、変更の対象となる納税者の租税法規上の地位の性質、変更の程度及び変更により保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案して判断すべきである」という肢は正しいです。裁量を広く認めながら、考慮すべき事情を列挙して個別に判断するという形になっています。
国家賠償の制度設計の裁量は、全面的なものではありません
17条は「法律の定めるところにより」と書いていますが、これは白紙委任ではありません。「日本国憲法第17条は,国又は公共団体に対し損害賠償を求める権利について,「法律の定めるところにより」として,その法律による具体化を予定している,これは公務員のどのような行為によりいかなる要件で賠償責任を負うかを全面的に立法府の裁量判断に委ねる趣旨であるから,このような法律の定めが同条に反することはないと解される」という肢は誤りです。判例は、17条は公務員のどのような行為によりいかなる要件で賠償責任を負うかを立法府の政策判断に委ねたものであって、無制限の裁量権を付与するといった白紙委任を認めたものではないとしています。「憲法第17条は,公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除又は制限する法律が立法権の裁量を逸脱したものである場合には,これを違憲無効とする効力を持つ規定である」という肢が正しく、最大判平成14年9月11日(郵便法違憲判決)は、書留郵便物について郵便業務従事者の故意または重過失による不法行為にまで免責を及ぼす規定を、立法裁量の範囲を逸脱するものとして違憲としました。
裁量の広狭は、立法事実の審査の深さとして現れます
立法裁量が広いと述べることは、立法府が前提とした事実を裁判所が尊重するという意味をもちます。「裁判所は、合憲性審査に当たり人権制約立法の根拠となる立法事実の存否を審査する必要があるが、その際立法事実についての立法者の判断をどの程度尊重すべきかという問題は、いかなる基準で合憲性を判断するかの問題とは無関係である」という肢は誤りです。どの審査基準を用いるかという問題と、立法者の事実判断をどこまで尊重するかという問題は、表裏の関係にあります。裁量が広い分野だからといって事実の検討を省いてよいわけではなく、裁量の逸脱を主張する側が、制度の前提が崩れていることを示す資料を提出することになります。
最大判昭和57年7月7日(堀木訴訟)
憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。
論文ではこう使う
論文では、社会保障や選挙制度、税制の合憲性を論じるときに使います。まず当該分野で立法裁量が広く認められる理由を、財源の配分や専門技術的判断の必要性から示します。次に、裁量が広いことは審査を放棄することではないと述べ、逸脱・濫用の有無を判断する枠組みを立てます。当てはめでは、制度の目的と手段の関係、従来の制度からの後退の程度、他の制度との不均衡といった具体的な事情を拾います。平等原則違反は裁量論とは別に検討できますから、25条の枠組みで負けても14条で争う余地を残す書き方をします。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。